第66話 カイ様って、もしかして私と結婚が決まってる人じゃない?

 みんな無事に地上に降りることができる……そう思っていた時期が俺にも——としみじみ回想するわけにはいかないので、わりと手綱を握る手は必死。


 そもそも前世では車の免許も持ってなかった俺。馬の扱いは貴族になってからやたらと練習したものだが、ドラゴンはちょっとなあ。


 しかしそこは生まれた頃から世話してるだけあって、ドラスケは少しの引きでこっちがやりたい意図を察してくれる。


 なんとか体勢を戻しつつ、滑空飛行みたいな感じで降りていく。しかし町中ぎりぎりなので、けっこうスリル満点。


「すごーい! 町中を疾走してる感じっ!」

「あ、あああ」


 背後でバニー姫が感動してて、アサシン女がビビってる。とりあえずぐるーっと回る感じにしつつ、さっきのビーチへと向かう感じ。


「よし! いいぞアレク! これで大丈夫だ」

「きゃあああ! お、落ちますわーーー」

「ルイーズ様ーー」


 スカーちゃんも興奮してるっぽい。多分落下しそうになってるルイーズをシェイドが助けてるんだろうな。すまんが振り向く余裕ないわ。


 そしてジェットコースター的な飛行はどうにかブレーキをかけつつも、海辺で終着することに成功した。


 ◇


「なんとかなったで」


 なんだかんだでソフィアビーチに戻ってきた俺たち。ビッショビショになったけど怪我はなかったっぽい。みんな水着のままのほうが良かったんじゃね?


 どうやら魔物達との戦いも終わっていたらしく、後処理をしていた兵士達が一斉にこちらにやってきたが、エチカとフィリス、ルイーズがいたので犯罪認定にはなっていない模様。


「やっぱりアレクは凄いわ! 再会してからずっと大活躍じゃない」

「こんな活躍したくねーよ」


 だがすぐに解放とはならない。特にお姫さまを外で自由に活動させるわけには行かない兵士達は、恐縮しつつも城に誘導させようと必死である。


 ちなみにビーチにはもう一般人はいないし、ギレンさんファミリーも人生崖っぷち亭メンバーもいない。兵士達だらけのいかつい浜辺になっちゃった。


 で、俺たちはさすがにドラゴンで飛んできた連中ということもあり、事情を聞かなくてはならないと思ったのだろう。結局みんなで城に戻ることに。行ったり来たり大変すぎ!


 それと、浜辺に上がりながらエチカはこれまでのことをスカーレットやルイーズ、シェイドに話していた。三人もまた経緯を説明しつつ、これは崖っぷち亭のメンツには黙っていたほうがいいんじゃね? 的な相談もしてる。


「ギレン殿には内密に伝えておくとして、今の話をあの連中に伝えたら混乱を招くであろうな」


 魔王娘はこういう時、政治的なことを考えずにはいられない。ってかあいつらに話したら秒で拡散されまくりだろうな。SNSの拡散よりスピード感ある。


「だなー。ところでさ、あの大貴族とやらはどうなったん?」


 ずっと聞きたかったんだよこれ。あの偽者半魚人野郎は死んじゃった系?


「あの方は大貴族などではありませんでしたわ。真っ赤な偽者ですっ! ただ、どういうわけかわたくしの知っている子がおりましたの。マガローナちゃんっていう子ですけど」

「へえー」


 なんとか相槌打ったけど、もう心の中ざわつきまくり。むしろ俺のほうがずっと知ってる奴っていうか、元部下なんだよなぁ。


 つまりあいつが俺のペンダントを奴に渡したってことか。生意気だったし、何度も分からせたつもりだったが、学ばねえなーまったく。


 ところが話を聞いている最中、うちのバニー姫がサラッと、


「あら? カイ様って、もしかして私と結婚が決まってる人じゃない?」


 などと衝撃の一言を放ちやがったのだ。


「「はあ!?」」


 と同じ反応になるホラーケモ耳とこわこわ聖女ちゃん。なんてこったあの野郎!


「カイさまの名を騙っただけではなく、婚約などと! 既に相手はわたくしと決まってますのに」

「お前と決まってなどいない! だが許せぬ。奴め、これは処さねばなるまい」

「ワシの目には初めから、成敗しようとしてるようにしか映りませんでしたが……」


 シェイドの奴、どうやら悍ましい光景を目にしていたらしい。ドワーフニキのトラウマ体験に同情しつつ、俺は目の前が真っ暗になった気がした。


 だが、こんな時でも癒しになる存在はいるもんである。


「グオーン、グオーン、ゴロゴロ」

「ドラスケー、ちょっと落ち着こうなーぶえ!?」


 しかしドラスケってば元気すぎ。海にテンション爆上がりなのか、しょっちゅう波飛沫を俺にぶっかけてくる。勘弁してくれよまったく。


 ただ、兵士連中の話を聞いていて知ったのだが、ブルードラゴンとオーク達は随分遠くに吹っ飛ばされていったらしい。


 ここの騎士達や冒険者は相当手練れがいるようだから、ひとまずは任せておくとしようか。だいぶ厳しいだろうけど、最優先でやるべきことがある。


 あの偽者野郎が先だ。指名手配になったようだが、恐らく向かう先は一つだろう。


 暗黒竜の血。この追い詰められた状況を打破するためには、もうアレに頼るしか手はないはずだ。


 兵士の話によれば、隠れ家があったらしいがバレて、部下もほぼ駆逐されたとのこと。つまり自らが足を運ぶ以外にはなさそう。


 やっぱ最後は自分でカタをつけるとするか。


「じゃあお前らはこのまま城にいく感じだな。まあ適当に喋っておいてくれよ。俺はまだ用事があるんで、抜けるわ」

「え? あ、アレクー!」


 真っ先に反応したエチカを横目に、さっと走り出す。シーフローブを着ているので、意外と抜け出せば撒けるだろう。


 そういえばエチカはこれからどうするんだろーか。結局のところ超強引ではあったが、本来いるべき場所に帰らされたという話だし。


 とにかく婚約は解消してもらわねーとな。こんなん許してたら勝手に重婚罪になっちまう。そもそも誰とも婚約してないって!


 ◇


 みんなが後ろから呼ぶ声がしたものの、構っていたらあいつを逃しちゃうかもなので、もう走る走る。


 あっという間にお一人様状態になったところで、見覚えのある森を進んだ。この先にあの遺跡があり、奴は恐らくそこを狙うしかない。


 しかし嫌な予感がしてる。どうにも巨大な魔力反応があるんだけど。さらに今この森からは半端じゃない数の魔力があり、前回来た時とは大違いな状況にある。


 いやーとことんハズレを引いちゃうね。なんて思いつつ、森をひたすら歩き、もうすぐ遺跡が見えてくるというところだった。


 まず一つの巨大な魔力が、茂みからガバッと姿を現しやがったのだ。


「兄者! やっぱ兄者だったのかよ。ここの連中はなかなかやるぜ」


 やっぱりか。オーク三兄弟の真ん中、たしか名前はガリバルディだったっけ。マジでっけえなぁと思いつつ、俺は一瞬だけ視線を背後へ。


 奴の口調からすると、長男であるアルフレッドが背後にいたことになる。俺が気づけないほど巧妙に魔力と気配を隠すとは、流石——、


「……?」


 ——誰もいない? マジでいないな。


「兄者! とにかくこっちだ。ウルドともはぐれちまったんだ。この先には半端ねえ数の人間共がいる。いつもなら楽勝だが油断しちゃいけねえ。まずは作戦会議しようぜ」


 ……こ、こいつ。まさか俺を兄と見間違えてんのか。人間に間違われるならともかく、オークからも同族と認識されんのかよこの顔は!


「……」


 もういいや、無視して進もっと。


「お、おい兄者! そっちはやべえんだって! 兄者!」


 げ、こいつ慌てた様子でついて来やがった。


「待ってくれよ兄……うわ!? どうしたんだよ、めちゃくちゃチビになってる! しかもなんかデブだし。何があったんだよ!?」


 うぜー! 悪かったらチビデブで。早くオーク違い……いや人違い? に気づけっての。


「……」

「兄者! なんで無視するんだよ。そっちは危ないって!」


 こいつ全然気づく様子がないんだが。しかももう、隣を歩いてるんですけど。


「兄者ぁ! 無視は酷えよ! 俺が何したんだよぉ」

「……俺、人間だから」


 ゴリマッチョオークが半泣きになりそうだったので、ぼそっと真実を伝えておく。言われなくても気づけよって話だが。


「兄者? ……ま、まさか。俺たちのことまで分からなくなったのか! しかも自分を人間って……最近ヤバいと思ってたけど、とうとうイカれ具合が進行しちまった!」


 だ、ダメだこいつ。横で喚いてるけど、もう無視して遺跡に進むことにした。さすがに遺跡まで来たらついてこないだろうし。


 しかし妙だな。遺跡にけっこう近づいてるのに、警備してるはずの兵士達の気配がしないし、魔力も感じない。


 また嫌な予感がしてきた。もう散々だわ!

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