12 ソラニン

19


早朝、寝袋をたたみ支度を済ませる。朝日が丁度上り始めていた頃、サニアはまだグッスリと眠っていた。

あまりしっかりと眠れはしなかったものの体の調子は前日よりは良くなっている。

欠伸を一つし彼女を起こすと不機嫌に眠気眼を擦りながら言う。


「・・・もう行くのか?」

「うん、あんまり長居も出来ないしね。それに荷物がすぐ見つかるとも限らないし、龍がまた現れる可能性もある」

「分かった・・・」


彼女はダルそうに支度を済ませ、立ち上がり体を伸ばしゆったりと歩き始める。


「行くぞ、えと・・・・魔獣」

「カペラだって、マイペースだな・・・」


彼女の後に付いて行き、再びオアシスまで歩き始めるのだった。

現時点までの道のりからオアシスまではそう遠くは無く、何事も無ければ朝の内には着く予定での行動。

相変わらず魔獣もいなければ旅人も見かける事もない、”砂上の夢”が形を成し崩れる姿と音が広大な砂漠に響き渡る。

オアシスが視界に入ってきたくらいのタイミングにふと私は彼女に話をしてみようと思った。

勘繰る事も考えなかった、ただのお喋り。


「ねえ、サニアさん」

「質問なら答えんぞ」

「もうあんなに問い詰めるような事しないから・・・」

「はぁ・・・、なんだよ聞いてやる。ウザかったらこんどはオアシスも話さねえからな」

「サニアさん、将来の夢とかある?」

「将来の夢?」


彼女は私の方を見るやいなや思議そうな顔をし少し悩んでいた。


「ん〜、何だっただろうな?いつか思い出した気がするが、私は父を尊敬していたからな・・・」

「え?」


不仲では無かったのか、干渉しないという位だから不仲だと思い込んでいた。

それも嘘?それに日誌に書いてた事とも食い違う。


「なんだその反応は。・・・・まあ父の背中を長く見ていたかったな。夢と言うには少し違う気もするが」

「ううん、良いと思うよ。お父さんがあなたに見せていた背中や世界をあなたが見れば良いんだよ」

「お前も面白い事を言うな。だが俺には難しい事は分からんからな、俺には無理だな。お前はなんだったんだ」

「私?私は最初は人間になりたかったなぁ・・・途中から色々夢が変わったんだけど」

「人間?」


笑われると思った。しかし彼女は笑わず素直に聞き返してきたのだ。

今までこの話をすると大体は笑われるか、馬鹿にされるから意外な反応に少し驚いた。


「うん、私好きな人がいたんだ。その人が人間で、それで私も人間になりたいと思ったの。昔、魔獣が人になれる魔法があるって聞いた事があってね、それに魔獣である以上はやっぱりこの世界にとって私達の様な生物は煙たい物で、言われのない事を言われたり色々生きずらい事も多かったから」


「今はどうなんだ?」

「今?今は無いかな・・・。強いて言うなら、今の仕事は嫌いじゃないから多くの人に遺品をきちんと届けたいな」

「そうか」


彼女は俯きそう言った。それからは会話が続く事もなく、二人砂漠を歩き続ける。

いつしかオアシスの前まで足を踏み入れた時だった。

彼女は立ち止まり私の方をくるりと正面になる様に振り向き言った。


「お前、魔獣である自分が嫌か?」

「え?」


突然の質問と内容に驚いた。彼女の真っ直ぐな目にその質問の意図を探るまでもなく真剣な物だと判断出来る程に綺麗に輝いて見えた。


「嫌いじゃないよ。けどそれをハッキリと答えられる程、自信を持っては言えないかな。もしかしたら嫌いなのかも」

「どっちなんだ」

「うーん、でも私は容姿だけで嫌われる事はあっても、好きでいてくれる人はいるし。だから今は魔獣である事を否定したくないな。けど人間であればもっと生きやすかったのかな、なんてたまに考えちゃうだよね」


彼女は真っ直ぐと私の目を見つめ黙ったまま立ち止まる。私も目を背けず彼女を見つめ続けた。

その間数分だろうか、不思議な時間だった。彼女は空を仰ぎながら言った。


「なあ、お前。俺の手下にならないか?」

「え?どういう事?」


困惑をした私を見る彼女は更にこう付け加え言う。


「俺は見てみたいんだ。この世界を、お前達が作り上げ、何を思いどう悩み選んだ世界なのか。かつて"最厄の龍"と賊共が呼んだ"ピリオド"を倒し創造した世界を」


"厄災の龍"の一匹、支配の龍。

又の名を真名"ピリオド"。それはかつて呪いを受けた村がその名を口にし、無惨な死を遂げていった事から決して口にしてはいけないと言われ、世界に震撼させた。

知る物が極小数とされる言葉と名前。それを知っている。


「その名前・・・」

「そうだな・・・気が変わった。貴様が手下になると、今ここで誓えば俺の事、今起きている事。全て教えてやる」

「何を言ってるの?私があなたの?」


動揺せずにはいられない、その名を聞くときはいつだって良いことは起こらなかったから。


「お前に選ぶ権利があるかと言えば無い。しかし敢えて選ばせてやろう。もう一度聞く、そしてその答えをお前は2分で答えろ」

「あなたが何者なのか分からないのに?」


彼女は数字を数え始める、それは恐らくこの問いに対してのイエスかノーでのみの答えや言葉を聞かないという意思での行動だろう。しかし私の中では答えはもう決まっていた。


「ならない」

「成程」


静かに時は過ぎる。一歩も引かぬ二人にいつかどちらかが目線を離せば張り詰めた糸が切れるような。

そんな状況にも似ていた。

お互いにそれ以上は何も口にしなかった。ただただ真っ直ぐと相手の目を見ていた。

何者かも分からない、そして以前の戦いのダメージが残る中。昨日の毒は既に消えているであろう彼女だが武器を持っていない。ぐるぐると頭の中では戦闘態勢と共にどう潜り抜けるかだけを考えていた。

次に言葉を発したのは彼女だった。


「ではこうしよう。手下はもう良い、どうせ理由もあのガキを裏切るだのなんだのほざくのだろう?」

「その通り、もう一度言うあなたは何者なの?」

「それが分かれば仲間になるのか?」

「以前の問題。あなたが何者であるかを語らない内は「はい」とも「いいえ」とも言えないから」


彼女は軽く溜息をつき俯き「成程」と頭を揺らしていた。

そんな姿に私は少し油断をしてしまっていた。彼女からほんの少しだけ目を離した隙の事、いつの間にか数メートル離れていた彼女は目の前へと現れ私の左腕を片手ひとつ掴んでいたのだ。


「え」

「油断したな」


この一瞬の事に考えていた全ての行動が塞がれた。離す隙すら与えられない、華奢な身体にその見た目とは裏腹にその素早い身のこなしに驚きが隠せなかった。


「俺はお前が気に入った」


彼女は微笑み、掴んだ腕の手からは何重にも重ねられた魔法陣が浮かび上がりその魔法陣は赤く燃え上がる様で、掴まれているその間数秒した後、何事も無く消え去ってしまった。

彼女から手を振るい解き、距離を取り掴まれた腕を服の下から確認すると上腕の方に小さな紋章が刻まれていた。

その紋章を私は嫌という程目にしている。それが何で何の魔法なのかも。


「あなた何がしたいの!」

「古い契約魔法だ。だが効力はある、紛いなりにも魔獣の魔法師なら分かるだろ」


半強制の対魔獣専用の契約魔法"エンプティ・パペット"。

魔獣の奴隷や売買に使われていた古い禁句魔法。

紋章の形は独特の物だがあら方の文字列や情報量は間違いなくそれだ。

自身で書き換えた魔法陣程解くのが難しいものは無い。


「・・・何がしたいの?」

「その答えは最初に言った、2度言わせるな」

「こんな魔法良く知ってるね・・・ただ強制力は薄いのは分かるよね?」


そう、この魔法の強制力は薄い。精々出来る限界が体や魔法の自由を奪う事位、もっと強力な契約魔法はいくつもある。知らなかった?


「私はこの魔法陣を付けられても答えは「いいえ」、それに対する効力も無いのになんでこんな魔法を?」

「あぁ、だがお前の体の自由は縛れる。今すぐにここで行動不能にして生涯体が動けなくなるのも良いだろうが、そんな事より俺の言う事を聞いている方が結意義な選択だと思うが?」

「あなたの言う事を聞いて他人に危害を咥えるくらいなら自害する」

「成程、ならもっと強い契約魔法をかけて。お前と契約しているガキを殺すというのはどうだ?」


やっぱりわざと弱い魔法にしていた。けど理由が分からない。


「まるで理由が分からないという顔だな?さっきも言ったが俺はお前が気に入った。それだけだ。今ここで「はい」と言えば契約は解きはしないが俺の管理下である上での自由は保証しよう」


「随分強引な告白だね・・・」


「今一度教えておいてやる。お前に選択肢等最初から無い、これは俺からの慈悲だ」


最初からこれが狙いだったのか、売られる?誰に?今時魔獣の売買なんて高くもない。

そうか、あの龍か。引き渡され殺される、そう悟った。彼女は龍になんらかの契約や呪いをかけられ私を誘き出すように仕向けられている。

しかし、これも最初から覚悟の上だった。だからこそローライさえ逃がせていたことに心から安堵した。


「分かった。だけど、あの龍に私を引き渡してあなたが助かるなら私はそれで良い」

「・・・、ほう随分と素直になったじゃないか」

「贅沢は言わない。だからせめて、"リオラ"さんの荷物だけでも届けさせて欲しい。それ以降はどうにでもして良い。だから私の大切な人やあなたも傷つけないで・・・お願いします」


膝をつき頭を下げる、するとざりざりと砂を踏む音が近くなり彼女が近寄ってくる事が分かる。


「契約成立だな。お前は俺の手下だ」


彼女は私の頭をポンポンと優しく叩き笑う。

見上げると少し嬉しそうな表情を見せる彼女は年相応の無邪気な笑顔を見せどこか不思議な感じがした。それは邪悪とも取れなくも無い。


「では、名を名乗れ」

「カペラ・・・って私は何度も言ってるんだけど」

「我が名はサニア・・・と言いたい所だが・・・。そうだな、流石にこの名で通すのも癪だな」


彼女は少し悩みながらブツブツと独り言を言ったのちに私の顔を見て言った。


「確か、ファミリーネームか?苗字?魔獣、お前には無いのか?」

「だからカペラだって・・・、て・・・え?」


唐突な質問に1拍置いて、その質問を理解し驚いた。


「あなたあの地質学者さんの娘さんでしょ?確か日誌には"アルター・アット"って書いてあったから"アット"じゃないの?」


「"アット"?そうだったか?だが俺はあの男の娘では無いぞ、それになんかダサいな」

「どういう事?」

「そうだな、"サニア・リフレシア"なんてどうだ?」

「どうって言われても・・・、どういう事?」


彼女は私の言葉に眉に皺を寄せ「何を言っているんだ?」と言う。正直こちらのセリフではある。


「ああそうか、もう黙る必要も無いな。

俺の真名は"リフレシア"だ。そして"サニア"は亡き手下の一人の名前から拝借した。隠れ名だ」


「リフレシア?」


まるでさも誰もが疑いも無く知っているかの様に語る彼女に再び名を聞き返すと少し不満げな顔を見せ、

彼女は右手を高く上げ天を指しこう言った。


「俺はあまねく生命に恐怖をもたらし、"厄災の龍"と名されその頂点、"最厄の龍"と呼ばれるは真名"ピリオド"の娘、"リフレシア"だ!」


その口上に私はポカンとあっけに取られた。

理解が追いつかないまま、私は空いた口が塞がらず頭の整理をする。"厄災の龍"は間違いなくもう全て倒した。イレギュラー?嘘?娘?納得がいく答えは自身の考えだけでは到底纏まるはずもなく、只管に言いたい言葉が喉から出てこないまま彼女の目を真っ直ぐと見ることしか出来なかった。


「さて我が配下2号であるカペラ、誇りに思うが良い。魔獣においてこれ程ない光栄の極み。噛み締めろ」


やっと出た言葉が


「嘘でしょ?」


絞り出した答えは理解を追い付くことは無かった。

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