第5話:プリシラのトイレと2人の家路
「あっ、あそこがいいかなっ」
リムは、小さく穴が掘ってある所を見つけた。その周りには、枝が分かれ、細かい緑の葉が夏の暑さで生い茂った低い木が何本か立っていて、プリシラが用を足すのに、万一、人が傍を通っても陰になって見えなさそうだった。リムは、そこにプリシラを抱えて急いで連れて行き、しゃがませた。
「リムお兄ちゃん、いてね?」
シャツの裾を摑まれたリムは、頷いてプリシラが用を足し終えるのを待った。しかし、プリシラは苦しそうな顔をして「出ない・・・・・・」と言う。もれそう、と言いつつ、いつも、しゃがむとなぜか最初は中々出ないのだ。
「もう少しやってみ」リムは根気強く待った。
プリシラは、リムが言った通り、もう少し穴の上にしゃがんでいると、少しづつ用を足した。
「もう出ない」リムに報告するように言うと、リムに手伝ってもらってお尻を拭き、服を整えた。
それが終わるとリムは、リュックを体の前に背負い、プリシラをおんぶして、一度体を揺らしてバランスを取った。プリシラは「もう離れたくない!」と言うように、リムの背中にべったりとくっついた。
「さーて、じゃあ、みんな心配してるかもしれないし、シーラのケガ、母さんに手当てし直してもらいに、ボクのうちに行こうか。ケビィは寝てるかな・・・・・・」
リムはプリシラに話しかけ、最後に、何気なく、(注¹)まだ赤ん坊の弟ケビィについて呟いた。
すると「ケビィなんて、チビできらい!」プリシラは急にリムの顔を怒った顔で見て大声を出した。リムは、そんなプリシラにたじろいで、プリシラをしっかりと背負いながら、プリシラの方を向いて目を見開いた。
「そんな、ケビィはまだ小さいんだから・・・・・・。
シーラだって、チビでうるさかったし、
今もうるさくてチビで甘ったれで泣き虫だぞ?」
言われた本人は、かなりの図星を指されてたじろぎ、リムの首に頭を潜らせ視線を反らした。
「・・・・・・だって、ケビィは私のリムお兄ちゃんを取るもん!」
「だってケビィはボクの弟だもんっ」
「あたしもリムお兄ちゃんの妹だもんっ」
オウム返しで言い返してきたプリシラに、リムは思わず吹き出した。
「シーラは本当の妹じゃないだろ。本当の妹みたいだけどな」
「本当のいもーとよ!」
目をくりくりとさせて言うプリシラに、リムは、プリシラをしっかり背負ったまま、また背を丸めて吹き出した。
「シーラはよくボクの家うちに来るし、ボクんちの子みたいなもんじゃない?ケビィも弟と思って可愛がってよ?」
プリシラは納得がいかないように頬を膨らませ、片手で無意識にリムのシャツをいじった。
「“兄ちゃん”からのお願いだよ。よいしょっと」
リムは、プリシラの体を一度揺らして、おんぶし直し、そう念を押すと、プリシラはリムからのお願いが分かったのか、まだ納得いかないのか黙ってリムの首に手を回し直し強く抱きついた。
「・・・・・・兄ちゃん死んじゃう!」
プリシラはリムの苦しい叫びを聞いて、腕の力を緩めて黙ってリムの体に自分の体を委ねた。リムは早く家に帰りたい反面、プリシラを今更下ろしても、どうせまた抱っこやおんぶをねだりそうなので下に下ろすのは止めた。
しかし、お腹には大事な救急ポーチや空の水筒や遊び道具や拾った綺麗な石などが入った袋を入れたリュックサックもカンガルーの袋のように持っていたし、自分も転んだらいけないと思って、ゆっくり歩いて家に向かった。
「ねえ、リムお兄ちゃん」
リムが歩き出してほんの数秒後、プリシラは落ち着いた声でリムに声をかけた。
「なんだい?」リムは父親のように優しく返事をした。
「何か、お歌歌って?」
プリシラは、リムが歌が上手いことを知っていたので、無邪気にねだり、世界中で愛唱されていて、誰もがよく知っている異国の童謡をリクエストした。リムは、それなら簡単だと歌い始めた。
しかし、「違う!」プリシラはいきなり声を上げ、それを否定した。
「ええ?ちゃんと歌ってるじゃない?」
リムは、歌を歌うのを止め、顔をしかめて声を上げ後ろを向いた。すると、プリシラは、その曲の原曲の言語で歌って欲しい、と強い口調で願った。リムが曲を間違ったり、歌い方や声の高低が違うのではなかった。
「ええ・・・・・・っと、トゥインクル トィンクル リトルスター・・・・・・」
一瞬戸惑ったが、すぐプリシラの言う通りに歌い出した。原曲の言語の歌詞もしっかりと覚えていて、歌うのも慣れていた。その歌声は、静かに、よく通り、遠く彼方にまで吸い込まれていくようで、涼しい夏の夕空の中に澄み渡って行った。
プリシラはすぐに、リズムよく歩を刻むリムの肩の上に顔を乗せて、気持ちよく揺られ、歌も耳に心地良く、体の力が緩んだかと思うとウトウトとして眠ってしまった。
リムは急にプリシラが重たくなったように感じて、歌を歌うのを止め、プリシラをおんぶしながら、その顔をチラっと見て頬を緩めた。
「なんだ、寝ちまったのか、可愛いやつ」
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