魚乏

「どうして魚がないんだ?」

ザハルは店主に訊ねた。

「おまえさん達、旅のお方かい? なんにもしらないで来たんだね。この港町マーリじゃもう三週間も漁が行われていないんだよ」

「漁が? 湖から魚がいなくなったのかい?」

「いいや、魚はたんまりといる。だけど、漁師たちが漁に出られないのさ。交易もとまって、みんな干物で飢えをしのいでいる状況だよ。わたしは独り者だからね、蓄えておいた魚をこうやって食わせてやれるけど、それもいつまで保つかわからないねえ」

店主は物憂げな顔でそう言った。

「どうして漁に出られないんだ?」

「霧だよ」

「霧ですか?」

タツヤも思わず聞き返した。

「ああ、船が出ると、たちまち霧がでる。そして、霧につつまれた船は戻ってこないさ。もう十隻は消えちまったね。漁師も船乗りもおそれて船を出せないのさ」

「どういうわけだか……。とりあえず腹が減っている。あるものをくれないか?」

ザハルはため息をついた。

「はいよ」


*****

干物を食い終えて二人は店を出た。

「タツヤ、無駄足になって悪かった。王都へ行くか?」

「そうですね……。しかし……」

「気になるか?」

「はい」

「そうしたら、港へ行ってみよう」


二人は湖畔を歩き、近くの市場へ立ち寄った。しかし、そこにも人影はない。

「魔道具どころじゃないな。このままだと街ごと廃れちまうぞ」

ザハルは閑散とした街の様子を見ながら言った。


やがて港へとつく。

船は杭にしっかりとむすばれ、マストは折りたたまれている。

タツヤは湖の桟橋に一人の老人の姿をみつけた。

バンダナを巻いており、白髪がのぞいている。しかし、その体躯は鍛えられており、頑丈そうな印象をタツヤに与えた。

老人は水面にむかって、釣り糸を垂らしている。

タツヤは声をかけた。

「釣れますか?」

老人はぼんやりと湖の水平線をながめながら、魚籠びくをあげた。

「まずまずだ」

魚籠の中には小魚が5匹ほど入っている。

やはり魚がいないわけではないらしい。

「こんなものでも夕飯の足しにはなる」

老人はぽつりとつぶやいて、竿を振った。

老人のそばには釣り道具が置いてある。予備の竿も何本かあるようだ。

「それがしに竿を貸していただけませんか」

「好きなのをつかえ」

「はい」


タツヤは竿を選び、老人の横に腰掛けた。

針先に餌の虫をつけ、糸を湖水に垂らす。

「ザハル殿もどうですか?」

「俺はどうにもその虫がダメなんだ。ここでみているよ」

そういって、彼は桟橋に横たわり、居眠りをはじめた。


しばらくしずかな時が続いた。

老人はちらっとタツヤの顔をみると、口をひらいた。

「珍しいな。黒い髪に黒い瞳。少し前におまえと同じ見てくれの娘が湖に出て行ったぞ」

黒い髪に、黒い瞳。王国領ではごく珍しい人種だ。

おそらくはシキオリの血をもつ同族である。ゲンゾウやヤマウラのように年配者のなかには、国が滅ぶ際に活路を求め、旅に出た者もいる。だが、若い女性が旅に出たなど故郷では聞いたことがなかった。

「その娘は戻ってきましたか?」

「いや、ほかの船と同じで帰ってはこなかった」

「湖で何が起きているのですか?」

「……一隻だけ帰ってきた船がある。港のはずれにある大きな商館にいけ。そこに船に乗っていた商人がいる」

「ありがとうございます。訪ねてみます」

タツヤは竿をあげて、釣り道具をしまった。

「商館は閉じているだろう。この浮子ウキをみせるといい」

老人は釣り道具のなかから、小さな浮子をタツヤに手渡した。

「感謝します」


タツヤはザハルを起こすと、商館へと向かった。


*****

港のはずれに商館はあった。

それが商館だということはすぐにわかった。

周囲の漁師小屋と比べて、あまりに豪華な建物だったからである。

館の一階は、物を売る商店になっているようだが、今は閉まっていて灯りがなかった。

タツヤたちは裏口へまわって、ベルを鳴らした。

しかし、誰も出てこない。

あきらめずにザハルが何度も鳴らすと、なかから一人の使用人らしき人物がでてきた。

「はぁ……一体何のようです」

「霧から脱出したという商人に会いたいのです」

「霧から……ああ。で、あなた方は? どこのだれです?」

「それがしはタツヤと申します。旅の者です」

「この状況で旅の者? 怪しい者を通すわけにはいきません。お帰りください」

使用人が戸を閉めようとする。タツヤはとっさにふところから浮子をだした。

「これをみてください」

「なんですか、まったく……。ん? この模様はカジキ号の……ちょっと待っていてください」

使用人は館の中へと引っ込んでいった。何かを確認しに行ったようであった。


(つづく)

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