第460話 学制のすゝめ

 帝国宮殿に帰った後、俺は残されていた書類の処理に再び悩殺されることとなった。

今シシィとフェルディはメイドたちのもとに預けられており、その状況は逐一報告されてきていた。

報告を受けて少し癒やされながらも、積み上げられた書類の山を見て再び落胆するのであった。


「陛下。お手が止まっておりますぞ」


「ビスマルク……見ているだけでなく少しは手伝ってくれても良いのだぞ?」


「いち臣下に、陛下の仕事を代行する権限はございませぬ」


「グデーリアンにも同じような理論で躱されたな。まあ、自分の仕事だからやるのだが……」


 俺は書類に目を通し、内容に問題がなければサインをした後に判子を押した。

そしてまた別の書類を取り出し、内容に目を通すということを繰り返す……。

だがその中に、俺は少し興味深いものを見つけた。


「教育か……確かにこれは難しい問題だな」


「教育ですか? 陛下は確か学制を公布して、全国の青少年に学業に従事することを義務付けておられましたな」


「ああ。だが教員の育成が追いつかずにお世辞にも上手く言っているとは言えない状況だ。それに新たに帝国に加入した各国によって元からある基盤が違うから、均一な導入にも難があってな……」


「なるほど。せっかく両殿下がお生まれになったことですし、この際に学制の見直しを行われては? イレーネだけの問題ではなくなった以上、実情にあったものに改定する必要があるかと存じます」


 神聖イレーネ帝国へと改編されたことにより、イレーネでは回っていたことが回らなくなりつつあった。

その一部が学制であるが、学業は国家の発展に直結するため手を抜くわけにもいかなかった。

ビスマルクが言う通り、子供が生まれた今こそ見直しを図るべき時なのだろう。


「ビスマルク、君はドイツ帝国の宰相であったわけだ。その経験を活かして何かいい案はないか?」


「ふむ、ではまずは私のいた頃のドイツ帝国の学制についてご説明いたしましょう」


 そう言ったビスマルクは、ゆっくりと帝政ドイツ時代のドイツの学制について説明してくれた。

それをまとめてみると、こうなる。



(0) 

①初等教育

◯6歳〜14歳の子が在籍


②中等教育

◯以下の4つに大分される

・ギムナジウム:大学進学を志すものが進学

・レアルギムナジウム:技術系大学進学を志すものが進学

・オーバーレアルシューレ:工学・商業系大学進学を志すものが進学

・レアルシューレ:実業学校・官吏を志すものが進学(大学進学不可)

◯上3つに関してはアビトゥーアと呼ばれる試験を合格することによって大学進学ができる。


・大学、工科大学、軍事学校など



「……なるほど、日本のものと異なって随分と分岐が多いんだな」


「そうですな。私としては日本のような『単線型』教育よりも、先程挙げたような『複線型』の教育を採用するべきかと思います。それぞれに必要な知識に特化させて教育を施すほうが効率的であるかと」


「単線型しか経験してこなかった以上、俺には触り得ぬ領域だな。ビスマルクよ、君にこの件は任せてもいいかな?」


「ご命令とあらば。すぐに帝政ドイツを知るものを集めて教義を進めることといたします。そこで一つ提案ですが、始めのうちは義務教育の範囲を初等教育で留めておくのはどうかと。正直に申しまして、読み書きと簡単な計算を身につけることができれば最低限の生活には困りませぬ。そこから学業の普及に合わせて、義務教育の範囲を中等教育まで発展させるべきかと」


 まあ確かに、複雑な計算などは普通に生活するうえでは全くと言っていいほど出番がない。

特に未だに中世的な封建制度から抜け出しきれていない大部分の国民にとっては。

だから、生活に必要な読み書き、つまり識字率の向上と最低限の計算を学ばせることに重点を当てるということには賛成だ。


 そして俺は、そこにもう一つ主眼を追加しようと考えた。

それは国民が生業とする農業、それに関する知識の普及と実践だ。

子供が学校にて農業の知識を学び、それが将来に生かされるというのであれば実用的な学校となるであろう。


「……なるほど、体験を通じた農業技術の会得ですか。分かりました、それも協議に入れましょう」


「頼んだ。それと更に追加になるが、最近元冒険者が、安全になったことを理由に一斉に結婚をし始めていると聞いている。その影響で数年後には子供が多くなるだろう。だが一方で、彼らは冒険者業を辞めた後に工場で働いていることが多いと聞く。つまり――」


「託児所のようなものが必要ということですな?」


「話が早くて助かるよ。現在はそのような役割は教会が担っているようだが、それにも限度があるだろう・少しでも負担を減らすために少なくとも各町、各村などに一つは設置するようにしてほしい。いくらかであれば政府からも援助を出させるべきだ」


 俺の言葉を手帳に書き留めたビスマルクは、友人のローン元帥やモルトケ元帥に相談をしに行くべく俺の執務室を去ろうとした。

だがその時、俺はかねてより彼に頼もうと思っていたことがあったことを思い出した。

俺は彼を呼び止め、そして言った。


「ビスマルク、シシィとフェルディがある程度成長した暁には君を中心に彼らを養育してあげてほしい。その上で君には彼らの首席教育係に任命する。プロイセン流の方法で彼らを厳しく、しかし正しく導いてあげてほしい」


「……首席教育係、確かに拝命いたしました。私を始めとする政府の、軍の首脳部たちと連携し、両殿下を正しき道へと、厳しく導いていけるように最大限の努力をいたします」


「ああ、頼んだぞ。特にフェルディは俺の跡を継ぐ可能性が十分にある。そうでなくともいずれはミトフェーラの魔王位を告ぐ存在だ。帝王としてあるべき姿を指し示してやってくれ」


 俺の言葉にビスマルクは深く頷き、そして執務室を後にするのであった。

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