オアシス
「アジズ、話してやってくれ」
ザハルに言われて、アジズは火を見ながら、語りはじめた。
「あれは俺の初陣でのことだ……」
*****
オアシスを占領しようとする王国軍に抗って、ゴート軍の小隊に所属していた若き日のアジズ。じりじりと王国軍に押されはじめていた、その抗戦の最中に砂嵐が吹き荒れた。
小規模な砂嵐であれば、流砂の民であるゴート軍にとっては神風である。砂にまぎれて移動し、静かに狩りを行っていく。
しかし、その時起こったのは、砂塵に慣れている者でも目をあけることができず、うずくまることしかできないほどの大嵐であった。
敵も味方も物陰にとどまり、身動きができないなかで、アジズは声を聞いた。
「やめろ!!うあああ!!」
誰の声かはわからない。ただ、わかるのは、その声の主が何かに襲われているということだ。そして、その声は奪われた視界の各所から聞こえてくる。
アジズは砂嵐のなかで何かの気配を感じた。
人の気配ではない。なにか、巨大な野生の臭い。獣の臭いである。
アジズはうっすらと目をあけた。
そして、そこに大きな獣の姿を認めた。
それは猫だった。砂色と白色がまじった毛並み。それだけなら珍しくない容姿である。
だが、その猫はとにかく大きかった。彼はゾウよりも巨大に感じた。
猫の口からは王国兵士が力なく垂れ下がっている。
ーーオオズナ様だ。
アジズは目を見開いた。
呆然とするアジズの方を、オオズナネコもみた。双方の目が合って、しばしの時が流れた。
アジズは時が止まったように感じたが、見開いた目に飛び交う砂は容赦なく吹き付ける。
思わず目を閉じ、そして、それがオオズナネコをみた最後となった。
砂嵐がやむと、ゴート軍は驚きにつつまれた。
そこには王国軍の兵士たちの亡骸が横たわっていた。ゴート軍は誰一人倒れていなかった。
アジズは自らがみた光景を皆に話した。
オオズナネコの姿を目撃したのは彼のみだったが、皆、強大な存在の気配は感じていたため、それを疑う者はいなかった。
オオズナ様が我らを守ってくれた。
ゴートの民は口々にそう語った。
*****
これがアジズの語ったことである。
それ以来50年以上、オオズナネコは人前にあらわれていないという。
ザハルは言った。
「オオズナネコがいれば俺たちの旧領を取り戻すこともたやすいかもしれないな……。けれど、今はそれは望めない。まあ、俺たちでやるしかないってことさ」
砂漠の夜も深まった。
厳しい寒さの中、タツヤは天幕で毛布にくるまって寝た。
*****
翌朝、まぶしい日差しにタツヤは目を覚ました。
キャラバンはすでに天幕をたたみ、ラクダに荷を積んでいる。
「タツヤ、起きたか? そろそろ行くぞ」
ザハルの一行は、ラクダに乗ってふたたび進む。
タツヤはひたすらラクダに揺られていた。どこまで行ってもかわらない砂漠の光景。
そうこうしているうちに、タツヤは居眠りをはじめた。
「よし、ついたぞ」
ザハルの声がして、タツヤは目をひらいた。
ラクダが急に止まったので、バランスを崩し、タツヤは砂の上に転げ落ちた。
「おっと、大丈夫か」
ザハルがラクダから降りて、タツヤに手をのばした。
「居眠りをしていました」
そこには大きな岩があり、えぐれるようにできた窪みが、ちょうどよい日陰となっていた。
「俺とマシリは斥候だ。みんなはアジズと設営を!」
ザハルが指示を出すと、アジズが「あいよ」と答えた。
タツヤも設営を手伝おうとした。するとザハルが彼を手招きした。
「タツヤ、あんたは一緒に斥候にきてくれ」
ザハルとその部下で若者のマシリのあとに続いて、砂の上を歩いた。
すすむにつれて、ところどころに枯れ草がみられるようになった。
「ザハル殿、草がありますね」
「ああ、オアシスが近いからな。種が飛んでくるんだ」
そうして10分ほど歩いた。
小高い砂丘の上に立つと、ザハルが丘の下を指さした。
「見てくれ」
タツヤはその指の先を眺めた。
砂地のまんなかに青い塊があった。それはよく見ると池である。
その池を縁取るようにヤシの木が生え、そのほかの植物も生き生きと茂っている。
そして、その周囲には、セメントでつくられた建物が数十軒ほど建ち並んでいる。
ザハルが言った。
「あれがこれから奪還するオアシスだ」
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