万華鏡の夢
漆戸いひ
第1話 その木から逃げる
「...ぜっ!まだいるのか、振り払えない!この野郎!」
七夜は広い廊下を駆け抜け、喉から怒りの声を上げ続けていた。
振り返ると、腰に長刀を帯び、全身黒いスーツ姿の黒髪の女性がまだ後ろから追いかけてくる。
それから、七夜は背後から冷気が伝わってくるのを感じ、良くない予感が全身を覆う。考える間もなく、直接前方の床に向かってダイブした。
後方から「シュッ」という音が聞こえ、剣気が直接飛んできて、周囲の壁と窓が斜めに横切られ、七夜の後頭部の数本の髪も切断された。もし避けなければ、今ごろは腰を二つに切られていたに違いない。
「くそ、本気でやってきやがる!」廊下の入口でゆっくりと刀を収める姿を見て、七夜は右手を振って抗議した。
「次は、避けられないようにするわ」 女性の冷たい声が響き渡り、切り裂かれた窓から外の高空にある島を囲むように公転している太陽からの熱気とは対照的に、空間全体の温度が急激に下がった。
ゴクリ、七夜は思わず唾を飲み込んだ。この女性が、冗談を言う余裕があるほどユーモアのある人ではないことを、彼はよくわかっている。
くそ、どうしてこんなことになったんだ!!!
今となっては、
一言で表現するしかない、
祖孫喧嘩。
そう、これはただの祖孫喧嘩で、結局のところ全てはじじのせいだ。「科学的なものは何も持ち込むな」と言うが、こんなに暑い中で北欧のルーン魔法を使って涼を取りながら、エアコン一台買う気がないのか!今や人工知能の時代に入ったというのに、この島にはスマートデバイスが一つもない、一体全体どの時代の頑固者なんだ!!自分が老人にこんな文句を言った結果、老人は完全に怒り、彼の側近であるこの女性「ちょっと」正してもらうことにした。
そう、七夜がいるこの総合研究島「万華鏡」はそういう場所、 「武術」、「ルーン魔法」、「神」、「仏」など、信じがたい力が全て存在する地球の片隅にある、
「世界側」、 「世界が示す無数の側面のうちの一つ」という意味で、これは七夜の祖父であり、この島の最初の発見者「釈迦正三」がこの現象を呼んだ名前である。この世界には、特定の「世界側」を引き寄せ、「自分の力を合理化して存在させることができる世界側」を現出させることができる、一万人に一人の存在がいる。彼らは…
バン!!!
再び鋭い斬撃が飛んできた。
「うわっ!」
体が斬撃を感じる前に動いた、最初の斬撃を避けた時と同じように、今回もギリギリで避けた。
「ぜっ...」女性が初めて声を上げた、その声は彼女の外見と同じく、冷静で冷たかった。
その時、七夜も若い女性も気づいた、次はそうはいかない。
七夜が彼女を知ってから、たった数時間しか経っていないが、目の前の人物が長刀を持ち、真剣な面持ちで「絶対にお前を殺す」という勢いで七夜に向かって来るまで、彼女が女性であることに気付かなかった。
その時を思い出すと、全身黒いスーツの彼女が七夜の前で逆光に立っていて、実際に彼女の体型や顔を注意深く見なかった。七夜大少爺は以前の習慣に従って、ちょっとだけ、羽目を外して、老人の視線から逃れた後、彼女の肩に腕を回し、飲みに行こうと誘った。そして、それが今に至るわけだ。
とにかく、七夜がどう説明しても、女性の手の動きは一度も止まらなかった。
「一体全体、どこであなたを怒らせたんだ?」七夜は目の前の齊肩黒髪の若い女性を見ながら、喉から疲れ切った声を絞り出した。
「...」
「ああ……」七夜は周囲を見回し、周囲が破壊された家の内壁を疲れた目で見た。
これで彼女も一緒に罰されることになる。
「……老爺さんさんが…あなだを叱るように言った」
どうやら、自分を拾って19歳になるまで育ててくれた老人は、自分を半身不随にすることを真剣に考えている単なる一本気だと思っているようだ。
「…え?これを叱るって言うの?これじゃあ、人が死ぬかもしれないぞ、理解力ゼロか!?」七夜は一瞬固まってから反応し、周りの壁の亀裂を指して、知っていても無駄だとわかっていながらも、激しく罵った。
女性の顔が徐々に下を向き、前髪が視線を遮って顔の表情が見えなくなったが、七夜は彼女の右手が再び刀鞘に手を伸ばし、ゆっくりと引き抜き始めるのをはっきりと見た。太陽光の下で反射する冷たい光を放つ鋭い刀身が、彼女がこの世界でも数少ない、「自分の力を合理化して存在させることができる世界側」を現出させることができる存在、つまり「神人」(Overman)であることを、七夜ははっきりと認識した。
刀身に反射する光が、ゆっくりと抜刀されるにつれて明るく長くなり、刀身が完全に抜かれる瞬間、刀光は実体化し、女性の振る腕とともに刀身から直接前方へ飛び出した。
来た!
刀光が飛び出すその瞬間を狙い、
「子不語、怪力亂神!!!」
口から言葉が出た瞬間、進行方向の全てを遮る壁、窓、消火器の刀光は初めて前進を停止し、
七夜の周りに、文字で構成された防護網のようなものが刀光を阻止した、
そして、七夜の顔には輝かしい笑顔が浮かんだ。
「バイバイ」
黒いスーツの若い女性はまだ反応できていなかったが、
文字の防護網が突然加速し、外側へ膨張し始め、女性の斬撃も一緒に押し出された。
バン!
激しい爆発が廊下の左右の壁を全部吹き飛ばし、爆発したセメントの壁が濃密な白煙を引き起こした。
これで以前の切り傷が見えなくなったはずだ。
壁を壊したのは彼女だが、老爺子に問い詰められるのをただ見ているわけにはいかない。
七夜はこの白煙を利用して、窓から直接飛び降りた。
「おおおおおおおおおおおお!!!!!」
彼の姿が空中を横切るにつれて、周囲の風の音、建物の輪郭、遠くの波の音、全てがその瞬間に凍りついた、
数百メートルの高空から落下する時に見える景色はいつもこんなに心地良い、今、七夜は「万華鏡」東アジア地域の景色を一望していた。
「万華鏡」、総面積は600平方キロメートル以上、島と言うより大陸と呼んだ方がいいが、核心部の東アジア地域はその十分の一未満の面積しかない。表面的には主な事業内容は旅行業ですが、実際の研究方向は人間の認識の下で全ての「世界側」の種類を探求することである。さっき女性が引き寄せることができた、言い換えれば所属する「世界側」は最近新しく発見された「武士側」である。
最後の斬撃を思い出して、七夜はほっと一息ついた。斬撃が顔に到達する前に箴言を読み上げ、「あの技」を使えたから良かった。
「箴言を読み上げた後に形成される、こんなのあんなの全ての能力を完璧に防御できる防護盾の技」、略して、「あの技」、
これは七夜が中国の古書を読んでいるうちに偶然発見した能力であるが、一人に一つしか「世界側」を引き寄せることができないため、七夜は「強制的に」この能力の持ち主となり、「神人」(Overman)の一人となったが、他の「世界側」を選ぶことはもうできない。
しかし、七夜が持つ力はそれだけではない、
(よし、高度はもう十分だ)
七夜は右手をズボンのポケットに突っ込み、探ってからカプセルのようなものを取り出し、カプセルの尾部の線を引っ張ると、先端から大量の赤い煙が噴出し、明るい青空の中で非常に目立った、
間もなく、遠くから一連の鮮やかな鳥の鳴き声が聞こえてきた、
「来た来た来た!!!」顔の筋肉が強風で形を失っていても、鳥のように高速で飛んでくるその物体が七夜に与える興奮は抑えられなかった、それこそが七夜の今回の逃走の秘密兵器だった。
すぐに「その鳥」が七夜の真下に来て、「鳥背」上のハンドルを見極め、七夜は慣れた手つきで初めてではないかのように片手で掴み、力を借りて大鳥の上に全身を預け、直接飛び立った方向へと操縦した。
「墨子為木鳶,三年而成,一日而敗」と伝えられているが、それが「墨家の機関術」である、
七夜が中国の古書から継承したのは「あの技」だけでなく、この純木製で一日中飛び続けることができる機関鳥もあった。これが「万華鏡」少主「釈迦七夜」の真の力である。
七夜は頭を傾け、身を回して自分がちょうど逃げ出したばかりの「亜克樹」(ARK THE TREE)を振り返った。四百メートルを超える高さ、空を覆うような密な枝葉、そして巨大な幹の周りに建てられたさまざまなスタイルの建物、それは何かの高層建築の名前ではなく、本当の意味での——一本の木だった。
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