36 午前8時の脱走計画 ④
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再び彼女と数十もの砂で作られた彼女の
二度目ともなる全く同じ作戦での戦闘は以前程有利に戦わせる訳も無く、次々に倒されて行く
しかしその攻撃すらも通りにくく寧ろ反撃にあうばかりで、防御を取る回数が彼女の方が増えつつある。
一方的であるのにも関わらずその戦闘技術と実践能力は自身が想定している以上に驚異的だった。
そんな中、彼女は私との約束通りにセラムが私の方へ向かおうとする度に猛攻をかけ足止めをする。
短期戦を得意とする彼の戦い方、長期戦になればなる程、疲れが出て体力も削られる。
そう簡単に考えていたけれど、その前にリフレシアの方が限界に近くなってしまう。それでは意味が無い、成功するかも分からない突発的な作戦。
あの膨大な質量の砂の塊である"オペラ"さえ意図も容易く崩してしまう破壊力を持つ拳。
いくら”
容易に打ち破られ突破されてしまう以上、このまま同じ様な戦いを続けていればむしろこちら側が不利になる。
"オペラ"程の大きな砂での攻撃はリフレシアを巻き込んでしまう、それだけはしたく無い。
彼女の
砂で出来た
この状況が続けば・・・。
無茶苦茶でお粗末な作戦だと自身でも思っている。
ただもうこれ位しか私には思いつかない程に想像以上に追い詰められ緊迫したこの状況。
まさかここまでしても不利に戦いが動くとは思いもしなかった。
彼女の戦いに私は一縷の望みを託す。
戦いの中セラムの動きはほんの少しだけ、さっきよりより鈍く動きのキレが悪くなってきてはいる。
効果はあると喜んでいたのもつかの間、既に彼女はそれ以上に消耗しているのが見て分かる程に呼吸や動きが荒くなっている。
その事はセラムが一番理解しているのだろう、瞬間の攻撃の強弱が目立ち、砂で出来た
硬化魔法”シェルター”はもう既に効力を失っているはず、作戦を中止し彼女を呼び戻そうと叫ぶも判断は既に遅かった。
「リフレシ・・・・!!!」
突如として襲いかかる、爆発音かと思う程の凄まじい轟音と風塵は私の声を妨げる。
砂埃が舞う中、視界に微かに見える光景に映るのは、クレーターの中に立つぶらりと血みどろの腕を下げるセラムとピクリとも動かず地面に伏せ倒れている彼女の姿がそこにあった。
「嘘でしょ・・・・」
更には彼に取りついた"砂上の夢"はいつの間にかはらわれている、きっとあの衝撃で散ってしまった。
私の作戦は上手くいかないどころか彼女を殺してしまった。また私は間違えを犯したのだ。全ての力は空気が抜けた様になくなり逃げる力さえもう無くなっていた。
視界には迫り来るセラムと倒れて動かないリフレシアの姿、もうどうする事も出来ない。
もしも・・・、もしも彼女が戦闘に立ち、身の危険を感じた時、死ぬ位なら元の姿へと戻る方がマシだと。
そう話したはずなのに彼女はそれをしなかった。リフレシアだってちゃんと作戦通りやってないじゃ無い!と心の中で叫ぶがもう後の祭り。
自然と出てしまっていた涙は視界を歪め、目の前は暗い影が私を覆う。
私の前に仁王立ちする彼の姿はまるで巨大な壁。
打ち拉がれる今彼のその姿は絶望その物だった。
「弱いからこうなる」
セラムは静かにそう言う。何百回と彼に言われたその言葉はいつもより暗く蔑む様な、そう捉えるには十分な程に軽蔑の念が込められていた。
「お前一人では俺には勝てない、分かってるよな?お前が一番分かっているだろう?それを分かってる様に俺はお前の小賢しい作戦もわかってるんだよ。まさかここまで落ちるとはな、英雄が聞いて呆れる。最後まで迷惑な奴だよ、面汚しが」
「・・・。何が英雄だ・・・、こんな組織に入って、人を殺して・・・。あなた達は何が目的なの!」
「人殺し?目的の為なら敵は倒し殺す。俺もお前もあの組織に、あのパーティにいたんだ。やってる事は一緒だろ?今更何善人ぶってるんだ?」
「違う。私はそれが正しく生きる人たちの為だと思って戦った。それはあなたも一緒でしょ!」
「ああそうだ、今も昔も変わらない。だから俺は俺の行う正義の為にあの女を殺した」
「あなたの信じる正義って何!?全部聞いたんでしょ!!なら人体実験や幼い少女を殺してまで”
彼は哀れみをかけてやると言わんばかりの口振りで、想定していない、思いもよらぬ絵空事の様な内容を口にした。
「近々、”カラット”は戦争を行う予定だ」
「え?」
「国の保安に属する部数や組織、機関にのみ知らされている内容だ。折角だ聞いて逝け。
数年前から数国との冷戦状態になっている。外交や土地の問題だが今回それが原因では無い。
”カラット”の人口は既に人口密度は限界に近い、そのせいで治安や貧民も増え、人はそれでも増え更に治安も悪くなってきている。
簡単な話だ。近隣の冷戦状態の国に対し、それを理由に戦争を起こし、土地を略奪し今より”カラット”を豊かにする。
あの都市は大都市にして多くの住民がいる。戦争ともなると犠牲者は多く出るだろう、それを想定し、事前に最小限に抑える為に、数年前から"マグ・メル"の製造の為に秘密裏にあの国は実験をしていた。
勿論、そんな簡単には出来なかったそうだ。
何度も繰り返すうちに出来たのがあの娘、”サニア”。聞いていた能力とは違うにしても俺の攻撃をあれだけ受けて尚死ななかった、やはり”マグ・メル”には違いない様だな」
淡々とした彼の言葉はまるで平気で嘘をつくそれに見えなくも無い。けれど、嘘が得意で無い人間というのは私達が一番よく分かっている。
目も顔色も全く変えず話す彼の表情は、最後まで神妙な面持ちで話し終え、それが嘘で無い事を現実として突きつけられた。
終始流される様に聞き入る思いもしない最悪の内容。
私は必死に彼の言葉を理解する為に現状についての話を今は嘘でも本当でも受け止める他なかった。
「聞いていた能力・・・っていうのは?」
恐らくリフレシアが語るサニアさんの探知能力の事だろう。組織にも知られている能力の詳細に違いない。
「”マグ・メル”の探知能力、お前の持つ”
「勝手過ぎる・・・戦争での”マグ・メル”は使用禁止・・・それにカラットはその禁止条約加盟国、そんな酷い事するなんて考えられない・・・なんで・・・。
ちょっと待って、なんで彼女が”マグ・メル”を探知出来るのを知っているの?」
「それは既に俺達の組織が”マグ・メル”を一つ秘密裏に保管しているからだ。厳重に管理していたそれの場所を一瞬であの娘は見つけ出したって話だ」
「あなた達・・・隠し持ってたの・・・」
「ああ、ナインがな。まあそんな事だろうと思った。あいつが本当にあれを破棄するとは思ってなかったからな。それが研究機関にばれたから、"
「どういう事?サニアさんの育ての父親の組織は・・・」
「お前、何か勘違いしている様だが。"
"
名前すらない国ぐるみで”マグ・メル”を作っている機関が"
国は知らぬ存ぜぬで今や機関を実質的な放棄、後は"マグ・メル"の所有がバレる事を防ぐ為にそれを知る者達の殺害。それを知る対象に"サニア"、そして"サニアの義父"を名乗る男も含まれている最重要人物だ。
そしてそれらを知ったお前達」
「・・・、あなたはそこまでやってまだあなたのやるそれがあなたの信じる正義なの?」
「あぁ、そうだ。お前には分からないだろう、俺は裏から市民を守り秩序を正す」
「あなたは分かってない、それにこれからも分からない」
「なに?」
「私も分からなかった。けどあなたと話せて分かった。"やってる事は一緒"なんでしょ?ならあなたはまた同じ過ちを繰り返して間違ったまま、きっとあなたはまた求めてる答えには辿り着けない」
彼は動揺する、図星だった。心のどこかでそう分かっていた。分かっていたはずなのに同じ事をしている。それしか私達は知らなかったから、私もそうだった様に。
「話過ぎたな、昔からムカつく野郎だったが今ここでお前を殺せばもうお前の事を忘れられる」
「私はあなたと話せて良かった。私は私がどうするべきかハッキリ分かった」
「ベラベラ話したのが失敗だった、次は無いのに何が分かっただ、理解しても遅いな。残念だよ」
目の前に立つ大男の全力で振りかぶる拳は本気だ。
もう避ける余力も魔力も無い、確実に当たり息絶える、けれど私は知っている。信じている。
たった数日しか共にしていない彼女を、いや。
"厄災の龍"と呼ばれた龍の力とそのおぞましい程の生命力。
力いっぱいに振りかぶった拳はすんでのところで止められた。受ける直前に閉じた瞼を開くと目の前にはリフレシアが両手でその拳を受け止めていた。
その光景に一番驚いていたのはセラム自身、全力のその拳に殺したと思っていた彼女に止められたのだから。
受け止められた拳の破壊力を物語る様にリフレシアの手をボロボロで腕から多量の血を流しながらも、セラムの拳を龍の爪が食い込むほど強く握り離さない。
「よぉ・・・何楽しそうにベラベラ喋ってんだ?俺も混ぜろよ・・・」
「リフレシア・・・」
「お前・・・!!」
拳を振りほどこうにも外れない彼女の両手、しかし彼女自身も身体中から血を流し危険な状態にも関わらずその両手はしっかりと彼の腕を捉えていた。
「はな・・・せ・・・!!何故・・・はなれ・・・俺の力でもか!??」
「俺はお前と戦えて良かったよ・・・俺はどう力を使えば良いのか、どう使うべきなのかハッキリした・・・」
セラムの大きな手に食い込む彼女の手の爪は徐々に太く大きくなり、それに伴い彼女の腕はより大きく、より彼女の元の姿に近い龍の腕へと姿を変えようとバキバキと音を立て変化する。
伸びる爪に大きくなる腕はいつしか彼の手を覆う程に、彼の拳はじわじわと割かれていき痛みを堪えながら力の入る彼の拳からは大量の血が吹き出し始める。
「ん・・・!?ぐぅ・・・!!!?」
「力比べは俺の勝ちだ。得意のその腕、頂くぜ」
徐々に大きくなる拳に食い込む爪は遂に大きさは許容範囲を超え、セラムの拳は引き裂かれていき使い物にならない程に引き裂かれていく。
しかしまだもう片手が残っている、まだ彼は戦うつもりでいる。
既に残された片手は振り上げられていた。満身創痍の彼女にはもうこれ以上は耐えきれるはずもない。
「くれてやるよ、英雄の片手1つ」
「気前がいいな・・・」
「リフレシア!!!」
咄嗟に私はその時判断した行動。"
私にはこれ以上出来ることがもうこれしか無い。
力の入らない腕を手を重ね、あるだけの限りない魔力を使い祈る様に唱える。
「響け、魔法の弦音。鳴らせ、安らぎの鳴音。
"グリマー・パルス"」
手を鳴らし、煌びやかに花火の様に弾ける小さな魔力の粒子は彼女の体を照らし眩く散っていく。
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