34 午前8時の脱走計画 ②
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特徴的な傷だらけでゴツゴツとした肌と骨格の大男、その巨体は相応以上に力強く、その拳一つで放たれる破壊力は魔獣や龍でさえ恐れ他の追随を許さない。
英雄にして最強の剣闘士、”セラム”。
ラック率いる英雄のパーティの一人である彼そのものの姿が私達の前を立ち塞ぐ。
目を疑った何故彼が、どういう理由で・・・。考えている暇等無いはずなのに、突然の事に計画していた事が一瞬にして狂ってしまった。
「嘘でしょ・・・」
「どうするカペラ、逃げ続けるんだろ?おい!」
動揺は隠せなかった。まさかあの男の仲間がセラムさんだなんて・・・しかし如何にも彼らしいやり方とも思える物だった。
私の動揺を楽しんでいるかの様にエリミネーターは笑いながら状況が飲み込めていないリフレシアを揶揄い言う。
「おいおい怯えてるぞ小物が一匹。どうするよサニアさん・・・いや偽物」
「偽物?お前本物と偽物の区別もつかない位バカなのか?」
「いいや、お前は偽物だ。以前見た時はもっとオドオドとしていたじゃ無いか。まるで今のお前は別人だな。本物をどこへやった?」
「どれだけ言っても無駄だな。おい!カペラ!お前もなんとか言え!」
二匹背を合わせ、立ち止まり丁度前に一人ずつ対峙する形となり囲まれた様な陣形。相対し近付いてくる二人。
相手はセラムとエリミネーター、どちらも戦闘慣れしている手練には違いない、しかし前日の負傷が残っているはずのエリミネーターの方から道を切り抜ける。それも作戦の内とし頭に入れていた。
「おい!作戦通りやるんだろ!?何黙ってんだ!」
「ごめん」
合図と共に私は”
「お前!??作戦と違うぞ!!」
「リフレシア、その男は任せたよ」
「バカ野郎お前一人でそいつどうすんだ!!!」
壁の中から直様銃弾が放たれた音と二人駆け回る足音が鳴り響き彼女はそれ以上私に問いかけることはしなかった。
そして目の前に立つこの人・・・。
「セラムさん・・・そこを通して」
「・・・・。お前はそれをどうするんだ?」
「私が責任を持ってこれの処分する。それにあなたが協力してる組織は・・・」
いつになくピリピリとしたセラムの目には覚悟を感じる。まるで何かに取り憑かれているかの様なその立ち姿は狂気すらも感じた。私達に向けられたその殺意、まるでいつかパーティにいた敵を倒す目。その目を見て私は少しばかりの希望を信じ向き合う。
「知ってる。全部言わなくても奴から聞いた。どんな組織なのかもな、お前たちを消して欲しいってのが上からのお達しだ・・・まさかお前だとは思わなかったよ、カペラ。」
「・・・本当に私達を殺すの?」
「それが命令だからな」
「あなたがやりたかった事はそんな事だった?」
彼は雄叫びを上げると地面をビリビリと揺れ、背の近くにある砂の壁はサラサラと少し崩れるほどの声音、たまらず耳を塞ぐと彼は怒りを露わにズカズカと近付いてくる。
「お前は俺の何を知ってんだ!!偉そうに下っ端仕事してる様なテメェに何がわかんだ!!落魄れた剣闘士に成り下がった俺の気持ちが分かるか!??」
「人殺しをすぐ容認する様な組織があなたの居場所なの?出会った頃のあなたの誇りはもう無いんだね」
彼の怒りに震える拳は私を目掛け放たれる。当たる寸前に反応しギリギリ躱わす事が出来たものの、その速さと威力は後ろに作り出した砂の壁に直撃し、糸も容易く破壊されてしまう。厚さ100cmもある砂による高密度に固められた壁はバラバラと崩れ。唖然とする私、そして壁の中へ拘束されたリフレシアとエリミネーターが姿を現す。
「嘘でしょ・・・」
「うぉぉ!?なんだ!!」
血だらけになったエリミネーターの胸ぐらを掴む彼女に突然セラムは手加減の無い全力の拳を叩きつけ、殴られた彼女はまるでよく跳ねるボールの様に跳ね、
とんでもない飛距離で飛ばされていく、一瞬の出来事にその光景で伝わる拳の破壊力、敵として対峙するこの強大さを思い知る。
「リフレシア!!」
回復をしなくてはと動き出した時にはもう遅かった。
目の前にはすでに彼が拳を構え立っていたのだから。
巨体からは想像も出来ないほどの俊敏な素早さに攻撃の構えからの放つまでの動作はかつて見た敵を一瞬で片付ける彼の面影が、恐怖へと変わり今、目の前で体現する形となってしまった。
「てめぇぶっ殺す!!!」
さっきまで遠くまで殴り飛ばされていた彼女は彼に劣らぬその素早さと判断力でいつの間にか目の前に立つセラムを勢い良く殴っていた。
その速さと破壊力も彼に負けず劣らず、申し分無い力。セラムが彼女を殴り飛ばすより更に先へと殴り飛ばして見せ力の差を見せつけたと言わんばかりに静かに笑う。
「そんな玩具でパスパス打つヤツよりお前の方が戦いがいがあるな」
「だ・・・大丈夫なの?!」
「んなわけあるか、痛い」
とてもその程度では済まないだろと言いたくはなるものの、頬が青くなる程には強く殴られながらもまるで平気そうに血を拭う彼女はキラキラとした目で不適な笑みを浮かべ、遥か先に飛ばされて尚、何事も無いように立ち上がるセラムの姿、力量だけでの戦いは私の知る次元とは違っている。
「カペラお前作戦通りにしなかったのは許さないからな」
「ごめん、どうしてもあの人と話がしたくて」
「知り合いか?タフだなあいつ、結構本気で殴ったぞ。それに話し合いでどうこうなるような攻撃の仕方には俺には見えなかったな」
「・・・うん、あの人かなり強いよ。それよりあの男は?」
「よく見ろ」
セラムの近くへと移動していたエリミネーターは全身がボロボロになり、残されていた片腕もぐにゃぐにゃと変形されている程折られていた。とてもでは無いが戦闘が出来る程の余力が見られない位にボコボコにされている。
2人を閉じ込め、破壊されるまでの僅か短時間で片をつけていた。相手も手練のはず、それなのに彼女は無傷で戦闘不能になるまで追い詰めている、ここまで力の差があるのかと驚いていると彼女は更にバキバキに壊された彼の長物の銃をポイと目の前に捨てため息をつく。
「まぁ、あんな狭い場所で今まで遠くで銃しか打てなかったやつだ。近接の戦闘は一方的、危うく殺しかけた。まあ殺してもお前の急な作戦変更のせいにしようと思っていたんだがな」
「おっかないな・・・と言いたい所だけど。セラムさん一人でも十分厄介だから状況はあまり変わら無いね」
「なんだそれ、雑魚倒した俺の労力返せ」
耳をすませば遠くから聞こえる彼らの会話、それは明らかに私達の殺害命令だった。
「セラムさんよ・・・俺はもう戦えねえ・・・このまま本部まで逃げてあいつらが”
「あぁ任せろ」
「リフレシア・・・」
「ああ、やる気満々って感じだなあの大男、それに比べて後ろに後退りする様子を見るにもう一人は逃げる気満々って感じだ。どうする?」
「勿論、目の前の男。セラムさんとの戦闘を避けつつ私達はもこのトリル・サンダラを抜ける」
「なんだよ倒そうぜ・・・」
「多分敵わない、それに簡単には逃げられない。けど嫌でも戦闘になるからその時は援護する、出来るだけ逃げることだけ考えて」
「なんだそれ、まあいいサクッと動けなくすりゃいいんだ!」
果敢に飛びかかる彼女は拳を振り上げセラムに襲い掛かろうとするも、すんなりと避けられては一方的な攻撃を受けてしまっている。
やはり対人戦闘における格闘の部類での戦いは部が悪すぎる。援護に私は瞬時に”
「リフレシア!!逃げて!!ただの取っ組み合いなら部が悪過ぎる!」
「ちくしょう・・・、カペラ!こいつ見た目によらず動きも早いな!!」
まるで楽しんでいるかのようなその表情に対しセラムの顔を表紙をまるでピクリとも動かない、まるで巨大な岩石の魔物を彷彿とさせられる。
もはや耐久戦になるがそれならこっちに圧倒的に部がある。けれどそうともいかない、彼が得意とするのは短期戦、直ぐにカタをつけようとするはず。
「セラムさん、あなたがしたかった事はこんな事なの?いつも自慢していたその力は虐げる物でも誰かを殺したりする為では無く、民を守り、象徴となり道を示す教本の様になる為だって言ってたじゃない!こんな事絶対する為の力じゃないでしょ?」
彼は静かに体を振るわせ怒りを露わにしている。彼の放つその異様なまでの強い気はピリッとした空気で伝わり、思わず毛を逆立ててしまう。
「お前はなんだ。お前は何様だ?これ見逃しに"マグ・メル"を使って偉そうに説教か?俺とお前、傍から見たらお前の方がよっぽどの悪だろ」
「分かってる、けどそれは私達が生きる為。ここから生きて抜ける為に使ってる。勿論これは無事帰れば引き渡す。それまで命の保証が出来ないのであれば私達はこれを使いあなた達から逃げる」
「お前がそれを使った事をあのエリミネーターがカラットの最高機関に報告すればただじゃ済まないぞ?」
「私は私の考えで動く、何をどう言われようとあなたが私達の道を阻むのであれば無理にでもそこを通らせてもらう」
「出来もしねぇのに偉そうに・・・出来損ないの足でまといが」
彼の力強い威圧感はその場の空気を一気に張り詰めさせた。
本気だ、今度こそ一撃でも喰らえば致命傷になりかねない、私はすぐ様リフレシアの方を見て呼びかけようとしたけど、彼女の顔もまたいつになく表情は固く真剣な眼差しをしていた。きっと伝えずともこの緊張感の張り詰めた空気で伝わったのだろう。
もうここから逃れられる事は難しい、大きく聳え立つ壁が目の前を塞ぐ。そう思わせる程に彼一人の存在感の大きさを感じさせられた。
本当は戦いたくない、きっとラックが悲しむから。けれど彼にとって私はもう敵でしかない、そう思うと少しだけ涙が出てきてしまう。でももう引き返せない。私だけの問題じゃない。
震える手を静かに抑え自分に言い聞かせていると彼女は私に言う。
「カペラ・・・悪いがお前の知り合いだろうが手加減は出来ないぞ」
「・・・・・。ごめんね気を使わせちゃって、大丈夫。それ位じゃないと彼は・・・セラムは倒せないよ」
「死なない程度にボコボコにして、ゆっくりここから出るとするか」
「・・・、ありがとう。頑張ってサポートする」
彼女のさりげない優しさに触れ浸る間も無く、張り詰めた空気は殺気の漂う息苦しいものへと変わった。
遂に戦いは本格的に幕を開けてしまった。
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