第421話 タテマエの裏に
……どうも、皇帝ルフレイです……。
今、少し絶望的な状況に陥ってしまっています。
どういうことかと言うと……。
「で、どういうつもりなのかしら!? 私たちがいるというのに!」
「グレース。旦那様を怒鳴るのはやめんか。じゃが、妾も思うところはあるぞ?」
「はい……すみません……」
ミラによる、俺への結婚の申込みの話を2人に話したら、先程からこの有り様だ。
隠していても仕方がないことなので、俺はさっさと言ってしまうことにしたのだが、言うタイミングを考えるべきであったかもしれない。
幸いなことに、仲介役としてヒンデンブルクとビスマルクが入ってくれている。
「まあまあお二方、少しは落ち着いてくだされ。陛下とて、帝国の未来、世界の未来を考えてのご決断なのですから」
「ビスマルク殿、甘いな。お主は政治の天才かもしれんが、女心を読むことには長けていないようじゃな。単純な利害だけで判断することができるほど、女心とは単純なものではないぞよ?」
「それは重々承知しています。その上で、やはりミラ猊下とのご成婚は非常に帝国にとってメリットが有る。ですのでこうして申し上げている次第でございます」
「……ビスマルクさんの言い分は分かったわ。で、ルフレイ、貴方はどう考えているのかしら?」
笑みを湛えているはずのグレースの顔は、今まで見た中で一番恐ろしい顔のように思われた。
ヒンデンブルクは毅然とした態度を崩さないが、内心では少しその圧に気圧されていた。
ベアトリーチェはグレースほどではないが、やはりどちらかと言うと反対側のようだ。
それと……最初仲介役を頼もうと思っていたチャーチルだが……。
危機を察知したのか、適当な理由をつけて仲介役を断られてしまった。
今思えばチャーチルは“あの”イギリス人……三枚舌外交と言われた彼らにとってこの程度の嘘は容易いものだったのだろうな。
「俺としては、ミラとの結婚には賛成だ。教会を俺の権威を持ってして安定させることができれば、この戦乱の世に生きる各地の住民たちに、教会という名の拠り所を再び与えることができる。そして宗教的に団結すれば、国内の結束も強まるはずだ。だから――」
「国としてのメリットは分かったわ。で、問題はそこじゃないわ。貴方は皇帝ではなく一人の男として、ミラとはそのような関係でありたいの? 彼女は建前でそう言ってきたのかもしれない。でも、本当に愛していなければそんなことを言ってくるはずはないわ。その気持ちに気づけている? そして本気でその気持ちに応えようと思っている? ……彼女のことはよく知っているわ。これ以上、悲しい思いをさせるわけにはいけないのよ、貴方のテキトーな気持ちで!」
「グレース、それは少し言いすぎじゃ。ミラは御主人様が自らの手で窮地から助け出し、今まで大事にしてきた。旦那様がミラを思う気持ちは、紛れもない本物じゃろう」
「……いや、ベアトリーチェ。確かにグレースの言うとおりだ。俺はここ最近、国のことを考えて動きすぎていた。そして、自分、個人という大切な何かを忘れていた気がする。それは、君たちに対する愛情さえ歪めてしまっていたかもしれない……。――悪いが、少し考え直す時間をくれるか? もう一度、皇帝ではなく一人の男として、どうするかを考え直したい」
その言葉に、一瞬グレースの視線が鋭くなった。
だが、俺もここで目を逸らしてはいけないと、彼女の目を見つめ返す。
しばらくそのままの状態であったあと、グレースが先に目線を外した。
「分かったわ。少し考えてきなさい。国ではなく、貴方自身の心に基づいて決めるのよ。その結果がどうなろうと、きっとミラは貴方を恨まないわ。……納得行く結論を出しなさい」
「じゃが旦那様、その結論に後悔することがないようにな? その選択をしようと、あとから覆すことは出来ぬ故な」
「……そうだな、ありがとう。ビスマルクとヒンデンブルクも、付き合ってくれてありがとう。では俺は、少し執務室にこもって考えるよ」
「行ってらっしゃい……と言いたいところだけど、たまには良いよね」
そう言ってグレースは俺の後ろに回り、首にゆっくりと手をかけた。
……ああ、俺は皇帝としての責任を追求するあまり、グレースたちを後回しにしていたのだな。
ベアトリーチェは何も言わないし何もしないが、きっと……
「ベアトリーチェ、少しこっちに来てくれ」
「なんじゃ旦那様?」
「少し、君にも寂しい思いをしていたかもしれない。すまなかった」
「……妾は構わんよ、じゃが、こうされると、嬉しいものじゃな」
俺はベアトリーチェの頭に手を置き、ゆっくりと彼女の頭を撫でた。
彼女は抵抗することもなく、ただ撫でられるがままに身を任せていた。
しばらくそうした後、俺は執務室へと戻っていった。
「……さて、どう転ぶことやら。まあ、妾は家族はひとり増えると思うがのう?」
「そうね。あの人がミラを切り捨てるとは思えないわ。さ、お迎えの準備でも始めましょうか」
「そうじゃな。……ところでグレースよ、”ソレ”はまだ旦那様に言わなくてよいのか?」
「さあ、何のことかしら? でも……それはお互い様でなくて?」
グレースはそう言い、自分のお腹をゆっくりと擦った。
「あの人が国のことを、民のことを本気で考えているのは分かっている……だからこのことは、私も、ベアトリーチェも、もう少し後にしましょう」
「そうじゃな……じゃが、知った時は驚くであろうな」
そう言いながら、グレースとベアトリーチェは仲良く笑い合っていた。
◇
グレースたちに詰められてから、俺は必死に考えを巡らせた。
最初のうちはやはり国のことが頭から離れなかったが、考えていくうちに段々と自分の望んでいるものが見えてくるようになった。
一時間も立つ頃には、俺の心のなかではほとんど決心が固まっていた。
「グレースの指摘がなければ、俺もこれほどまでに考えることはなかったかもしれない。やはりグレースは一国の女王、そして女性として、勉強になる部分がいくつもあるな……」
俺はそう思いながら、軍服のポケットに、小さな箱をしまった。
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