血は美味しいかい?
「天沢ソウタ君ね……。もう怖くて飛べないでしょ。本当は死にたくないんでしょ」
レイが耳元で囁いた。
「ねぇ、君。吸血鬼にならない?」
彼女は僕に問いかけた。
「気が楽だよ。学校も行かなくていいし、空も飛べるし。それに、魔術が使えるしね」
僕の目を見つめる。その黒くて美しい目に引き込まれそうになった。
「もちろん、吸血鬼にさせてあげる代わりに血を吸わせて欲しいんだけど。どう?いい取引でしょ?」
どこか怖いような優しいような目で見つめてくる。少し怖い。
「吸血鬼になるといいことってあるのか?」
「もちろん。魔術を使って空を飛べたり、睡眠時間が短くなったり、病気にかかりにくくなったりするよ」
「い、意外とメリット少ないんだ……」
意外な回答に驚いたのか、レイは少し戸惑っていた。が、また笑みを浮かべて、
「あるよ。とっておきのが……」
そう言ってレイは後ろに下がり、自身の左の腰に帯刀していた細い剣を抜いた。そして、大きく上に持ち上げながら自身の左手を前に出した。
シュイン、グチャ……。
鋭い音の後に濁った音が続いた。レイの左手首は吹き飛び、僕にぶつかって地面に落ちた。
「う、うわぁぁ!」
あまりにも突然のことで、思わず腰を抜かしてしまった。まだ生暖かい血が服にべったりついている。
レイは剣をしまった。僕のもとに近寄り、吹き飛んだ左手首を回収した。
「よく見ててね」
レイは手のない腕を前に出した。その後、血の滴る手首に赤く光る魔法陣が出現し、そのままゆっくりと動く。すると、次第に左手ができてゆく。おまけにグロい……。
「どう?凄いでしょ。不老不死の力。時間というものに縛られない生活は面白くない?」
「不老不死……」
「重大な欠損とかがなければ直せる。でも、魔力を使うからその分の補給が必要。で、君の血を分けて欲しい訳」
「な、なるほど…………」
「あ、そうだ。いうの忘れてた。吸血鬼になりたくなかったら、今日の記憶は……」
「……い、いいよ。吸血鬼にして」
1人で、平凡すぎて億劫な日々にはよいスパイスとなると思った。
「じゃあ、やろっか」
そう言うと、レイは右腰に携帯していた小刀を取り出し、自分の左手の人差し指を切り飛ばした。
「口、開けて」
レイは顎を優しくつかみ、わずかに開いた僕の口に指を入れた。生暖かい血がのどに垂れてゆく。
「落ち着いて。私はいたくないから、ゆっくり血を吸って」
い、息ができない……。
「じゃあ、失礼……」
レイが右手を僕の背中に回して抱き着いてきた。吐息が耳にかかる。
ガブッ……。
首をかまれた。レイの温かい舌が傷口をなぞる。最初は痛かったが今は痛くない。だんだん気が遠くなっていくような……。
んん……。
数多の星の光が空を染めていた。
「あ、起きた?おめでとう。これでもう吸血鬼だね」
「吸血鬼……そうか、吸血鬼になるって……」
吸血された左側の首には痛みも傷も無かった。
(でも、何も変わらないぞ?試しに飛び降りてみようか迷うほどだ。)
「あれ、でも、何か変わったようには感じないんだけど……って、か、髪の色が変わってる?」
髪は伸び、黒かった髪から薄い水色の髪になっていた。それに、瞳の色も赤くない。
「これが吸血変化ね。普通の人間から吸血鬼になった場合、見た目が変化することがあるの。吸血鬼になる途中、不本意に変化魔術が作動することが主な原因らしいわ。でも、制御機関を用いればある程度元の見た目に寄せることができるわ。これ、私の制御機関。使ってみて」
レイは剣の持ち手部分の下についていた花柄の模様の装飾が施された球体を引っ張り、取り外した。手渡されたが、何も変化は起こらない。
「? これはどうやって使えばいい?」
「これに力を流すことをイメージしてみて。初めは難しいけれど、次第にできるようになるから。やってみて」
言われた通り、力を球体に流すようにイメージしてみた。何かはわからないけど右手の手のひらに力のような物が集まっている気がした。
一瞬、全身が熱せられたように感じたのち、視界が真っ暗になった。が、すぐに回復した。
「これが魔術……?」
よく分からなかった。レイに渡された丸い物体を返却した。
「そうね。……髪色だけは変化したね。まぁ、今日初めて魔術を使った吸血鬼にしては良いかな」
髪が変化している。薄い水色からいつもの黒い色に近い色へ変化した。だが、鏡がないから詳しい見た目がよく分からなかった。
「あ、水たまり」
屋上へ上がる前に降った雨による水たまりができていた。そっと、顔をのぞき込む。
「……」
月明りではどうも見えづらく、ほんのり自分の輪郭が映し出されるだけであった。
「明日は学校?」
レイが問いかけてきた。
「一応……」
「その見た目でも大丈夫……?」
一瞬迷った。
「…………行かなくてもいいよ。前もそんなに行ってないし。なんせ、大災害のせいでほとんどの人は学校に行ってないからね」
屋上のフェンスにもたれかかり、市街地を眺めながらつぶやいた。
「別に強がらなくても……。学校で何かあったんでしょ。別に無理して行かなくても。私みたいな吸血鬼もいるくらい、世界は広いんだから」
突然、レイがお説教してきた。
「急にどうしたの?」
「あなた、吸血鬼になる前、飛び降りようとしてたじゃない!」
どうやら、レイは夜景を眺める僕を自殺願望者とみなしたらしい。
「ただ黄昏てただけだよ。こうやって、ここから湾内を眺めると水面に町の光が反射して輝くんだ」
レイもフェンスにもたれかかった。
「ごめんなさい。私の勘違いだったみたい。……綺麗ね」
レイは湾内をながめていた。
「そういえば、大災害って?」
レイは不思議そうな目をしていた。
「12年前に起こったあの大災害だよ。レイも小学校か中学校で習ってない?」
「……ごめん。私、学校に行ってないんだ……。」
どこか寂しそうだった。
「そう……ごめん。」
「私みたいに知識不足にならないように学校、行きな」
そう言って、レイは笑っていた。
「なら、見た目を何とかしないとね」
彼女はまた丸い物体を渡してきた。
――――――――――――――――
レイに指導してもらい、ギリギリごまかせるレベルには欺瞞できた。
「こんなもんかな。でも、魔術でごまかしてるだけだから使用時間や変更の自由度はその人の能力に依存するわ」
身長などは一切いじってない。髪などのパーツは比較的魔力消耗が少ないが、骨格をいじるとなると相当の魔力を消費し続けるらしい。
「……その、ありがとう」
レイは困惑していた。
「お礼なんて、私のごはんになってもらっただけじゃない。むしろ私が感謝しないと。ありがとね」
レイは笑顔だった。
時計は23:43分だった。
「そろそろ夜も更けてきたから、帰ろうかな」
レイの様子を伺った。
「まだまだ夜は始まったばかりよ」
レイは笑っていた。
「……それと、なにか勘違いしているようだけど、僕は自殺志願者ではないから」
「え!?…………ただ、黄昏ていただけ!?」
「そうだよ」
唖然とした顔をしている。
「なんだ、死ぬくらいなら私のごはんになってもらおうと思ったのに」
「ひ、人の命をメシとしか見ていない……」
「冗談だよ。……さあ、帰ろっか。もうここに用はないからね」
レイは微笑んでいた。薄紅色の月の光が眩しいほど輝いていた。
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