第57話 世界を救う『金色』のオーラ

「エクレには何度か話したことがあったかしら? 私は、人のオーラが見えるって……」

「聖女特有の能力ですか? 魔王エアリエルの魔力を見た時には、一瞬で顔色を悪くしてましたが、そのことと関係が?」

「う〜〜ん? それは魔力のお話ですよね? 私が言いたいのは個人が放つ魔力とは別のモノです」

「……? 魔力とは別??」

「ほとんど感覚的な話ですので上手くは説明できないんですが……生物は誰しも独特な波長のオーラを放ってるんです。それは十人十色——種々様々……簡単に言えば私には人が放つ『色』が見えます」

「……色?」

「えぇ……悪いおこないばかりする悪漢は、オーラの色は黒く染まりますし、逆に善行を積むモノは光のような白いオーラを放つのです」

「……ふむ」

「ちなみにエクレは『ピンク』ですね。実に女の子らしい!」

「あの話が脱線してます。私のオーラの色はどうでもいいんです。そのオーラの色が魔王を見逃しす理由とどう関係してるのですか?」



 唐突なセレナの話題に、さらに顔を顰めたエクレ。果たして、その表情に刻まれた皺は、語る内容の難解さからくるモノなのか。それとも、軽口を叩くセレナに対してもモノなのか。はたまた両方か。それは計り知れない。だがそんな理由の追求よりも、最も気になる内容をエクレは聖女に問う。



「そのオーラには特殊な色が存在しまして……『金色』。神様が持つとされるオーラの色なんです」

「金色……神のオーラ?」

「えぇ、この色を持つ者は、世界の救護者とされています。この世界の主神様は当然、この色のオーラを放ってるそうです。そして、同じく金色を放つ只人は、世界を救う役割を与えられた者だと……言い伝えられています」

「では……その金色のオーラは誰が持ち得ているのですか?」

「う〜〜ん。私は、私自身のオーラを何故か見ることができないんですが、前任の聖女様に見てもらった時には『金色』だと言われましたね」

「当然です。聖女様は、人類の癒し手——世界を救うお方に他なりませんからね」

「それと、勇者も『金色』です。コレは言わずもがなですかね。そして……私は、あと2人……金色を持つ者を知っているんです」

「……意外と多いですね。世界を救う人……」



 世界を救う者に与えられる金色のオーラ。それが見えるセレナ。

 根拠は無いに等しいが、聖女であるセレナが言えば信憑性が僅かに帯び、人類の癒し手とされる彼女自身がこれを持っているというなら、『金のオーラ』の存在もあながち嘘ではないのかとエクレは納得し……かけたが……


 セレナが言うには、あと2人もの所持者を知っているそうだ。


——意外と多いな金色オーラ……大丈夫か? この世界?!


 エクレがそう考えてしまうのも無理はない。



「“勇者”に関しては……彼は眩しいぐらいに輝くオーラを放ってました」

「……まぁ、“勇者”ですからね。世界を救ってもらわないと困りますから……」



 【勇者】とは——人族最強の人物である。聖女と同じく、人族を最前線で支える戦闘狂だった。

 が、セレナはあまり勇者をよく思っていなさそうだ。明らかな呆れが表情から伺える。



「あの人、鬱陶しいぐらいにピカピカなんですよね? もう直視できないほどに……正直苦手です。もう、お目々がしょぼしょぼです」

「聖女様——あの人と会うとやたら顔に皺寄せて睨むと思ったら、そんな理由があったのですね? 嫌いなのかと思ってました」

「嫌いですよ? 今、苦手だって言ったじゃないですか。眩しいからって理由だけじゃなくて……あの方、話通じないんですもん」

「…………そ、そうですか……」



 だが、エクレの表情は晴れる気配を見せない。答えを聞いたのにも関わらずだ。

 聖女と勇者の人間関係に思わず顔を顰めて呆れた。


——聖女と勇者が仲が悪い……大丈夫か? この世界?!


 エクレがそう考えてしまうのも無理はなかった。



「まぁ、勇者はどうでもいいですね。私の知るあと2人の話をしましょうか」



 しかし、エクレの気の回復を待つそぶりを見せず、セレナは2人の紹介にあたる。どこか浮き足立つような雰囲気を纏って、セコセコと喋り始めた。



「ココだけの話——なんとですよ! カイル様も金色のオーラを纏っているんです!」

「……え?!」

「ハイ! 拍手〜〜♪」



 ただ、そのセレナの反応にも納得である。何故なら、その人物とは聖女の惚れた人物なのだから、浮き足立つのも仕方ない。

 だが、この回答はセレナにとっては驚愕だった。乾いた声を漏らして呆気に取られる。セレナの『拍手〜♪』の言葉など彼女の耳には届いていない。



「それは本当なのですか?」

「はい。本当ですよ? 私も驚いてしまったんですが、カイル様も金色。それも純度100%です」

「彼の活躍や心意気はとても好感が持てます。私としても素晴らしい方だとわかっていますが……ただの旅商人である彼が、世界を救うのですか?」

「彼自身が救わなくとも、間接的に〜〜はあるんじゃないですか? 彼が薬草を届けてくれたことで人々が救われた実績はありますし、私は危険を顧みず駆けつけてくださったカイル様から希望をいただきました。これは十分な貢献ですよ!」

「確かにそうですけど……」



 セレナの話にも一理ある。


 エクレ自身も、彼に好感を持ち、それでいて希望を届けるその姿は、聖女、勇者と並んで十分、英雄であると言ってもおかしくはないと理解はした。



「カイル様との初めての出会いは——扉から現れた彼の姿は薄暗い教会の中に差し込む逆光と合間って神々しさがすごかったんです! でも、勇者と違って鬱陶しさは全然なくてですね。温かみがあると言いますか〜〜ポカポカしてくるんですよ。で、ぎゅっと抱擁した時なんか……私幸せで〜〜もう死んでもいい!! って思っちゃうほど幸福に包まれる感覚が——ッあぁ〜〜たまんないです! キュンキュンするんです! 勇者如きでは、カイル様の包容力の足元にも及びません。あんなのピカピカ鬱陶しいだけで、光線で消し炭にしたろか〜〜ってぐらいの眩しさは、かえって暑苦しい……」

「聖女様! ヨダレ垂れてますよ。あと聖女が勇者の愚痴を吐き捨てるのはやめてください。それと……もう1人の話を……」

「……は!? 私としたことが……失礼しました。うふふふ〜〜。あとヨダレは余計です。垂らしてませんもん! ふきふき!」



 セレナは言葉を撒くして早口でカイルの素晴らしさを語り出した。もはや狂気に一歩片足を突っ込んだかの姿に……エクレは待ったをかけた。おそらく、このまま放置していてはカイルの素晴らしさを語るに小一時間かかってしまいそうだったための措置だ。エクレもカイルは素晴らしい人物だと重々承知しているが、お腹いっぱいになるまで語られるのは、いくらなんでも戸惑ってしまう。致し方なしだ。



「最後の1人についてですが……これが1番重要なんですよ」

「……重要?」



 だが……2人目の話をした途端。セレナは真剣な表情を浮かべた。つまり、彼女の魔王の存在を黙認した理由もそこにあるのだとエクレは一瞬で理解する。


 そして、その人物とは……



「私も驚きましたよ。だって……あの魔王がですよ? オーラの一部が金色なんですもん」

「……は?」



 これが、まさかの人物だった。


 エクレは耳を疑った。



「魔王って……エアリエルがですか?」

「はい。私も最初は気づかなかったんですが、よく観察すると……禍々しい黒いオーラの奥に金色が混じっていました」

「ま、間違いない?」

「えぇ、抱擁して確かめましたからね」

「あぁ……それで……」



 聖女は昨日、魔王エアリエルに対して急に抱きついていた。それはされた本人含め、周りにいた者は一瞬で度肝を抜かれるほどの奇行であった。

 しかし、その勇猛果敢な姿勢にも、僅かに感じる『黄金のオーラ』を確かめる目的があったようだ。



「エリスさんのオーラですが、滲み出てる感じだったんです。これはもしかしたら、近くに居る人の影響なのかなって思いました」

「カイル様ですか?」

「はい! そのとおりです! 彼女は彼との関係を通して変わろうとしているんじゃないかな? って思いまして——私が2人を行かせた理由はそんなところです」

「なるほど……」



 その時——強い強風が吹いた。



「ックチュン!」

「ふむ。聖女様ここは冷えます。見送りは済んだのだったら、一旦、宿の方に戻りましょう。話に続きがあればそれからでも……」

「そうですね。戻りましょうか?」



 くしゃみをするセレナに、話を一旦中断しエクレはこの場をあとにする事を提案した。2人が見送っていた馬車は既に見当たらない。なら……この場所には用はないはず。

 セレナは直ぐにこれを了承して外壁下へと伸びる階段に向けて歩き出す。


 だが、一瞬……


 彼女は振り返ったかと思うと……



「カイル様。エリスさん。どうかご武運を……」



 強風で靡く髪を一度かくと、本人達には聞こえるはずのない祝福を送った。






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