湖と幽霊船
魚が食べたい
「魚って食ったことあるか?」
タツヤの答えは「はい」である。
旅路で腹が減ったとき、近くに川があればそこで魚を捕って、食糧としていた。
しかし、ザハルが住んでいた環境、つまり水場の少ない砂漠であれば、魚を食す機会がないのも頷けた。
「魚ならこの町にもありますよ」
「タツヤ、俺だって食ったことはあるさ。カラカラに干されたやつをな。この町の魚だってそうだろう?」
魚は水分が多く腐りやすい。
保存するには塩気をふんだんに含ませ、余計な水気を抜いた干物が適している。
海や湖といった漁港から離れた場所で食べられる魚と言えば干物がほとんどである。
「俺が食いたいのは新鮮な魚だ。知ってるか? 活きがいいのは生で食えるらしいぞ」
たしかに亡き祖国シキオリの沿岸部では、新鮮な魚をさばいて生で食すというのを聞いたことがある。さらに、酢をまぜた飯で握りのようなものにする場合もあるらしい。
タツヤは山間部で育ったため、そのようなものを食べたことはなかった。食べたいと考えたこともなかった。
「俺は砂漠育ちだから、食べられるものも限られていたんだ。だいたいは肉か芋類だ。だけどな、旅をするからには色々なものを食ってみたいと思う」
「食通ですね」
「まだ通じてはないがな」
タツヤは食に対するこだわりはほとんどない。
野営の際は、そこらで採った野草や狩った獣を焼いて食うだけである。
しかし、道中、町の食堂で人のつくった飯を食うと満たされた気持ちにはなる。
だから、ザハルの気持ちはわからないでもなかった。
「王都へ行けば、新鮮な魚もあるのではないですか?」
「王都じゃ貴族の食い物らしい。そこでだ……ここから北西に三日行ったところに大きな湖がある。そこには港町がある」
「ザハル殿、まさか……」
「どうだ、新鮮な魚、食べたくないか?」
「しかし、それがしは王都に行かねばなりません」
港町に行けば、行きに三日、一日滞在し、帰りに三日かかる。
往復で一週間も浪費することになる。ゲンゾウとの待ち合わせがますます困難になる。
「待ち合わせの日取りは決めていないんだろう? 今でさえ会えるかわからない。それにだ、港町は交易で賑わっている。珍しい品々があるかもしれない」
「珍しい品々?」
「いわゆる魔道具の類いだな。王都から港まではさらに一週間かかる。ここで行っておきたいんだ、どうだい?」
「……わかりました。ただ、王都へついたら、それがしの人捜しを必ず手伝ってください」
「もちろんだ」
*****
そこからタツヤとザハルは進路を変えた。
真北へ行けば王都であるところを、西にそれて三日間進んだ。
「タツヤ、見ろ!」
「あれが湖ですか……?」
二人は丘の上から湖を見下ろした。
それはタツヤが思っていた湖とは異なっていた。
まるで海のようである。対岸がみえないくらいに大きな水たまりだった。
湖のそばには街がつくられている。
「いこう! タツヤ!」
嬉々として馬を駆けさせた。
街の入口にある
タツヤはどことない違和感を感じた。
これだけの港町だ。しかし、そのわりに行商の姿もないし、店の多くがしまっている。街ゆく人々の様子にも活力が感じられない。
「なんだか、思っていたよりも寂しい街だな」
期待を寄せていたザハルが肩をおとすように言った。
「まあ、とにかくうまい魚が食えればそれでいいんだ。どこかの飯屋に入ろう」
二人は湖のそばにある小さな食堂に入った。
ほとんどの食堂が店を閉めており、そこが偶然開店していたからである。
「いらっしゃい」
年老いた女性の主人が二人を迎え入れた。
店内にはメニューのいくつかが貼り出されていた。
ザハルはさっそく生魚のサラダを注文した。スライスした生魚と野菜にソースをかけて食べるものであるという。
しかし、店主の言葉にザハルは打ち砕かれた。
「今、生魚はありませんよ。あるのは干物だけです」
(つづく)
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