絆の架け橋〜障がい者差別を無くすために〜
神鳴雷兎
第1話『あたしが発達障害を受け入れた日』
高校の就職に失敗したあたしは実家の自室に引きこもっていた。
「なんであたしはダメダメなんだろう……」
盛大なため息を吐きながら顔を枕に沈めていると、母さんの呼びかけが聞こえて来た。
「杏里! ご飯よ〜!」
「はーい!」
自室から出て、リビングに繋がる扉を開けるとそこには母さんの姿があった。
「あれ? 真央は?」
「真央なら今日、友達の家に泊まるんだって」
5歳年下の妹・真央の姿がなかった事に気になり、問いかけるとお母さんは炊きたてご飯をあたしに手渡しながらそう答えた。
「ふーん……そうなんだ」
「そういえば、杏里。アンタ、いつまで引きこもってるのよ? いい加減立ち直りなさい」
興味なさげに呟くあたしに、お母さんは真剣な表情でそう問いかけた。
「………………」
無言でうつむくあたしにため息を吐いたお母さんは、とあるチラシを取り出す。
「杏里。ダメ元でもいいから“ここ”に行ってみない?」
「心身障害者リハビリテーションセンター?」
チラシに書かれている建物の名前を読むと、お母さんがコクリと頷く。
「ここは杏里が持つ発達障害について調べてくれるところよ」
「発達障害って父さん達が言ってたヤツだよね?」
お母さんの簡単な説明を聞いたあたしの脳裏に父さんや真央に差別用語満載の暴言を吐かれた事を思い出す。
「そうよ。杏里、一度だけ行ってみない?」
「……行っても無駄だよ。どうせ、あたしはダメな人間なんだから……」
お母さんの言葉にうつむきながらあたしはそう答えた。そういえば、父さんや真央に言われた暴言の中にも似たような言葉があった事を思い出し、さらに落ち込む。
「杏里はダメ人間なんかじゃないわ!! わたしの、わたしの大切な娘なの!! お願いだからそんな事言わないで……」
「っ……!」
お母さんの言葉で我に返ったあたしがパッと顔を上げると、そこには涙を流しながら懇願する母の姿があった。
「お母さん、ごめんなさい。あたし、頑張ってみる!」
そう言ってあたしはお母さんの涙をテッシュで拭いながらそう宣言した。
◆◆◆◆
翌日の朝、あたしとお母さんは電車を乗り継ぎながら、目的地である心身障害者リハビリテーションセンターへ到着した。
「ここが目的地なの? お母さん?」
「えぇ、そうよ。杏里、ちょっと待っててね」
キョロキョロと辺りを見渡すあたしをよそに、お母さんは受付の人に話しかけている。
「おはようございます。初めまして、予約している神代です。娘の発達障害を検査したいんですが……」
「おはようございます!神代様ですね。少々お待ち下さい」
そんなやり取りの後、あたし達はとある部屋に案内された。ノックして扉を開くと、中には優しそうな男の人が立っていた。
「初めまして、担当医の矢島といいます。君が神代杏里さんですか?」
「あ、はい。あたしがそうです」
にっこりと微笑みながらそう問いかける矢島先生にあたしは慌ててそう頷いた。
そして、あたしの成り立ちや過去などの全ての聞き取り調査が終わった後、あたし達は別の部屋に案内された。
「ここは杏里さんのIQテストをする部屋だよ。まずは、この問題は解けるかな?」
「えーと……やってみます!」
あたしはその部屋で様々な問題を解いていたが、パズル問題に苦戦していた。
「む……難しい……」
「杏里さんはパズルとかは苦手みたいだね」
苦笑いを浮かべる矢島先生に、あたしはガクリと肩を落とす。
それから、苦戦しながらも全ての検査を終えたあたしは部屋の外で待機していたお母さんと合流し、最寄り駅へ向かって歩き出した。
「IQテスト、どうだった?」
「うーん……多分、半分くらいは書けたかな?」
お母さんの問いかけにあたしは苦笑いを浮かべながらそう答えた。
1時間かけて自宅へ到着したあたし達を出迎えたのは、仁王立ちする5歳年下の妹……真央の姿だった。
「真央? どう『お母さん、どこ行ってたの?!』
あたしの言葉を遮るように真央はお母さんに詰め寄った。
「杏里の発達障害の検査に行っていたのよ」
「検査ぁ〜? こんな引きこもりにそんなの必要ないでしょ!」
お母さんがそう答えると、真央はキッとこちらを心底嫌そうに睨みつける。
「真央!! やめなさい!!」
「ふん! それよりもお母さん! お腹すいたから早く晩ごはんを作って!」
あたしに向かって暴言を吐きながら、真央はお母さんに甘えるように抱きつく。
ため息を吐いたお母さんが台所に向かうとその場にはあたしと真央だけになった。
「真央、どうしてそんな事を……」
「は? 気持ち悪いから名前呼ばないでくれる? アンタみたいな障害者、姉だと思ってないから! 引きこもりはとっとと出ていけば?」
リビングの扉を閉めた真央に問いかけると、差別用語満載の暴言が返ってきた。
「………………」
「何も言い返せないなんてウケるww」
無言で黙っていると、そんなあたしを真央はあざ笑った後、自室へ戻っていった。
◆◆◆◆
数ヶ月後、あたしとお母さんは検査の結果を聞きに来た心身障害者リハビリテーションセンターの待合室でガチガチに緊張していた。
「な、なんか緊張して来た……」
「お、お母さんも緊張して来たわ……」
2人でそう話していると、矢島先生に呼ばれ、部屋の中に入る。
「さっそくですが、杏里さんの障害が正式認定されました。区分は1番軽いB2ですね。療育手帳が発行されたら、お母様の携帯にご連絡します」
「分かりました」
お母さんと矢島先生が話している間、あたしは不思議な感情に戸惑っていた。
何故なら、今まであたしにとって“発達障害”は嫌悪の対象だった。だけど今回、正式認定された事で忌み嫌っていた“発達障害”をすんなり受け入れる事が出来るようになっていた。
「矢島先生、ありがとうございます!」
「いきなりどうしたんだい? 杏里さん」
「どうしたの? 杏里?」
その事に気付いたあたしはガタッと立ち上がり、矢島先生に深く頭を下げた。
突然、深く頭を下げたあたしを見て母さんと矢島先生は驚いたようにそう問いかける。
「以前のあたしは生まれながら持っている“発達障害”の事が嫌いでした」
「だって、もしあたしに障害がなかったら……お父さんや真央に暴言を言われることないし、就職だって出来たかもしれない」
「だけど、正式認定されて気付いたんです! “発達障害”もあたしの個性の1つなんだって!」
「だから、気づかしてくれてありがとうございます」
はっきりとそう答えたあたしはもう一度、矢島先生へ深く頭を下げる。そして……
「お母さんも心配かけてごめんなさい! もうあたし、大丈夫だから!!」
「杏里が元気になってくれて良かったわ……!!」
涙を浮かべながら満面の笑顔で宣言したあたしをお母さんはギュッと抱きしめた。
あたし達が泣き止むまで待ってくれた矢島先生は真剣な表情でこう告げた。
「これはお母様からご相談されたのですが、お父様と妹さんが杏里さんに差別用語満載の暴言で攻撃する事は間違いないですか?」
「はい、間違いないです。あの人達は発達障害者であるあたしを見下しています」
矢島先生からの質問にあたしは頷きながら答えた。
「なるほど。杏里さんはお父様と妹さんの事をどう思っていますか?」
「うーん……以前のあたしだったら一応家族だと思っていたけど、色々と吹っ切った今は心底、どうでもいいです」
「だから、お母さんもあの人達を切り捨てていいと思う。あ、万が一離婚したら、あたしは絶対にお母さんと一緒におばあちゃんの家へ帰るからね」
満面の笑顔を浮かべてそう言い放つあたしをお母さんは驚いたように顔を向けた。
「お母さん、離婚してもいいの?」
「いいに決まってるでしょ。お母さんの人生はお母さんのモノなんだし」
ぐーっと伸びをしながら答えるあたしの言葉に矢島先生も頷く。
「離婚も視野に入れて行動してもいいと思いますよ」
「分かりました。ありがとうございます、先生」
話し終えたあたしとお母さんは矢島先生に深く一礼してから帰路についた。
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