35 スパイだー!
冒険者ギルドへ戻ると、いつもの夕刻のような騒がしい雰囲気ではなかった。
僕たちが入ってきたのを見て、チラチラとした視線を感じる。この状況にまた厄介事の匂いを感じた。
少し強張った表情のローラさんの横を抜け、いつもの様に解体所に素材を預ける。
そして戻ると、見た目が兵士の男たちに囲まれた。
「イテイオ・ダグラセイド殿ですね」
心臓が飛び出るかと思った。
「そうだった、時期もあります…」
かろうじて出した言葉に、ローラさんが驚いていた。
「貴殿には、王国の間者の容疑がかかっています」
身に覚えのないその言葉に返す言葉が無かったが、周りにいた冒険者が途端に騒がしくなる。
「何を言ってるんですか!」
カタリナが僕の前に立ち抗議の声をあげる。
「貴女はカタリナ殿ですね。そちらはクローリー殿。貴女たちにも同様に容疑がかけられています!」
じろりとこちらを睨みながら凄む兵士。もちろん負けるつもりは無いけど…
「幸い、未遂ということで、今すぐ帝国を出て王国へお戻り頂けるなら不問にするとの配慮が成されています。抵抗するなら、私たちも剣を抜かねばなりません」
そういう事かと納得してしまう自分がいた。
きっとロウデスの母であるセリーヌさんあたりが、僕が戻ってこない方が良いから暗殺しようと例の騒動を起こしたのだろう。
そして今度は父が…ロウデスに何かあったのか?
「おい!なんとか言ったらどうだ!」
「そんなひどいことがありますか!」
凄む兵士であったが、今度はローラさんが割り込んで抗議してくれた。
「お前はギルドの受付だろ!口出しすることじゃない!切り捨てられたいのか!」
「きゃっ!」
その男に突き飛ばされ声をあげたローラさんは、カタリナにしっかりキャッチされていた。
僕は頭が沸騰する感覚になり、気付いた時には『業火』を抜き、左手でその兵士の頭をつかみその首元に刃をそえていた。
「ぐっこんなことして…許されると思っているのか…」
「望み通り出ていくよ。だが、
自分でもすらすらと出てくる言葉に、アニメって人生のバイブルだね。と変なフレーズが頭に浮かぶ。
「イテイオくん!」
心配そうにしているローラさん。
「大丈夫ですか?」
『業火』を鞘に収めローラさんの前まで移動する。
「うん。大丈夫。カタリナさんに支えてもらったから。でもイテイオくんこそ大丈夫?あっ、イテイオ様って言わなきゃならないかな?」
「えっと、今まで通りイテイオで良いですよ。僕は戻るつもりはないです。それに一人じゃないから平気です。ローラさんも、僕の為にここまで来てくれて…嬉しかったです」
少し涙ぐみながらこちらを見つめるローラさん。
きっと『さすが私のイテイオ様!助けられた私はこの恩をどう返したら良いの?そうだ!こんな私を貰ってもらおう!私でいいかな?いいよね?イテイオ様ー!』なんて事を思っているんだろう。
だが残念ながら時間は無いようだ。
「じゃあ、またどこかで」
睨む兵士を押しのけて入り口まで向かう。
「今度こそ、絶対に会いに行くから!だからそれまで元気で…」
ローラさんの涙声に思わず泣いてしまいそうになる。
「ねえ。良い雰囲気で盛り上がってるけど、私たちも一緒に行くのよ?」
「行くのです!」
「も、もちろん分かってるよ?」
どうしよう。一瞬忘れて一人寂しくギルドを出てエンディングと脳内で想像してしまっていた。
そしてギルドを出ると、すでに用意されたいたように馬車が1台、何頭かの馬と共に待っていた。
「こっちだ」
後ろから追いかけてきた男が偉そうに僕たちを馬車へ誘導する。
僕たちが乗り込むと、無言でドアが閉まり出発した。
窓から確認すると兵士が4人、馬にのって並走するようだ。
護衛という名の監視なのだろう。
「2人ともごめんね…」
馬車の中で2人に謝っておく。
「今更何を言ってるの?別にどこだろうと、一緒にいたらまた冒険できるでしょ?」
「できるです!」
「それとも、王国に行ったら貴族に戻って私たちとはさよならするつもり?」
「捨てるです?」
2人のその言葉に戸惑い返答することができなかったが、2人がジト目で見てくるので一度深呼吸する。
「もちろん貴族になんて戻らないよ!僕は、ずっと2人と冒険がしたいんだ!」
今の自分の気持ちを2人にぶつける。
「ずっと?」
「一緒でーす!」
カタリナは顔を赤くしている。いや、そう言う意味じゃないこともないけど…クローリーは喜んでバンザイしている。まあそれもまたクローリーらしくて可愛いけど…って何を考えてるんだ僕は…
その後は少しリラックスでき、王国から次はどこに向うか話し合った。
カタリナは、王国の国境沿いに北上すると、魔道大国があって、冒険者が国を守っている共和国があると教えてくれた。確かに僕もそんな話を学んだこともある。それを学んだのは記憶を取り戻す前の僕だけど。
クローリーはそもそもどんな国があるのかさっぱりな状態だ。
僕は国境沿いを南下すると温暖な獣人種の多い国があるよと提案する。
「もふもふはいいよね。触れるかな?」
「触れるんじゃない?」
「もふるです!」
クローリーが手をしゃかしゃかとエアもふをしていたので、それを見て笑い合っていた。
そんなこんなで馬車が止まった。
「降りろ」
兵士の男に命令され、馬車を降りる。
懐かしの国境の関所が目の前にあった。
そして犬を追い払うように手で関所の門に追いやられ、門番も理解しているのか特に通行料なども求められずに門を抜ける。
そして目の前には、公爵家の紋が刻まれた豪華な馬車が止まっているのが見え、その中には懐かしい父だった男の顔が見えた。
やはりこの男の仕業だったのか。
そう思うと2人にも迷惑をかけたという思いもあり怒りが湧いてくる。
だが、左手を柔らかなカタリナの手が包んでくれた。
右手には小さな可愛い手が、僕の手をぎゅっと掴んでくれる。
大丈夫。もう僕は一人じゃない。
「2人とも、ありがとう」
2人の笑顔に心が温かくなるのを感じ、目の前の馬車のドアが開くのを眺めていた。
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