第6話:神薙に関する機密情報
「こんな老いぼれでもお役に立てるのでしたら、何でもやらせて頂きます」
シンドリは鞄からインク瓶とペンを取り出すと、オーディンスが差し出した契約書に日付と署名を書いた。
彼の署名を確認したオーディンスは、安堵したかのような深い吐息をつき、「恩に着る。これで詳しい話ができる」と言った。
「シンドリ殿、我が神薙が手首に怪我を負った。物を持つことも困難な状況だ。痛みを我慢し過ぎて真っ青な顔をしている。とても見ていられない」
「そんなに……。いやしかし、ブロックル先生の治癒魔法は?」
「そこが機密情報に該当する。当代の神薙には治癒魔法がまるで効かないのだ」
シンドリは思わずブロックルを見た。
「信じられない」と、口から自然と言葉が漏れ出す。
彼はブロックルから魔法についてかなり詳しく教示を受けていた。
天人族には魔力があり、魔法属性と呼ばれる先天的かつ遺伝的な要素を持っている。
炎の属性を持つ人が最も多く、聖の属性を持つ人は少ないと教わった。
魔力には量の大小があり、属性には強弱がある。
ある魔法を、同量の魔力量を費やしてかけた場合、属性の弱い者の魔法は効果が低く、強い者の魔法は大きな効果が出る。
属性とは、裏返せば耐性でもあるとブロックルは言った。
炎の属性が強い人物は、炎の属性を持つ魔法への耐性が強く、戦場でタフな戦士になれるのだ。
ブロックルが名治癒師だと言われて大人気になったのも、そして彼が王宮医になれたのも、彼が持って生まれた魔力量の多さと属性の強さに起因している。
ブロックルの聖属性は王族が持つそれよりも強く、かつ魔力量は一般的な天人族のそれよりも多い。だから彼の治癒は効果が高く、一日に治療できる人数が多かった。彼は人を癒すために生まれてきたような人物なのだ。
そんなブロックルお得意の治癒魔法が効かないということは、新しい神薙には強い耐性、すなわち強い聖属性が備わっているということになる。
王家の人達を上回る聖属性を持つブロックルのさらに上をいく神薙が、このオルランディア王国で暮らしている……。
「これが世に知れたら、各国がこぞって神薙様を攫いに来るのでは?」
「さすがブロックル殿が指名する薬師だ。魔法学まで学んでおられるか」
「いいえ、ブロックル先生から教わっただけの知識です。ともかく急いで薬を調合いたしましょう」
「そうしてもらえると助かる」
シンドリはブロックルから診断書と処方箋を受け取り、軽く相談をした。より高い効果を出すために幾つかの薬草を書き加え、持参した材料ですべてが準備できることを確認した。
そして、神薙の屋敷の大きな会議室を借りて薬を調合し、説明書きと一緒に執事長に渡した。
仕事を終えると、再び応接室に案内された。
今度は先程とは違う香りのお茶とお菓子が出てきた。口の中でほろほろとして、バターの香ばしい風味が鼻に抜ける、素晴らしいクッキーだった。
「今後、神薙が病気や怪我をするたびにシンドリ殿を頼ることになる。宮殿の者が王宮医の処方箋を持って店へ行くことを想定しているが、何かしらの偽名を決めておこう。もし、店を任せられる者がいるのであれば今日のように迎えを出しても良い」
守秘義務契約を結んだので、他の人間がいない場所でなら大体の症状を伝えることや処方箋を見せることができると、オーディンスは言った。
なるほど。
シンドリは白く長いひげを撫でた。
「何か要望があれば聞こう」
「恐れながら、私ももうトシです。いつまでこうして元気に薬師をやっていられるか分かりません。長い年月をかけて弟子を育ててきました。私がポックリ逝った後のことも考えて、弟子にも神薙様のことを伝え、ここでの仕事を経験させておいたほうが良いのではないかと思います」
オーディンスは「なるほど」というと、ブロックルに弟子とも面識があるかを訊ね、師匠と共にこの宮殿に出入りすることに対しての見解を求めた。
ブロックルは何度か三人で一緒に食事をしたことを話し、シンドリの意見に賛成していることを伝えた。
すると、オーディンスはシンドリに弟子の実家や家族構成などを聞いた。
シンドリが説明をし始めると、オーディンスは彼の話を聞きながら目を見張るような速さで手帳にメモを書いていた。
ふんぞり返るどころか、誠実な男だった。
かつて店に来た若かりし頃のクランツ領主も同様に、礼儀正しく気持ちの良い若者だった。上流貴族というのはこういうものなのかも知れないと彼は思った。
「こちらでいくつか確認すべきことがあるので、ペドロ殿の立ち入り可否については追ってご連絡を差し上げる」
「かしこまりました。よろしくご検討ください」
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