第3話 グレイ シーカー②

弟を殴った罰として、両親から家を追い出された僕……。


まあ元々出たいと思っていたから未練も後悔もない。


僕は追い出されたその足で店長が待つ店へと向かった。




「そうかい……家を追い出されちまったか……」




「はい……それであの……」




「みなまで言うな……ちょいと予定より早くなっちまったが、すぐ着替えろ。 みっちり仕込んでやらぁ」




「あっありがとうございます!!」




 採用されたとはいえ、いきなり今日から働きたいなんて言ったら迷惑かなと思ったけど……店長は僕の気を察して働くことを許してくれた。


少し顔が怖いけど、人情にあふれた人なんだ……ただ、……仕事に関しては鬼のように厳しい人だった。




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『馬鹿野郎! ちんたら運んでいたら麺が伸びちまうだろうが!! さっさと運べ!!』




『はっはい!!』




 麺はスピードが命だ!……と、とにかくスピーディに仕事をさせるんだ。


僕なりに一生懸命急いでいても遅い!と怒鳴れてしまう。


あまりに急かすから、何度注文を間違えたり皿を割ったりしたことか……。


最初こそ、嫌な人だなぁ……と思っていたけれど、僕が何度失敗しても怒鳴りはするけど必ず僕のフォローに入ってくれる。


僕を足手まといと隅に追いやるようなことは決してしない。


気難しくも優しい不器用な人なんだ……店長は。




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 店に勤めてから3ヶ月が経ったある日……。


僕の運命を大きく変える人物が店を訪れた。




「はーい! 店長!」




「おっ! グピンちゃんじゃねぇか! らっしゃい!」




 気の抜けるのような素っ頓狂な裏声に店長は気にするそぶりも見せずに手を軽く振って返した。


店に入ってきたのは40代後半くらいの男性だった。


髭剃りや肌の手入れは整っていて、清潔感がよく出ている。


まあそれはいいんだけれど……その恰好がかなり奇抜だった。




「……」




 僕個人の見解だけど……日曜の朝に放送しているような魔法少女風の衣装っぽい。


下半身がスカートであることから、女性が着ることを前提とした衣装だと思う。


まあ世の中にはいろんな人がいるし……男性が女性用の衣装を身に纏うことを頭ごなしに否定はしようとは思わない。


思わないけれど……やはり中年男性が魔法少女の衣装を着ている光景は少々目に余る。


いや……仮に女性だったとしても、コスプレ喫茶でもないこの場で魔法少女の衣装は悪い意味で目立つ。


事実……周辺の客たちも目を丸くして、その男性を横目でチラチラみている。


気になるものの、関わり合いは持ちたくないみたいだ……まあ無理もない。




「あの……店長。 この方はお知り合いですか?」




「おう! グピンちゃんって言ってな? 俺の店の常連さんだ!」




「あ~ら、店長。 この可愛い子は?」




「最近入った新入りだ! まだまだケツは青いが、ガッツはあるぜ!」




「そうなの……じゃあ坊や。 席に案内してくれる?」




「はっはい! こちらへどうぞ」




 僕はひとまず、彼女?を席に案内し、注文を受け取って仕事を続けた。


正直言って変質者の類だと思っていたけれど……それを口にしなくて心底良かったと思う。




※※※




「お待たせしました……チャーシュー麵です」




 10分後……僕はグピンさんのテーブルに注文されたチャーシュー麵を置いた




「ありがと坊や……」




 グピンさんはなぜか壁に目を向けたまま、僕にお礼の言葉をくれた。


いや……壁じゃないな。


正確に言うと……壁に掛けられた1枚のイラストだ。




「この絵……誰が描いたの?」




「えっと……僕です」




 僕が店で働き出してから3週間くらい経った頃かな?


店長が殺風景な店内に何か飾りつけをしたいって言いだして……閉店後に僕が暇つぶしに描いていたイラストに目を付けてきたんだ。


まあ店長にはお世話になっているし……自分のイラストを飾ってもらえるというのも気持ちが良いので、僕は厳選したイラスト数枚を店に提供したんだ。


そしてピグンさんが今、見ているイラストは僕が前世の記憶をもとに描き上げた妹系魔法少女。


あまり露出はないものの、衣装の隙間から見える太ももや脇が男の想像力を掻き立てる。




「とっても素敵じゃない。 思わず見惚れちゃったわ」




「あっありがとうございます!」




 生まれて初めて絵を褒められた僕は思わず声が嬉しさのあまり声が裏返ってしまった。


前世でも転生後も、僕の描いたイラストを見た人間は口を揃えて”下品”、”汚い落書き”と散々な言葉を吐きかけてきた。


だからこそ、シンプルに評価されたことが心から嬉しかったんだ。




「実はね? 私も趣味で絵を描いているの」




「へぇ~……風景画とかそう言った感じですか?」




「そんな大層なものじゃないわよ。 もしよかったら、私の絵も見てみるん? あなたになら見せてもいいわよん!」




「あっ……はっはい! ぜひ……」




 ピグンさんのウインクに少し身の危険を感じるものの……彼女の絵には興味が沸いた。




「それじゃあこれ……私の名刺。 ここに書いてある”エレナル”って所に来てね?


待ってるわよ? グレイちゃん」




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 後日……僕はピグンさんに頂いた名刺に記載されている場所へと向かっていた。


この日は定休日だから店の心配はしなくていい。




「この辺のはず……なんだけど……」




 店から指定された場所までは体力がさほどない僕でも歩いて行ける距離だ。


おまけに名刺には住所だけでなく小さな地図まで載っているけれど、地図なんてあまり見慣れない僕にとっては、ある種の大冒険だった。


前世では当たり前のように使っていたグーグルマップがどれだけ素晴らしいシステムだったか……転生した今、身に染みて理解した。




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「あっ! ここか?」




 迷いながらあちこち歩いていくうちにたどり着いたのは……エレナルと書かれた看板をぶら下げた事務所らしき建物。


一見すると廃墟のように見える怪しげな建物……違っていたほしいと願いつつおそるおそる中に入ると……




「あら、グレイちゃん!」




 以前とは違った魔法少女風のコスプレに身を包んだピグンさんが僕を出迎えてくれた。




「遅かったから心配したのよ?」




「すいません。 ちょっと迷っちゃって……」




「もう……だから迎えに行こうか?って言ったのに……」




 実は名刺をもらった際に、ピグンさんが僕を店まで迎えに来ることを提案してくれた。


正直、そのご厚意にあやかりたい気持ちはあった……だけど、コスプレしたピグンさんと足を揃えて歩く姿を想像した瞬間、強い羞恥心が僕を支配し……その厚意を断ってしまったんだ。




「あっあはははは……」




 なんてことを言えるはずがなく、僕は作り笑顔でごまかした。




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「こっちよ。 少し散らかっているけれど……気にしないでね」




 ピグンさんに案内されるがまま……僕は建物の中を突き進んでいく。


中は結構薄暗く、あちこちに灯るわずかな電球で最低限の視界を保つことができる。


とはいえ、足元はほとんど見えないから何度か転びそうになった。


なんだか廃墟されたホテルに興味本位で入っていくユーチューバーになった気分だ。




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「ここよ? 入ってきて」




「!!!」




 導かれるままにドアをくぐった瞬間……等身大のイラストが僕の視界に入った。


そこに描かれていたのは……ピグンさんと同じ魔法少女風の衣装に身を包んだ美少女だった。


それもタッチや画風も僕が描いている二次元美少女イラストにかなり近い。


彼スタイルは一見細身に見えるけど、出てるところはしっかり出て……引っ込むところはちゃんと引っ込んでいる。


黒髪ロングというシンプルな髪型であるものの……そのきらびやかな髪質はまるで天の川のような美しさだ。


顔は凛々しく整っているものの、どこか優しい温かみがふんわりと出ている。


これまで多くの二次元美少女を見てきた僕だったが……これまで感じたことのない衝撃がこの胸を貫いた。




「あっあの……この子は?」




「この子はリズザって言ってね? 私の……娘みたいなものよ」




「ぴっピグンさんがこの子を描いたんですか?」




「そうよ? 私の全てを注ぎ込んだ……自慢の子よ」




「……」




 そのあまりの美しさに、僕は感極まって目から涙があふれた。


立つことすら忘れ……まるで跪くように床に両膝をついた。




「あらあら……この子ったら泣いちゃって……そんなに見惚れちゃったの?」




「はい……こんなに美しい女性を、今まで見たことがなくて……」




「嬉しいこと言ってくれるじゃなぁい……」




「……」




 締め付けられるような胸の痛み……加速する心音……荒くなる呼吸……僕の体の何もかもが異常を起こしていた。


だけど病気とかじゃない……これはそう……前世で僕が初めて二次元という世界に触れた時と同じ……いや、もしかしたらそれ以上の高揚感に満ちているやもしれない。




「僕は……もしかして……」




 そう……今僕が感じているもの。


言葉に表すことすらできないこの狂ってしまいそうなもの……僕は知っている、それが何かを……。


それは人間誰もが1度は芽生えるであろう……苦くも甘いもの……。




「どうかした?」




「ピグンさん……僕は二次元に……イラストの中の女の子にずっと憧れていました。


どんなに苦しい事やつらいことがあっても、彼女達の笑顔が僕の心を支えてくれました。


でもそれは……憧れと言っても相違ないものでした。


だけど……だけど……彼女は違う。


僕がこれまで出会ってきた素晴らしい女性達とは……何かが違う……僕の心を掴んで離さない彼女の存在自体が……」




「それは……恋ね」




「恋?」




「ええそうよ。 あなたはこの子に恋をしたのね……私にも似たような覚えがあるわ」




 そうか……そうだったんだ……。


僕はこの子に……リズザに……恋をしたんだ……。


恋って……こんなに温かく苦しいものなんだ……。




「ピグンさん。 僕……リズザのことをもっと知りたいです! この子のことをもって知って……もっと好きになりたいです!」




「あら直球ね。 お姉さん、そういうのは大好きよ?


私の口から言ってあげてもいいけれど……なんならここでイラストレーターとして働いてみない?」




「働くって?」




「実はね? 今、リズザを主人公にした活動写真を作っている所なの」




「活動写真?」




「大きなスクリーンにイラストを投影して、テンポよくイラストを変えながらタイミングよく声を吹き込んでいく……まあ、大規模な紙芝居ってところかしらね?」




 要は声優が舞台上でやる生アフレコみたいなものか……。


まさかこの異世界でアニメに似た文化が存在しているなんて思いもよらなかった。




「あなたの絵をお店で見た瞬間、ビビッと来たわ。


あなたには秘められた才能がある……あなたがいれば、もっとリズザを輝かせることができるって……そう


思えるの」




「ピグンさん……」




「フフ……リズザをほかの人に見られるのは嫌かしら?」




「嫌じゃない……といえば少し嘘になります。


だけどそれ以上に、僕はリズザにもっと輝いてほしいと思っています。


身勝手な独占欲でこのまま誰の目にも触れさせないなんて……寂しいじゃないですか」




「紳士な子ね……我が子ながら妬けちゃうわ」




 本音を言えば……ピグンさんの申し出を受け入れたい。


アニメに近い文化に携えることができる……転生して諦めていた二次元に、再び触れることができる。


僕にとってはこの上なく嬉しい。


だけど……1つ、僕には問いたいことがある。




「ピグンさん……1つ、教えてくれませんか?


どうしてリズザを活動写真で輝かせたいんですか?


お金の……ためですか?」




「……」




 リズザをお金儲けの道具にしたくない……なんて綺麗事を言う気はない。


ただ……彼女を金だけの存在にしたくないだけだ。




「そんなことはない……と言えばウソになるわね。


でも私には……それ以上に、リズザを通して世間のみんなに伝えたいことがあるの」




「伝えたいこと? なんですか?」




「言葉で表現するのは難しいけれど……強いてあげるなら……良心……かしら?」




「良心? えっと……正義ってことですか?」




「そんな大層なものじゃないわ。 ただ……何が良くて何が悪いか……それをみんなに考えてほしいだけ。


ただ……それだけ……」




 恰好は奇抜だけれど……思ったよりも深い思考を持っているみたいだな。


だけど……キャラや作品を通してメッセージを伝えたいというニュアンスは僕は好きだ。




「……わかりました。 僕でよろしければ、ここで働かせて……いえ、リズザを支えさせてください」




「ありがとう……」




 こうして僕は、エレナルでイラストレーターとして働くことにした。


店長にそのことを伝えるのは正直、申し訳ない気持ちで一杯だった……。


家から追放された僕のことを拾って、今まで働かせてくれた恩人なんだからさ……。




『テメェの人生だ……テメェが決めたのならそのまま突っ走れ!』




 店長はそう言って、僕の決断を後押ししてくれた。


せめてもの土産だと……僕に特上のラーメンまで作ってくれた。


本当に人間ができた人だ……。




「たまには顔だせよ? ラーメン1杯くらいはおごってやる」




「はい! ありがとうございます!!」




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 ラーメン店を辞め、僕はエレナルのイラストレーターとしてピグンさんと共に勤しんだ。


多くのイラストで表現するアニメとは異なり……活動写真では限られた枚数でいかに繊細な描写を表現するかがポイントとなる。


故にイラスト1枚を仕上げるのにかかる時間も膨大だ……。


鉛筆と消しゴムというシンプルな道具のみで下書きを描き上げ……その上から色のついたペンで色を付けていく……。


鉛筆と違って色付けは少しでもミスしたら一からやり直しになる。


さりとて鉛筆でも……あまりにやり直しが多かったら消し跡が汚く見えるのでやり直すことになる。


はっきり言って、普通の人なら途中で根を上げてもおかしくない理不尽な環境と言える。


だけど僕は違う……リズザを支えたいという純粋な気持ちと二次元イラストが好きだという真心がある。


だからどれほど時間が掛かっても……どれだけやり直すことにあっても、僕は苦にならなかった。


これが僕の……天職なんだな……きっと……。

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