武装召喚師~黒き矛の異世界無双~
雷星
プロローグ
空は、
鉛色の雲が
まるで、この
夏の熱気を帯び始めた風は、軽く、すべてを包み込むように流れていく。もっとも、そんなものはなんの慰めにもならないことは、この場にいる誰もが理解していたことだろう。
前方には果てしない大地が、その
無論、城門の役目としては正しい。文句のつけようがない。なにひとつとして間違ってはいないのだ。
彼は、背後に立ち尽くす城門を仰いだ。
確かに、どんな物理的衝撃を受けてもびくともしないのだ。
それは、
(門扉だけは、な)
彼は微かに笑うと、改めて前方に向き直った。
どれほど激しい戦争が起ころうと、戦火に飲まれようと、城壁が破られ、城塞が砕かれようと、
そしてそれは、たった今から証明されるはずだ。
激しくも重厚でありながら、神経を
幾万もの
その速度たるや
(早っ!)
だが、いくら驚いたところで、目の前の現実は
荒野の果てに、黒々とした土煙がもうもうと立ち込めていた。
それは、敵国の軍勢で間違いないのだが、徒歩ではあり得ないくらいの行軍速度だった。騎馬だとしても、あれだけの数の馬をどうやって用意するというのだろう。
「ま、いいさ」
彼は、口に出してつぶやくと、急速にこちらとの距離を詰めつつあるそれらに対し、不敵な笑みを浮かべた。
いつものように。
それが彼を定義する言葉であり、まさに彼そのものだった。
彼は、駆け出した。
前方へ。
敵の軍勢は、その先頭をひた走る兵士の、
ともかく、重装備とは思えないほどの速さで先陣を切るその兵士は、
彼は、頭上に右手を掲げ、告げた。
「
直後、彼の全身が
彼は、何の
間合いは、瞬く間になくなる。
矛の刃が届く距離へ。
「さよならっ!」
彼は、右手だけで矛を振り抜いた。大振りながらも
抜群の手応え。血を
それら敵兵のほとんどは、先陣の兵士とは異なる、角のない緑色の甲冑を纏っている。得物はそれぞれ異なっている様子だったが、彼には関係のない話だった。だれがどんな武器を持っていようが、どうでもいいことだ。
ただ、
地を蹴り、彼は、
そう、これは迎撃ではない。
侵攻なのだ。
長槍を手にした先頭集団を、矛の
ただ一閃。
しかも片手だけで、だ。
それは、彼の
もちろん、彼とてそんなことは理解している。
むしろ、
(十人か)
彼が胸中つぶやいたのは、先の一薙ぎによって死体と化した兵士の数だ。
みずからの目で確認したわけではない。
手応えだけで、そう判断した。間違いはないし、確信もあった。だからどう、ということもない。すぐさま思考を切り替え、つぎに殺すべき相手を探す。
いや、探すまでもないことだ。
敵軍は、
それら幾万の軍勢の中で、たったひとり矛を振り回したところで、なんになるというのか。
彼と矛の尋常ならざる力が、ただの一振りで、十人もの敵兵を殺した。だが、だからどうしたというのか。
相手は数万、こちらはひとり。
焼け石に水ですらない。
(まったく、その通りだ)
彼は、
軽やかな大気の中へ。
眼下には、想像を絶するほどの大軍勢が
が、彼には、敵軍の侵攻を阻む手段も算段もなかった。硬く閉ざされた門扉は、敵軍の侵入を許しはしないだろうが、城壁は、どうか。
無論、城壁とて
突破する手段があるのだ。きっと。
彼は、いまだ中空。敵軍の真っ只中で、空中に飛び上がるなど、冷静に考えれば正気の
普通ならば。
「
彼は、矛を頭上に掲げ、旋回させた。高速回転する矛の切っ先に、淡い光が
降下の最中、彼は、視界の真ん中で、こちらを
彼は、凶悪な笑みを浮かべた。
それがどうした。
叫ぶ。
「ライトブリンガー!」
着地より速く、敵兵が反応する
瞬間、矛の穂先に灯っていた光が、急速に膨張した。
爆発的な勢いで拡散する光は、兵士の肉体を甲冑もろとも爆裂四散させた。目に痛いばかりにあざやかな爆発光の中で、甲冑の破片が彼の右頬を切り裂く。
着地して、彼は、周囲に一定の空間があることに気づいた。彼を中心とする一定の範囲が、緑の津波の中にあって、一種の空白地帯になっていた。その範囲とは、もちろん、矛の届く距離に違いなく、なんとか矛の切っ先が到達するであろう間合いには、だれひとりとして立ち入ってこなくなっていた。
ただし、地面は見えない。
先ほどの爆発に巻き込まれた数十名の兵士の亡骸が、地を塗り潰すように横たわっていたからだ。血の赤と、鎧の緑で。
敵兵たちが、彼の攻撃範囲外に包囲陣を構築したのは、迅速で精確な判断だっただろう。
あの爆発を見て、なんの対策も取らないのは愚の骨頂だ。
もっとも、それで彼を止めることはできない。
一歩、進む。
「っ!」
と、包囲陣もまた、一歩、進んだ。だが、津波のような大攻勢の最中だ。陣形を崩さずに一歩進むだけで、相当な苦労が見て取れた。
だから、彼は、地を蹴ったのだ。
「なっ!?」
前方の敵兵が
彼だって、敵軍の行軍速度には驚いたものだった。
「
彼は、敵兵の眼前で、囁くように告げた。
「デスブリンガー」
突き出した矛が、敵兵の胴体を突き破り、さらに、その後方の兵士の腹に突き刺さったのを手応えとして認識する。そのまま、矛を右へ薙ぎ払い、周囲の敵兵を纏めて吹き飛ばす。悲鳴やら罵声やらが聞こえた気がしたが、彼は、
眼前に生まれたわずかな
彼は、笑った。
敵兵が、我先にと飛び掛ってきたからだ。それは、間違いなく、矛の回転を止めるためだろう。広範囲の兵士を殺傷する力だ。
そんなものの完成を見守る馬鹿がどこにいるというのだろう。
だが、彼の目論見はそんなところにはなかったし、敵の動きが手に取るようにわかっていた。
背後からの兵士の槍による突きを見事な
槍を手にした敵兵が三人、一斉に飛び掛ってきていた。無茶だ。
微笑だけを投げ返す。
彼は、後方に飛び
野獣の唸り声のようなものを上げながら、襲い掛かってくる。
「おおおおおおおおおおおおお!」
猛烈な咆哮とともに両手で握られた大剣が、全力で振り下ろされてきた。物凄まじい破壊力を秘めた一撃は、しかし、彼の肉体を肉塊にするようなことはない。大男に比べれば、子供同然の彼の体躯は、既に上空にあった。
彼は、無意識のうちに回転させていた矛の切っ先に、強大な力が渦巻かせている。
「
彼は、大男を
彼は、矛の旋回を止めると、眼下に向かって投げつけた。
「ストームブリンガー!」
矛は、両手剣を掲げようとした大男の足元に突き刺さった。
瞬間、嵐が生まれた。穂先に蓄積された力が解放されたのだ。嵐の力。暴虐極まりない風の力は、多重螺旋を描きながら拡大し、大地を
そして、周囲の何百という敵兵を巻き込んで、さらに成長していった。
暴走する旋風がもたらすのは、破壊だ。
圧倒的な破壊の力が、周辺に徹底的な
幾多の死が、嵐の中で生まれた。
彼は、嵐の中心に着地すると、もはやすべての力を解き放って抜け殻のようになった矛を、地面から引き抜いた。破壊の嵐は、じきに止むだろう。なにより、矛の周囲が無風状態になっていたことが、その証明だった。
嵐が止み、雨が降り出した。
おびただしい死の雨が。
嵐に飲まれ、天高く運ばれた数百の兵士が、死体となって降ってきたのだ。
まさに死の雨だった。
そして、その死の雨に打たれ、命を落とすものたちもいた。暴風圏外にいた兵士たちである。
彼の力で、どれだけの敵兵が死んだのだろう。五百はくだらないはずだ。だが、それでは、足りない。数万の軍勢を突き崩すには、足りない。このままでは、城壁が打ち破られ、城砦が落とされてしまう。
(それはそれでいいんだが……)
彼は、矛を軽く振り回すと、前方に向かって駆け出した。城砦がひとつ落ちたところで、なにも構いはしないのだ。むしろすっきりしていいのかもしれない。だが、なにかが釈然としなかった。
(要するに、気に食わないのか?)
自問とともに、眼前の敵兵を縦一文字に両断する。死体を押し退け、つぎつぎと敵兵を
「っ!」
彼は、左手を眼前に
「そこまでだよ、セツナ」
聞き知った少年の声が高らかに響き渡ったのは、なんの冗談だったのだろう。
彼は、激痛に顔を歪ませたまま、左手を視界から退けた。前方、緑の津波が真っ二つに割れていた。
それはまるで聖者の通り道のようだった。
幾万の兵士たちは、整然と
彼は、絶望しかけていた。なぜかはわからないが、圧倒的な敗北感が、彼の胸中に到来していたのだ。
神聖な光が、緑の津波の彼方から歩み寄ってきたからだ。
「君の夢は、ここで終わる――」
「
黒髪の、どこか野生的な顔立ちの少年である。世にも珍しい
太っているわけでもなければ、痩せているわけでもないし、低すぎることもなければ、高すぎることもない、極めて、平均的な体型だった。
彼は、天井の
そんなものが、いい夢であるはずがない。
彼は、
ゆっくりと伸びをして、セツナは、壁にかかった時計を
「え!?」
彼は、愕然とした。悲鳴を上げる。
「遅刻じゃねーか!?」
それは、絶望に似ていた。
セツナが悪夢を見るようになって、どれくらいたつのだろう。
少なくとも、クオン失踪以前にあのようなくだらない夢は見たことがなかった。むしろ現実のほうが悪夢のようであり、夢は、楽園のようなものだった。どんな悪夢であれ、当時の現実に比べればマシだったのだ。
セツナにとっては、だ。
他人からしてみれば、どうでもいいことには違いない。そんなことは彼にだってわかっていたし、故に、だれにも言わないのだ。小さな
ともかく、悪夢だ。
初めて見たのは、
悪夢の
セツナが、どこともしれない場所で、大量の敵と戦うというものである。
だが、夢の終わりは、いつだって最悪だった。
守家クオンの妨害によって、目が覚めるのだから。
(クオン……おまえがなんで)
セツナは、自転車を全力でこぎながら、胸中でうめいていた。自問したところで、答えが沸いてくることなどありえないのだが、それでも、疑問を浮かべるしかなかった。何度も、何度も、同じような夢を見ている、
さすがに苦痛になりつつあった。
と。
「え?」
それは、彼が、赤信号に阻まれる格好で停車し、ふと頭上を仰いだときだった。
空は、晴天。
気持ちいいくらいに晴れ渡った
問題は、だ。
「門……?」
そしてそれは、急降下してきたのだ。
「えええっ!?」
さすがの彼も、
だが、驚愕するしかなかった。
巨大な城門が、空から降ってきたのだ。
それは、セツナが驚きの余り硬直しているうちに、彼の前方に降り立ったのだった。周りの建物よりも遥かに大きな城門は、しかし、音もなく、その美々しく飾り立てられた門扉を見せ付けるように着地した。
彼は、想像を絶する事態に思考停止に陥りかけた。頭の中が、一瞬、真っ白になったのだ。だが、すぐに自分を取り戻す。と同時に、彼は、周囲が異様な空気に包まれていることを感覚だけで理解した。
当然だった。
門が降ってきたのだ。
(つまり、俺はどうかしているんだな)
自嘲とともに、認める。
どうかしているから、あの夢を悪夢と結論付けるのだろう。
セツナは、周りを見回して、ふたたび驚愕した。
「なっ!?」
彼の周囲に誰もいなかったからだ。
ひとっこひとり、見当たらなくなっていた。さっきまで、だれかしら存在していたというのにだ。街を行き各人たちがいたはずだったし、彼に白い視線を送った人物がいたはずだ。
見慣れた通学路の風景に、突如として生まれた違和感――その原因は、空から降ってきた城門に違いなかった。
彼は、改めて城門を仰いだ。夢で見た、あの城砦を難攻不落たらしめたはずの城門そのものであり、寸分の違いも見つけられなかった。記憶に
セツナは、自転車をその場に留め置くと、門へと歩み寄った。
それは、交差点の横断歩道――車道のど真ん中に聳え立っている。
まるで最初からそこにあったかのように堂々とした佇まいだった。
(こりゃあ、夢だな)
夢から覚めたと思ったらまだ夢を見ていた、という話はよくあることだ。
セツナは、そう決め付けると、
セツナは、目を細めた。
これは、夢ではないのかもしれない。
漠然と、考えを改める。
だが、夢であろうがなかろうが、やることは決まっているのだ。
セツナは、門扉を押した。門扉は、その重厚な見た目とは裏腹に、極めて軽く、セツナがほとんど力を込めずとも、開いた。
「――!?」
そして、その瞬間、莫大な光が洪水となって押し寄せ、セツナの網膜を真っ白に塗り潰すと、意識を染め上げ、感覚を遮断していった。
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