第12話 お母様を救いたい

 食事とお風呂を終えると、暖炉の前にあるソファーに座って、フラウムは水晶に魔力を注ぎ込んでいた。


 フラウムの隣にはシュワルツが、寄り添っている。


 5つの水晶を緋色にするのを、じっと見つめている。


 シュワルツのブレスレットは、瑠璃色の魔力が詰まっている。



「ねえ、シュワルツ。過去に一緒に行ってみない?」


「一緒に行けるのか?」


「したことはないけれど、試してみない?わたしが無茶な事をしようとすると思うから不安になるんでしょう?わたし、テールの都でお母様が待っていてくれたら、すごく心強いし、今よりずっと幸せだと思うの。弓矢が当たらなければ、お母様は生きているわ。あと少しなの。見届けて欲しい」


「どうしても、したいのか?」


「お母様もシュワルツも諦められないの。欲張りだと笑われてもいいわ」


「欲張り過ぎだ。私だけでは足りないと言う。母君がいないと結婚もしたくないと言いそうだな?」


「未練が残るの。この先、ずっと過去に飛び続けるかもしれない」


「……私を一緒に連れて行けるなら、行こう」


「いいの?」


「毎晩、過去に飛び続けるなら、今日で終わりにしたい」


「お母様は、慧眼を使うから、シュワルツが本当にわたしの事を好きではなかったら、言うことは聞いてくれないけれど、大丈夫かしら?」


 コツンと頭を重ねられた。


「私を試すつもりだな?」


「そんなつもりはないわ。ただ、嘘は見破られてしまうと言いたかっただけよ」


「いいだろう。そこまで言うなら、試してみるといい」


 シュワルツは立ち上がると、ノートとペンを持ってきて、今からすることを書き出した。 


 フラウムも同じように、日記に、今からすることを書き出していく。


 それが済むと、一緒にベッドに移動した。


 二つあるベッドの一つに一緒に横になる。


 シュワルツはフラウムの手を繋いだ。



「置いていくなよ。私は慧眼が苦手だ」


「意識を統一して、わたしが迎えに行くわ」


「分かった」



 シュワルツは目を閉じると、水晶に指で触れた。


 それを見て、フラウムも目を閉じて、水晶に触れた。


 体が浮遊して、そのままシュワルツの意識の中に入った。すると、シュワルツは笑顔で手を差しのばしてきた。その手を繋ぐと、緋色の魔力と瑠璃色の魔力が混ざりあう。二人が一つになったのを確認すると、一気に過去に飛んだ。


 上空から下を見ると、マスカート伯爵家が見える。


 屋敷は広く花が咲いた庭園が広がっている。


 屋敷は古いが、レンガでできた建物だ。



「すごい」


「3年と少し前よ」


「フラウムの家なのか?」


「そうよ」



 シュワルツは初めて見るフラウムの実家をしっかり見ている。



「お母様に会いに行くわ」


「ああ」



 お屋敷の周りは、人が多い。警備の騎士が配備されている。


 彼らにフラウム達の姿は見えない。


 堂々とシュワルツの手を引いて、パーティーの準備をしている人混みの中に入っていく。


 ミリアンとエミリアの顔をシュワルツに見せて、毒を盛りボウガンを撃つミリアンと愛人で矢を抜くエミリアの役割も伝えた。



「お母様よ」


「よく似ている」


「行くわ」



 目の前にお母様がやってきた。



「皆さん、今日は粗相のないように、お願いしますね」



(お母様)



 お母様と目が合った。以前と同じだ。


 まるでこちらにいらっしゃいというように、お母様が空き部屋に入っていった。


 フラウムとシュワルツはその後を追う。


「幾つのフラウムかしら?」


「16歳ですわ。今日はお母様にお話がしたくて来たのですわ」


「これからパーティーなのよ。殿方を連れてきたの?」


「ええ、今日はわたくしの大好きな皇子様と一緒に来たの。パーティーが始まる前に、将来起きることを今のフラウムに伝えて欲しいの。手紙を書いてくださいませんか?」


「重要事項なのね?」


「ええ、とても重要ですわ」


「いいわ。お部屋を移りましょう」



 母は自室に招いてくれた。



「今年の冬に疫病が流行します。魔力を練った薬丸で治ります。テールの都から最北端のキールの村で、薬丸を売ってください。その3年後、わたくしの誕生日の翌日の午後2時頃シュワルツ皇太子が崖の上で狙撃されて川に落ちます。それを助けてください。犯人は第二皇子です。帝国騎士団の制服を着て、制服には、パルマ・クロノスと書かれています。記憶を失っていますが、記憶は戻ります。山小屋を借りるか購入して、その時を待つようにと。わたくしは、シュワルツ皇太子殿下を愛しております。必ず助けるようにと。シュワルツ皇太子殿下は、この方です」



 シュワルツは、母にお辞儀をした。



「二人で過ごすうちに、互いに思い合うようになりました」


「そう、素晴らしいわね。書いたわよ。近い将来の話ですね」


「はい、今のわたくしが、必ず分かる場所に。お母様が購入してくださった宝石箱の中に入れてください」


「今ですか?」


「今すぐです」


「分かったわ」



 今回の母も信じてくれた。部屋を移動してお妃教育に行っているフラウムの部屋に入って、宝石箱の中に入れてくれた。



「これでいいかしら?」


「ええ、いいです」


「他にもあるのかしら?」


「お母様は、お父様に命を狙われています。今日のお茶会の紅茶の中に毒が入っています。それをわたしが零します。お茶会中は何も召し上がらないでください。フラウムが帰宅したら、実家に戻ってください。そうしなければ、お母様は死んでしまいます。慧眼を使ってわたくしを視てくださっても構いません。これは、お父様との賭けです。お父様の不貞はご存じですね?メイドと毎夜、閨を供にしているはずです。その他にも今日、お父様の愛人が紛れています。お父様は、サルサミア王国の諜者です。お母様が亡くなった後は、父の愛人と子がやってきます。フラウムと1歳しか違わない義妹がやってきて、フラウムはこの家から追い出されます」


「あなたを視ました。嘘ではないようですね」


「お母様、お願いです。もう死なないで」


「奥様、お客様です」と声がする。


「フラウム、過去を変えて、今のあなた達は消えたりしないの?」


「だから、フラウムに手紙を書いてもらったのです」


「分かったわ」



 今回も、母が受け入れてくれた。



「お茶会が始まるわ」



 母は急いで部屋から出て行った。


 その後をついて行く。



 +



 お茶会が始まった。


 テーブルには宝石のようなクッキーやマフィン、ケーキも並んでいる。メイドがお茶を配りだした。



「本日はお茶会に参加してくださりありがとうございます。楽しいひとときをお過ごしください」



 母は礼儀正しく挨拶をした。


 わたしは、今回も母の紅茶めがけて、魔眼を放った。バシッと茶器が割れて、お茶が零れた。


 母のドレスが紅茶で濡れて、メイドが慌てて、タオルを持ってくる。



「すみません、着替えてきますわ」



 母は席を立った。


 母について行く。



(お母様はお着替えになるわ。ここで、待っていて)


(ああ、分かった)



 部屋に入った母は、ドレスを脱いで、フラウムを視て笑った。



「素晴らしい、魔眼ね」


「それより、毒が沁みたりしていませんか?」


「確かに毒が混ざっているわね」


「毒はトリカブトです」


「すごいわ、よく毒の種類まで分かったわね?」


「以前来たときに調べました」


「そんなに頻繁に来ているの?」


「はい、ここ数日は、毎日来ています」


「迷惑をかけているのね?」


「迷惑ではなく、お母様に生きていて欲しいだけですわ」



 母は火傷の治療をしながら解毒もしている。



「この後も、何も召し上がってはいけません」


「分かったわ」



 美しい紫のドレスに着替えた母は、お茶会に参加した。


 すぐに新しいお茶が出てくる。


 母はその後もお茶を飲まなかった。クッキーやケーキも食べなかった。


 無事にパーティーが終わった。


 お客が帰っていく。



(ここまでは、成功したわ。ここからが勝負よ。シュワルツ、見ていて)


(ああ)



 お見送りに母が出て行くと、ミリアンを探した。矢が射られる。



(遮断)



 母に魔法をかけて、矢が突き刺さらないようにした。


 矢は、弾かれた。その矢を、母の近くにいたエミリアの顔に向けた。


「きゃ!」


 エミリアは顔を押さえて、呻いている。



(捕縛)



 ミリアンを見えない縄で捕縛した。


 母が、倒れたエミリアに駆け寄る。



「お母様、治してはなりません。父の愛人です」



 母の手が止まった。


 母はエミリアを使用人に任せて、客人を送り出した。



「見苦しい所をご覧に入れました」


「いいえ、お大事に」



 客人達は、馬車に乗り込む。


 家の警備の騎士達が、ボウガンを撃ったミリアンを捕らえているので、捕縛を解いた。



(できた。お母様を守れた)


(フラウム、すごいぞ)



 客が帰ると、母は部屋に戻った。



「お母様、実家に今日中に戻ってください。お父様と会ってはいけません」


「そんなに危ないの?」

「お母様が生きていた事が奇跡です。わたくしは、何度もここに渡り、お母様の死を見てきました。お願いします」


「フラウムは3年前から何度もアミ・マスカート伯爵夫人を救い出せずに苦しんできました。初めて、救い出せたのです。どうか、フラウムを信じてください」



 シュワルツは、深くお辞儀をした。



「シュワルツ皇太子、あなたも嘘を言ってないわ」


「嘘は言いません。私はフラウムを妃にしたいと思っています。未練をなくすために、この世界に来ました。どうか信じてください」


「お母様、お願いします」


「分かったわ」



 母は荷物を纏めだした。



「お母様、フラウムに手紙通りにするように、言ってくださいね。わたくし達が消えてしまうから」


「ええ、言うわ」



 母は、侍女に言って、フラウムの荷物を纏めるように言ってくださった。


 母の部屋にも侍女が来て、荷物を纏めている。



「お母様、わたくし、お母様にもっと医術を学びたかったですわ」


「まだ幼いと思っていましたけれど、教えましょう」


「必ず、フラウムにキールの村に行くように言ってくださいね」


「分かっているわ」



 荷物を馬車に詰め込み出した頃に、幼いフラウムが帰ってきた。

 

 幼いフラウムは、王家の馬車から降りると、そのまま母とマスカート伯爵家の馬車に乗った。



「プラネット侯爵家にお願いしますわ」


「おかあさま、おじいさまとおばあさまの所にいくのですか?」


「そうよ」



 幼いフラウムは嬉しそうに微笑んだ。


 馬車を追った。


「シュワルツ、成功したわ」


「何か変化がないか、不安だが」


「少し飛ぶわ」


 ……

 …………


「お父様、お母様、実家に戻ってきました。主人は結婚してすぐから、不倫をしていました。今まで、フラウムの為に我慢をしてきましたが、命を狙われる屋敷にいるわけにはいきません。先ほど、紅茶に毒を入れられ、ボウガンで撃たれそうになりました」


「まあ」


「なんだと!すぐ戻ってきなさい」


「ありがとうございます」


「おじいさまとおばあさま、ありがとうございます。これから、お願いします」


 

 祖母も祖父もどこか嬉しそうだ。



(また飛ぶわ)


(ああ)


 ……

 …………


 父が帰宅して、ミリアンは役人に引き渡された。


 すぐに父は自室に入っていった。


 父の部屋には、エミリアがソファーに座っていた。


 トリカブトの毒で、息も絶え絶えの姿で、酷く顔を腫らしている。



「茶で殺せと言ったのに、失敗したのか?エミリア、その顔はなんだ?見苦しい」


「……旦那様」


「治らなければ、離縁だ」


「そんな!」


「そんな見苦しい顔の女を連れて歩けるか?どこにいても目立つではないか?私は陰の仕事をしている。そんなに目立つ女は邪魔なだけだ。失敗したおまえが悪い。結婚はなしだ」


「……あなた、そんなの酷いわ」



 エミリアは、父に縋った。



「鬱陶しい」



 父は腰に下げていた剣で、エミリアを殺した。


 エミリアは、毒で死んだことにされた。


(父は一人になったわ)


(もう、戻ろう)


(疲れました?)


(意識が飛びそうだ)


(分かりました)


 

 フラウムは、シュワルツの手をしっかり握って、元の体に戻っていく。


 シュワルツをシュワルツの体に戻して、それから、自分の体に戻っていく。


 目を覚ますと、シュワルツは深く眠っている。


 ノートに『成功した』と書いた後に、目眩がした。


 記憶の改ざんが始まった。


 フラウムはベッドに横になり目を閉じた。


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