第21話 蒼き風

「クオン=カミヤってのはよ、もっとこう、なんつーか、きらきらした女みたいな奴だったぜ?」

 粗暴そぼうな言い様ではあったものの、男が、別段こちらに悪意や敵意を持っていないことは、その野太い声音だけでセツナにも理解できた。そして、その男の出現は、セツナの沈みゆく心を押し止め、なおかつ浮揚ふようへのきっかけとなったのだから、いうことはない。

「その辺、どうなんだ?」

 たずねられて、セツナは、いつの間にかうつむけていた顔を上げた。眼前には、三人の男がいた。

 まず眼が行くのは、こちらを見据みすえる大男だろう。その立ち位置から、彼が話しかけてきたに違いなかった。

 二メートル以上はあろう巨躯きょくおおうのは、鍛え上げられた鋼の如き筋肉であり、その上から身に付けた簡素な衣服は、今にもはち切れんばかりに見えた。

 どこか野生的な顔立ちは、筋肉質な体に見合うものだといえるだろう。だが、決して悪い顔ではなかった。むしろ男前といっていい。適当に伸びた黒髪も、猛獣の如きまなざしも、獰猛どうもうな笑みも、彼を彼たらしめている要因のように思えた。

 厳ついのだが、どこか、気安さがある。

 セツナは、しかし、返答に困った。なんと答えればいいのかわからなかった。

 確かに、彼の言う通り、自分はクオンではない。その上、クオンがきらきらした女みたいな奴、という言葉にも納得できる。かといって、この場合、どういう返事が望ましいのだろう。

「そもそも、だれもクオン=カミヤ本人とは言っていなかったような気がするんですが?」

 と、まるでセツナへの助け舟を出すかのように言ったのは、大男の後ろのひとりだった。

 彼に眼を向けると、まず、細長いという印象を抱くのは仕方のないことだったのかもしれない。別にセツナに悪気があるはずもなく、それはごく当然の第一印象であろう。

 長身であり、細身なのだ。不要な筋肉をつけていないからなのか、どうか。故に、どこか頼りなさ気に見えるのだが、実際のところはわからない。しかし、長身とはいっても、先程の大男に比べると、多少なりとも低く見えてしまった。

 大男とは打って変わって、知的、という言葉がよく似合う秀麗しゅうれい容貌ようぼうの持ち主だった。黒縁くろぶちの眼鏡も、彼の知性的な印象を形成するのに一役買っているに違いない。黒髪黒目だが、この世界では一般的なのかもしれない。

「団長得意の壮大な勘違いって奴だよ」

 呆れたように告げたのは、もうひとりの男である。

 どことなく幼さを残した面影おもかげからは、少年、という言葉が思い浮かぶのだが、実年齢は間違いなくセツナより上だろう。青年という表現のほうが正しい。

 背丈は、ほかのふたりと比べれば低いと感じるのだが、冷静に比較すればセツナより少し高いくらいだった。体つきは、両極端なふたりの男の中間のようであり、中肉中背といって差し支えない。とはいえ、鍛えられた体からは、無駄な贅肉ぜいにくは認められなかったが。

 彼の中で一際目を引くのが、その銀色の頭髪だろう。その透明な美しさを誇る白銀は、彼の容貌を際立ったものにしていた。碧の瞳も、整った顔立ちの中であざやかな光彩こうさいを放っている。

 青を基調とした装束は、軍服というよりは制服のように見えなくもなかった。背に帯びた剣は、ただひたすらに長く、抜くことすら容易ではなさそうだ。無論、扱えないような代物を身に付けているとは思えないが。

 と、大男が、背後に向き直って声を荒げた。

「なんだよ! それじゃまるでおれが悪いみてーじゃねーか!」

「その通りだから仕方がないじゃないですか」

「そうそう。団長は団長なんだから、そこんところよく考えてから行動するべきだと、おれは想うな」

 ふたりの間髪かんはつ入れない反撃に大男が息をむ様を見て、セツナは、ただ唖然あぜんとするしかできなかった。

 隣のファリアも同様らしかったが、確認をすることはかなわない。

 なにしろ、目の前で繰り広げられる馬鹿げた光景に意識を囚われていたのだ。

「団長は団長って、当たり前じゃねえか! それってつまりなにが言いたいんだ? ええ?」

 団長といわれた大男が、怒声どせいを張り上げる。その大音声には、ひたすらに傍観に徹していたセツナさえもびくっとなるほどだったが、対するふたりの男はまったく意にも介していない様子だった。

「つまり、おつむが少々足りないってこと」

 などといって悪びれもしない青年に、団長は、ほがらかな笑い声を返した。

「はっはっはっ。ルクス君、つまらない冗談で場の空気を和まそうとするきみの涙ぐましい努力にはいつもいつも感心するのだが、そういうのは時と場所と、相手、を考えてからにしたほうがいい、と、わたしは常々想っているのだが、ね?」

 不気味なまでの朗らかさの中にひそすごみに気づき、セツナは、団長という男の実力の一端を垣間見た気がした。もっとも、何事も経験不足のセツナが、正確に人の力量を推し量ることなどできるはずもないのだが。

(でも、強い……!)

 セツナは、団長の大きな背中を見つめながら、自分がいつの間にか拳を握り締めていたことに気づいた。

 団長の声音に潜む凶悪なまでの気配に、体が反応してしまったのかのようだった。

「時は今しかないし、場所も公園だけど、構わんでしょー。そして、相手が団長なら、なおさらだ!」

 やはり、青年は、まったくといっていいほど動じておらず、背に帯びた剣の柄に手をかけていた。

「……てめえ、沈めるぞ?」

「ふふん、できるならやってみたら?」

「なら今すぐ血の海に沈みやがれ!」

「やなこった!」

「――団長もルクスも、いい加減にしてください」

 団長と青年の子供染みた、それでいて手に汗握るような殺気の飛び交うやり取りは、沈黙していた細身の男が口を開いたことによって、ひとまずの終結を迎えることになった。

「さもないと」

『さもないと……?』

 異口同音に、団長と青年がいえば、眼鏡のレンズが輝いた。

「ふふふ。どうなるかは、身に染みてわかっていると想っていましたが、どうやらおふたりの小さくて救いようのない頭の中からは、とっくに消えてなくなっていたようですね。あの夏の日のこと」

 男の語り口は慇懃無礼いんぎんぶれいそのものであり、聞いているだけで背筋せすじがぞくりとするほどのものだった。彼にも、凄みがあったのだ。

 ただものではない――まだまだ素人に過ぎないセツナにそう感じさせるのだ。余程の実力者なのだろう。

 訪れたのは、一時の静寂。

 団長と青年が顔を見合わせ、そして。

『――ぎゃあああああああああああああ!』

 異口同音の悲鳴とともに、ふたりは、いずこかへと走り去っていった。

 それはもう、もの凄まじい速度だった。全身全霊で駆け出したに違いない。ふたりの姿は、あっという間にセツナの視界から消え失せてしまった。

 呆気に取られるしかない。

 しばらくして、セツナは口を開いた。

「……なんなんだ?」

「失礼。まだ名乗っていませんでしたね」

 男が透かさず声をかけてきたのは、状況に取り残されたこちらの様子を不憫ふびんに思ったからかもしれない。とはいえ、さきほどとは打って変わって穏やかな口調で話しかけてくれたので、セツナも安心して彼に目を向けることができた。

 実際、レンズの向こうの黒い瞳は、どことなく優しげだった。

「わたしたちは、傭兵団蒼き風の一員です。どこかに行ったふたりのうち、大きほうが団長のシグルド=フォリアー。ああ見えて凄い方なんですよ。小さいのが突撃隊長のルクス=ヴェイン。あれもそれなりにやるほうです。で、わたしは副団長のジン=クレールです。以後、お見知りおきを」

「あ、はい」

 一度に三名もの名前が出てきたが、今回はどうやら努力せずとも覚えられそうなことに、セツナは軽く安堵あんどを覚えていた。あまりにも衝撃的な出会いは、彼らの印象と名前を脳裏に強く焼き付けてくれるに違いない。

 続いて、セツナは、みずからの名を告げた。

「おれは、セツナ=カミヤ。一応、武装召喚師ぶそうしょうかんしです」

「もぐりだけどね」

 ファリアが、ほとんど間を置かずに補足してくれてたのは、彼女なりの気遣いの表れなのだろう。未登録召喚師もぐりと協会所属の召喚師にどれほどの違いがあるのかについて、セツナは少し前に聞かされている。

 とはいえ、初対面の人間に言う必要があるのかどうか。

 セツナには理解の及ばない何らかの事情があるのかもしれないし、大陸召喚師協会に加入していないセツナが悪いといえばそれまでの話なのだが。

 事実、ジン=クレールは、驚いたような表情をした。

「協会に入っていないんですか?」

「え、まあ、なんというか、その……」

 セツナは、しどろもどろにならざるを得なかった。

 入会を決断しなかったことに、特に深い理由などはなかったのだ。ただなんとなく、まだ結論を下すのには早いような気がしただけである。

 しかし、そんな理由でも、ファリアは微笑して納得してくれたのだ。

 彼女は、セツナがどれだけ長考しても構わないし、どんな判断をしたとしても構わない、といってくれていた。

「まあ、セツナにもいろいろ事情があるんです。わたしとしては協会に入ることを勧めてるんですけどね。本人の意思を尊重そんちょうしたいので」

 そう言い放つファリアの優しさが、寄る辺なき異世界においては極めて大事なものなのだとセツナは想うのだった。

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