29 一粒の今
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鋭く光る目はまるで雷が落ちた時の残光。その目、そして到底可愛げのある少女にはそぐわない肘先から指先まで伸びる太く力強い鱗を纏った腕、正にそれは龍の腕。その姿に圧倒された男は初めて恐怖で強張る表情を見せていた。
「く・・・そぉぉぉ!!!」
必死の叫びは痛みを紛らわすため、そして本能的、動物的生き存える為の威嚇の咆哮とも見られる。
そんな雄叫びも虚しく強烈な蹴りを更にお見舞いするリフレシア。
「うるさいぞ、ギャーギャー喚くな」
「”フィアー・スター”!!」
「ふぃ?”フィアー・スター”?」
必死に指差す男の腕と”マグ・メル”に視線を向けた彼女はそんな事はお構いなしに蹴られ悶える男に追撃を喰らわせ、私はそんな彼女の行動に呆れ、痛む体を堪えながら彼女達の元へと走り何とか”フィアー・スター”を奪還することに成功した。
「はぁ・・・はぁ・・・はぁ・・・さすがに疲れた・・・」
「なんだお前?逃げ回るだけでそんな疲れたのか?」
「あなたのせいです・・・」
彼女がこちらを向いている隙に男は遠くへ離れ、切られた腕の止血を手早く行う。その手慣れた手つきと冷静な判断は見事ながらも一度として彼女リフレシアに向けられた視線は外さない。そんな彼に対しフンと息を鳴らし遇らう彼女のその態度に男は怒りを露わにした。目つきは先ほどの余裕のある表情とは裏腹に険しく鋭くなっている。
「お前ら・・・どこの誰に喧嘩売ってんのか知ってやってんのか?」
「随分と辛そうだな?お前がどこの誰か知らないが、あまり大口を叩く様なら介抱してやらないぞ?」
男は冷や汗を拭き、目を鋭く細めリフレシアの姿をマジマジと見て言う。
「お前・・・サニア・・・・。いやその腕に目の色・・・お前誰だ・・・」
「誰?死神だ。地獄から這い上がってやったぞ、お前の為にな」
しばらく睨み合いは続いた、あの男冷静かつ判断が早い。これ以上何か考えさせる余裕を持たせるのもまずい。
追い打ちをかけ畳み掛けるなら今。私は”フィアー・スター”を手に男に目掛け杖を構えるとリフレシアは急に私の前に立ち背を向けながら言う。
「お前それ扱えるのか?」
「え?」
「お前、手が震えてるぞ」
突如彼女に言われ驚くがそれなで気が付かなかった。私は”杖を持つ手を見るとカタカタと指先は震え、魔力を整え出す事すら出来ていなかった。疲れではない、恐怖。きっと自然と意思に反し私はこれを使いたがっていない、こんな状況でそんな風にすら思っていられるはずも無いのに・・・こんな時ですら。そんな姿に彼女は静かに目を逸らしながら男の方へと向き直し、私はこんな事態の中、自身の無力さに胸を痛めた。
「く・・・」
私のその情けない姿に遠くから男は大声で笑う声が町中に響く。
「馬鹿だなお前・・・、こんな状況ですらたかだか武器程度の魔道具に怖がって使えもしないのか?ここまで情けないと”英雄”の一人が聞いて呆れるな。噂通りの足手纏い、所詮お零れ頂戴の奴隷魔獣だな」
ぐうの音も出ない、それは幾度と無く言われ続けた言葉。こんな状況下でも躊躇いすら見せる私はどこまでも青い。
今その言葉の意味がひしひしと私に重くのしかかった。そんな私の姿を見てなのか、リフレシアは男の言葉に私に替わる様に笑いながら答えた。
「弱い癖に良く吠えるな、のど自慢が特技か?」
そう言うと地面に落ちていた男の腕を拾い上げその場で片手から放たれた炎により灰と化した、満足そうに微笑む彼女、とても生き生きとして見えた。彼女はどこか誇らし気に私の方に目をやる姿はあの時のラックと不思議と重なって見えた。
「ホラ、砂が増えた。感想はどうだ評論家?」
「調子に乗るなよ・・・小娘・・・」
男は銃を持つ手をめいいっぱい伸ばし、標準を合わせる隙すら見せず正確に私の方へと銃弾を放つ、その一瞬を誰もが見逃す事はなく難なくリフレシアに私は躱わす事が出来たが男はその一瞬を見計らい、私たちの視線を外した所を利用し視界から消えて見せる。
「隠れたか・・・」
「待って!」
すぐに探そうとする彼女を呼び止めあたりを見渡しながら彼女に言う。
「相手は深傷を負ってる、それに”マグ・メル”も今私の手にある。これ以上戦う理由もないからここから逃げよう」
「ふざけるな、せっかく弱らせたんだ仕留めるぞ」
「これ以上戦う理由はないでしょ」
「お前にはな」
その言葉に私はそれ以上何も言えない。サニアさんの仇であり、その彼女の命を狙っている組織は姿形を模したリフレシアを狙うに違いない、みすみす逃す理由は彼女にはない。けれど・・・それでもこれ以上無駄な戦いは出来るだけ避けたいのが本心。彼女自身の考えを思いを考慮した言葉ではないから、だからこそ私には彼女を引き止める言葉をそれ以上に持ち合わせていない。
「そうだよね・・・ごめん、だけど・・・。私はこれ以上戦いたくない・・・」
本心で話す他ない、私にはそれ以上に彼女にかけるべき言葉はもうない、独りよがりの言葉。
呆れた様にため息をつく彼女。
「最初からそう言え、まああんな雑魚すぐにいつでもやれるしな」
「い・・・良いの?」
まさかの反応に私はつい出た言葉に彼女はまるで何を言っているんだと言う表情をし、何も聞かなかったかのように話を逸らし私の持つ”フィアー・スター”を指差しいった。
「で?どうするんだそれ」
「あのオアシスに戻す事も考えたけど、そしたらまたあの男が手に入れに戻ってくる・・・何が目的かは明確にはわからないけど少なくともこれを使って何かすることには変わらない」
「良くも悪くも使うこと自体が良くないってことか?」
頷く私に「成程」と一言かけそれ以上に何も話す事はしなかった。しばらくは全く人の気配もなければ襲う気配も殺意も感じない、あの男は逃げたと見て良いだろう、念の為私達は近くの建物の中へと入り一息ついた時、私は思い出す様に彼女に言った。
「あ・・・・、あの、ありがとう・・・助けてくれて」
空から突如として現れ、男の攻撃を阻止したこと。なぜあの場所にいた私を空から追っていたのか気になっていた。
「なんだ急に口を開いたと思えばそんなことか。大した事はない、俺はサニアの仇がとりたかっただけだ」
「でもずっと上空で私のこと見張ってたよね?」
「いつから気がついてたんだ」
「あの男と話してる最中、雲で月が隠れる合間に上空を少し見上げた時にあなたの姿らしき影が少しだけ見えたから」
「監視だよ、お前が逃げない様にな」
「そっか」
「それより気づいたか?」
「何が?」
彼女のその言葉に私は周りを見渡すと、急遽入ったその民家に見覚えがある。サニアさんの家だった。
「気がつかなかった」
「お前相当目の前が見えてないんだな」
「疲れてたから・・・」
「皮肉なもんだな」
「リフレシア、お願いがあるんだけど」
「お願いする態度と物言いではないな?」
「・・・リフレシア様。お願いしたいことがあります」
「最初からそう言え。で?なんだ」
「二階を見てきて欲しい・・・」
「二階ってあの死体のある場所か?見てどうするんだ」
「後で説明する・・・」
不満そうな顔で足早に二階へと行き、すぐに帰ってきたリフレシア。何か揶揄われているとでも思われているのか強い口調で言う。
「お前、俺を態々こんなことに使ったんだ、相応の言い訳がないと殺すぞ」
「死体はあった?」
「はあ?何言ってるんだお前?」
「無かった?」
「ねえよ、お前達があいつの本取る時にでも埋めたんだろ?」
”無い”、つまり”合流”。もしくは”その場にもういない”ということを示す。
恐らく”合流”、あの男では無い誰かが死体を移動させた。
「リフレシア、ここも安全じゃ無い。どこか安全な場所はない?」
「ない。強いて言えばここってくらいでそもそも隠れる場所がまともにない何もないこの土地で唯一隠れられる場所がここだからな」
「・・・分かった。とりあえず死体の意味を教える」
「さっさと最初から言え」
私が当時いた”英雄”と呼ばれるパーティとは違う、その後に着く事となった部隊の創設者である男が使っていた合図。死体を使ったサインを彼女に教えた。
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