22 当事者 ⑩
29
あの忌々しい旗の入った箱を開けることは今後無いだろう。
ただただ空が沈みゆくその光景をじっと見つめていた、そんな中彼女は目覚めしばらくの間黙ったまま二人、日が落ちるまで沈黙は続く。一切の会話が無かった中で最初に口を開いたのはやはり彼女の方からだ。
「リフレシアは、これからどうする?」
「どうする?というと」
「あの地下牢ももう無いし、あなたが眠れる箱ももう無い・・・、人に見られたくないんでしょ?」
彼女は静かに何かを悟ったようにそう言った。
勿論、彼女が俺が何を言うかおおよそ検討はついているのだろう。
「そうだな、俺はここから離れる」
あれだけ泣き叫んでいた彼女は静かにボロボロと大粒の涙を流し俯いた。そんな姿につい少し笑ってしまう。
「まだ泣けるほど体力も水分もあるのか?呆れた」
「リフレシア・・・私、あなたと離れたくない・・・」
「だろうな」
「一緒には暮らせないの?」
「無理だな、俺はあくまで龍だ。いくら小さくなって偽ろうと俺という存在は絶対にどこかで脅威になり普通の暮らしは出来なくなる」
「人に化けたり出来ないの?魔物の中には人に化ける事が出来る子もいるんでしょ?」
「ああ、出来るが俺はまだ使えない」
「どうすれば使えるの?私手伝うよ、あなたが人に化けれるなら一緒には居られるでしょ?いつまでもどこへでも、どんな事でも。私が龍になってもいい・・・だから・・・どこへも行かないで」
俺はそれ以上何も答えられなかった。
俺が人に化ける事を手伝う事も、彼女が龍になる事も、一緒に穏やかか暮らしをする事も叶わないからだ。
魔物が人に化ける為に必要な事。
それは魔物が人を食べた時。
彼女がそれを望む訳が無い、望み手助けをする事を俺も望まない。
人は龍にはなれない。そして最初から分かっていた。
彼女と俺とで旅も一緒に過ごす事も叶わない。
彼女にとって俺と言う存在はあまりにも邪魔だ、
共に居て安息である事は無いのだから。
永遠には続かない、いつか瓦解する。
「一緒にあなたの夢を探す旅は嘘だったの?」
「ああ、お前が居ても邪魔だ、目的を成すまでのお膳立てだ。本気なら迷惑だ」
「私が弱いから」
「そうだな」
「お願い・・・また契約してよ」
「これ以上俺はお前と関わりたくない」
彼女はついに黙った。俺の傍から離れる事無くずっとそのまま、黙ったまま。時間はどんどんと過ぎていく。
痺れを切らし、俺は言った。
「お前にはこんな面倒な事に巻き込まれたんだ。素直に引き下がるのがお前に唯一出来る謝罪の行動だろ?二度と俺の前に現れるな」
彼女は箱を強く抱き締める。そして冷たくあしらう俺に彼女は目の周りを赤くしたそんな目で俺の目を真っ直ぐと見て言う。
「私達、友達だよね?」
幾らか考えていた返答とは違う思いがけないその言葉につい笑いが零れてしまった。
その時初めて俺は思った、"こいつには敵わない"。
さっきまでの威勢も威厳もその笑いで全て崩れた。
笑う俺の姿に彼女は1人真剣な顔のままだった。
そんな顔に余計に笑いが込み上がる。
「私、冗談なんかじゃないよ。リフレシアがいくら私の事を嫌いになっても、私はあなたを友達だと思ってる。それにもし友達じゃなくなっても、あなたと過ごした日は私達、友達だったよ」
そう彼女は強く言った。大声では無く、言葉では無く。思いの籠ったと言うのか、そんな言葉には表せられない強い思いの籠った言葉。
「そうかい、勝手にそう思ってな」
「あとね・・・リフレシア。その箱」
彼女は俺の持つあの旗が封印された箱を指差しゆっくりと手に取り抱きしめた。
「これ・・・私がまた元の場所に戻しておくね・・・」
「俺が適当に海に捨ててもいいんだぞ」
扱えるかどうかは置いといて、この強力な魔道具を手中に収めておけばいつか使える日が来る。
手放すには惜しい、そう思っていた。
「ううん、これは私がしてしまった事だから」
彼女はいつになく強い眼差しを見せ言った。そんな固い意志を感じた俺はもうこれ以上何かいう体力もなく。
「勝手にしろ、二度とそんな物開くんじゃないぞ。それに・・・まあ・・・万が一また発現する様な事があればお前位しかあの町で封印できる様な奴そうそういないだろうからな」
立ち上がり翼を大きく開くと隣にいた彼女も同時に立ちあがり俺の目を見てニコリと笑みを見せる。
「いつかまた絶対会おうね、リフレシア」
「やだね、また変な揉め事に巻き込まれそうだ」
俺は空高く舞い上がり、翼を広げて飛翔した。
彼女の声が届かない所まで高く飛び、俺の姿を目で追う彼女を見下げながら海のある方角へと向きその場を去った。
「じゃあな」
飛び去る俺の姿を彼女はずっと見ていた。そんな気がする、振り返ればきっと未練があると思われてしまう。
意地でも振り返ることはなかった。彼女の視線をずっと感じながら。
海の向こうへ体を小さくし人に見つからぬ様飛び去り、それからは色々な土地へ転々としていた。
だがそんな日々も長くは無くもう二度と訪れないだろうと思っていたこの土地へ俺は再び戻るのだ。
あの一件から一週間か数日の事だ。大した事ではない、サニアが見たがっていた”オーロラ流星”、それが何百年振りに今年現れるという噂を通りすがる旅人の話から密かに聞いたから、その事を教えてやろうと思いあの砂の世界へと再び足を着けた。本当に下らない理由だった。
遠く空から砂の土地に目立つはオアシスのある所へと降り立とうと体を縮小しゆっくりと降下する。
そんな中空高くからも視認出来る程にオアシスの近くに一つの大きい何かが落ちていた。
地上へと足を下ろし、その大きな何かは厚めの布に覆われていることに気がつき近づく。
風にたなびくその布は、強風と共に剥がれる様に空へと舞い俺の目の前に現れたのは
彼女、サニアの亡骸だった。
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