ゴーグル
オアシスのかたわらに建つ家の前には、武装した男が見張りに立ってる。
さらに、池の近くに櫓が一棟建てられ、その上にも一人の見張りがいる。
タツヤは言った。
「辺り一面の砂漠なのに、ずいぶん用心深いですね」
「ああ、俺たちがゲリラを仕掛けすぎたんだ」
ザハルが苦笑いをしながら言った。
「今日は風は動きそうにないな。一度、戻るとしよう」
*****
翌日、ザハルとマシリ、タツヤは再び斥候に出た。
ザハルはしきりに空の様子を確認し、鼻を効かせている。
「マシリ、わかるか?」
「かすかに……」
「これはじきに来るぞ……。昼過ぎってところか。キャンプに戻って、アジズに伝えてくれ」
「はい」
マシリは伝令としてキャンプに戻っていった。
ザハルは背負っていた小型の弓を組み立てはじめる。
「ザハル殿、何が来るというのですか?」
「ああ、ちょっとそよ風が吹きそうなんだ。そうだ、これを渡しておこう」
ザハルはポケットから眼鏡のようなものを取り出し、タツヤに渡した。
「これは?」
「これはゴーグルさ。俺たちゴートの民は砂煙のなかでも目が利くが、タツヤは慣れていないだろう。ほら、後ろをむいて」
ザハルはタツヤの顔にゴーグルをかけると、頭の後ろで、バンドを絞めた。
「痛くないか?」
「視界は狭まりますが……問題ありません」
「こうやって、着けるんだ。あとでこれに感謝することになるぞ」
日がてっぺんに登ろうかとする頃、砂紋があわただしくなりはじめた。
風が吹き始めたことがタツヤにもわかった。
伝令に出ていたマシリが戻ってきて、ザハルに言う。
「ザハル、アジズたちもすぐ来る」
「わかった。タツヤ、ゴーグルをつけておけ」
タツヤは外していたゴーグルを再度付け直した。マシリが後ろを止めてくれた。
装着が終わるや否や、突風が吹いた。砂漠の砂は巻きあげられ、視界の先に大きなカーテンがひろげられたようになった。
風は吹き止むことがなく、あたりは砂塵に覆われている。
「ザハル殿、これはそよ風というより……」
「砂嵐だな。ゴーグル着けていて良かっただろう?」
砂のなか、背後からアジズたちがやってきた。
みな、曲刀や弓などの得物を手にしている。
「砂にまぎれていくのですか」
タツヤがザハルに聞いた。
「ああ、タツヤは付いてくるだけでもいい。自分の身だけ守ってくれ。だが、俺たちが遁走する羽目になったとき、手を貸してくれないか?」
「承知しました。命を助けてもらった恩義があります」
タツヤには無関係な紛争ではあるが、死にそうなところを助けてもらった義理がある。ここまで来て
「よかった。みんな準備はいいか?」
「いつでもいいぞ」
アジズが答えた。
ザハルは砂が吹き荒れるオアシスの方向にむかって、弓を引き絞った。
「家の見張りは中に入ったか……。あとは、櫓の上の一人……」
彼は弓をやや空に傾け、目を細めた。そして、風が向きをかえる一瞬の間に矢をつがえる指を離した。風のなかに、矢が空気を裂く音が消えていった。
タツヤには矢の行方が見えなかったが、ザハルは手応えを感じたようである。
「よし、行くぞ!」
「おお!!!!」
アジズが先頭を切って、砂丘を下りはじめた。
タツヤは砂に足をとられそうになりながら、ゴートの一隊につづいた。
アジズは軽い砂嵐という言い方をしたが、砂は容赦なく顔に吹きつける。
ゴーグルがあって良かったとつくづくタツヤは感じた。
オアシスまで下っていくと、タツヤは池のそばへ行った。
水は透き通っている。砂漠に住む者たちにとって、欠かせない水源であることはあきらかだった。櫓の側には、矢の突き刺さった盗賊の亡骸が転がっていた。
あの砂煙のなかで、矢を当てたのか……。タツヤは感心した。
ザハルの弓の腕前は相当なものらしい。
「このやろう!」
一軒の前で、アジズの野太い声がした。
タツヤがみると、アジズが家の戸を蹴破り、突入するところであった。
盗賊は必死に抵抗しているようだが、その力の前に敗れたようである。
何人かのうめき声がしたかと思うと、血のついた刀をもった彼が家の中から出てきた。
籠城は意味がないと思ったのか、家から飛び出して白兵戦に懸ける賊もいる。
しかし、どこからか鋭い矢が飛んできて、その身体へと吸い込まれていく。
どうやらどこからかザハルが狙撃しているようである。
魔術をつかえる賊が、ゴートの戦士に火球をぶつけようとしたが、砂嵐にもまれ、放つ炎の威力もむなしくなるだけだった。
タツヤの出番もなく、ゲリラは成功したようである。
砂嵐がおさまったとき、オアシスはザハルたちが奪還していた。
(つづく)
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