第29話 飛翔将軍の魔剣
「おおお!」
黒き矛の前では鋼鉄の鎧も意味はなく、肉も骨ももろともに両断されるのだ。
その瞬間、セツナは、今度こそみずからの手で
肉体を突き動かしたのは純然たる殺意であり、敵を討ち果たさんとする明確な意志だった。
そこに一切の雑念は存在せず、故に、言い訳も存在し得なかった。
黒き矛の切っ先が眼前の敵兵を右肩からまっすぐ斜めに断ち切っていく光景は、
だが、もはやセツナの心を苛むものはなかった。
先の炎による大量虐殺で、感覚が麻痺してしまったのかもしれない。
ここは戦場。
生と死が
剣が踊り、槍が舞い、弓が歌い、血が跳ねる。
その狂乱の
《蒼き風》の面々も、猛り狂っているかのような戦いぶりを見せていた。
中でも、《剣鬼》ルクス=ヴェインの活躍には目を見張るものがあり、セツナは、ルクスの姿を視界の端にでも見出すと、ついつい彼に意識を向けてしまう自分に気づいていた。
彼の《剣鬼》と呼ばれる
美しくも
素人が見ても、彼の凄さは際立っている。
といって、シグルド=フォリアーやジン=クレールが負けているかというと、そうではない。彼ら《蒼き風》の幹部だけで、百人以上のログナー兵を殺しており、それはもはや規格外の強さといっても過言ではないのではないかと思えた。
もっとも、素人に過ぎないセツナには、強さの基準などわかるはずもなかったが。
「おまえが!」
「っ!」
突如としてセツナの
セツナは、瞬時に背後へと向き直ると、ひとりの兵士が飛び掛ってくるのを目の当たりにした。
「おまえがやったのか!」
矢の如く飛来したのは、軽装の若い男だった。年のころは二十歳かそこらに見える。こちらを見据える瞳には狂気が宿り、全身からは凄まじいまでの怒りが
「
セツナは、そのあまりの
青年兵の取った行動は、直線的な突進だった。その勢いに乗り、手にした剣でセツナを突き殺そうとしたのだろう。しかし、それはもはや無理な話だった。
「――!?」
青年兵がセツナの立っていた場所に到達したときには、既に、セツナの肉体は中空にあったのだ。
セツナは、告げた。
「だったらなんだよ」
敵兵の頭上で、セツナの上体が旋回する。漆黒の矛はうなりを上げながら、目標を見失った青年兵の頭を胴体から切り離して見せた。首から血が噴き出す瞬間を見届けられなかったのは、セツナが、地面に落下しなければならなかったからに他ならない。着地に失敗するのは、空中でありえないような動作をした
体が、セツナの想像を遥かに超える速度で動いている。
「っ!」
地面に右肩から落ちたセツナは、その衝撃と痛みに声にならない悲鳴を発した。直後に聞こえた物音は、青年兵の死体がくずおれたことによるものに違いない。なんであれ、支える力を失えば、倒れるしかないのだ。
支える力もなく落下したのは、セツナも同様だった。そもそも空中から落ちていく体を支えるものなどあろうはずもないが。
「だったら、なんなんだよ……」
セツナは、右肩を抑えながら立ち上がると、青年兵の
いや。
「そうさ。おれがやった。おれが、この手で! この黒き矛で! おれが! おれが……!」
セツナは、心の奥底からふつふつと湧きあがってきた感情を抑えることもできず、ただ、叫び声を上げた。そうすることしかできなかった。なぜかはわからない。どうしようもない感情の
矛を掲げ、視線が集まろうとも気にせずに、絶叫する。
「おおおおおおおおおおおおおおお!」
それは、魂の
「なんだ……?」
レオンガンドは、右翼の敵陣から聞こえてきた雄叫びに、目を丸くした。それは
(慟哭?)
レオンガンドは、みずからの考えに首を捻ったものの、その勇ましくも物悲しい叫び声に込められた想いからは、そのような結論しか導き出せなかった。
しかし、だれがこの戦場で慟哭を上げるというのか。
いや、それはありえないことのように想える。敗色が濃いとはいえ、ずべての
では、いまや勢いに乗って勝ちを得ようとしているガンディア陣営なのだろうか。
しかし、勝利を目前に控えている以上、
ならば。
(セツナか?)
レオンガンドの
彼もまた、レオンガンドと同じく、戦場に立つのは初めてだという。
とはいえ、彼も武装召喚師なのだ。
レオンガンドは、セツナが戦場に出ることにいささかも心配していなかった。そして、予想を遥かに超えた活躍をして見せたのだ。
一瞬にして戦局を変えるほどの大活躍。
その結果、ガンディア軍は瞬く間に優勢に立ち、いままさに、勝利を目前のものとしていた。
勝利。
それは、レオンガンドが待ちに待った約束のときであり、それこそが、すべての始まりだった。
(セツナ、きみのおかげだ。ようやく、すべてが始まる……!)
それが起きたは、レオンガンドがセツナへの感謝を心の中で紡いだときだった。
「まだまだあっ!」
呆れるほどの大声とともに、レオンガンドの前方で敵兵と交戦していたガンディアの精兵十数人が、一斉に、空高く舞い上げられた。
何の前触れもなく、レオンガンドの前を護る
レオンガンドは、
「あなたを殺せば、うちらの勝利ってことだろう?」
冷ややかで明確な言葉は、レオンガンドの足元からだった。吹き飛ばされた兵士たちに気を取られた隙に、忍び寄ってきたのだ。
レオンガンドは、馬の足元に視線を落とした。歪な剣を携えた
ログナーの《青騎士》ウェイン・ベルセイン=テウロス。ログナーの名将セイン=テウロスの孫にして、ログナーでも数少ない武装召喚師であり、そして、
(
レオンガンドの胸中のそれは、もはや絶叫に近かった。
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