忘却の旅

経験値雑魚丸

プロローグ

「こりゃゆくゆくは孤独死確定コースだな、ハハ」


年季が入ったアパートにかれこれ10年は住んでいる部屋で、乾いた笑いを漏らしている一人の男がいた。


目元近くまで伸びたぼさぼさ髪と無精ひげを生やしており、清潔感という点で言えばそこら辺のホームレスより少しマシに見える程度だろう。深夜にコンビニへ買い出しに行く途中で警察の職務質問に捕まったことが何度もあるくらいだ。


それに加えて、運動不足が祟りたるみきった腹とテーブルに散乱したビールの空き缶やごみ袋の山が男の荒んだ生活を物語っていた。


男はこれまで職を転々としてきた。

高校卒業後に就職したはいいが、人見知りの性格が祟り、人間関係が上手くいかず1年も経たずに転職。その後は、スーパー店員、セールスマン、建設作業員と職を変えていった結果、行きついた先が現在3年勤めている自動車工場の製造担当(夜勤)である。


製造担当と言えば聞こえが良いかもしれないが、実際やることはベルトコンベアから流れてくる部品を目視で確認するだけの作業である。担当場所が一人作業のおかげで他人を意識する必要がほぼない。なので人間関係を構築する必要がないという点だけで見れば男の性格にあった職場であった。


ただこの仕事キツい。作業自体は簡単なので、退屈すぎて時間の進みが遅い。まるで某漫画の精神と時の部屋にいるかのようだ。そんな夜6時から朝6時までの昼夜逆転の仕事を3年間ずっとやってたらどうなるか?結果、自律神経がおかしくなったのだと思う、中々寝付けない体質になってしまった。


「寝付けないし、久しぶりに風呂にでも入って気分を落ち着かせるか…」

男は風呂に入る事すらも億劫おっくうになってたのだが、5日間下着も着替えず、風呂にも入っていないのはさすがに不味いと思い脱衣所へと向かった。


脱衣の途中、脱いだ下着を手に取って匂いをクンクンと嗅いでみると、小さい頃に亡くなった祖母の顔が一瞬脳裏をよぎったが、すぐ我に返って手に持っていたその劇物を洗濯機に叩き込んで浴室へ足を運んだ。


ぼさぼさの頭とたるんだ体をタオルで洗った後、そのタオルの水気を絞って頭に乗せ、久しぶりの湯舟に浸かる。湯船に手でお湯をすくい、顔をこする。そしてアァァ…と呟き浴室上部をただぼんやりと見つめる。一連のおっさんムーブを無意識に行う自分は銭湯のおっさん日本選手権というものがあれば出場できるかもなと考えた。


そんな馬鹿なことばかり考えていたが、久しぶりの風呂を堪能するために目をつぶって入浴に専念することにした。せめてこのひと時だけは仕事の事を考えないように。


明日のことは考えず。


何も考えず。






















男は浴槽内で安らかな眠りについた。

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