第8話 気付けばこうなっていた

「——ッえ!?」



 カイルは自身の腕に走った衝撃に驚いた——とは言っても、決して『痛み』や『不快感』が彼を襲った訳では無い。寧ろ……柔らかく包み込まれた感覚と温かさに心地良さを覚える程だった。


 だが……



(——えええッッッーーーーーーエエエ!!??)



 カイルの混乱は加速の一途を辿っていた。脳内では叫びをあげ、全く現状理解が追いついてこない。 

 始めは突然の衝撃に驚いて瞬時に自身の腕を確認しただけだった。だが、そこに存在していた人物に愕然とした。



「ふふふ……彼、実は凄く心配症で——私は宿で置いてきぼりを食らったんですよ? 酷いと思いません? 守衛のお兄さん!」


「——ん!? ええ……とぉ……」



 そこに居たのは……


 冷たく凍りついた印象が嘘のように溶け切って——春の訪れでも感じさせてくれる。そんな笑顔を浮かべた少女がそこに居た。

 カイルの腕にしがみつき、小さくも柔らかな感触が自然と腕の感覚を通して伝わってくる。だが……この時カイルはそんなことに意識がいっているのかどうか——? “あまり”の人物の、“あまり”の行動が——そんな彼の思考を真っ白にして、腕に抱きつかれたまま直立不動で膠着してしまっていたのだ。



「商談で近くの村に行くんだって……私も当然ついて行くって言ったんですけど、日帰りだからわざわざ着いてくるなぁ〜って言うんです。彼、普段冒険者とか雇わないし凄く心配で心配で……私のこと気遣ってくれてるのは分かるんですけど、いつ魔物に襲われてしまうのか気が気じゃないの」


「ふむふむ……」



 そして、魔族である少女はカイルの恋人であるかのように偽の物語を語ってきかす。それはもう——楽しそうに……だ。ここまでの彼女を観察した限りではあり得ない変わり身である。ただ、そんな彼女の語りに守衛の男は食い気味で耳を傾けている。


 それでも……



「でも……そんな彼の優しいところが、私は好きなんですけどね……えへへ……」


「——ッッッ!? ……はぁ〜〜お熱いね。そういうことなら……問題ないかぁ〜」



 ついには彼女の見せた笑顔に照れくさそうに視線を逸らす。



「じゃあ、僕は行くよ……今度は酔っ払いには気をつけてな。本当はあんな連中は滅多にいないんだけど……用心に越したことはないからさ」


「はいッ——お勤め頑張ってくださいね守衛のお兄さん! 大切な彼(カイル)を助けてくれてありがとうございました♪」


「ああ……元気でな。君たちの旅路に幸多からん事を——」



 こうして、惚気に当てられた守衛は逃げるようにこの場を後にした。それを少女は片腕でカイルと腕組みし、微笑みを見せつつ残りの手では男を見送るかのように小さく振っていた。

 だが……そんな守衛の姿が見えなくなると貼り付けた笑顔の仮面を一瞬でひっぺがし、微笑みを捨てて冷たく豹変してしまう。


 すると……



「フンッ——」

「——ッ痛ぇえ!?」



 抱えたカイルの腕を邪魔くさそうに投げ捨てた。この時の痛みにカイルは驚き意識が戻ってくる。



「はぁ……めんどくさい……」


「あれ? 僕は何を??」


「何しているの人間。行くわよ」


「……え?? どゆこと????」


「早くして、思わずなっちゃうから」


「——ッ!!?? ハイッ——ただいま!!」



 魔族の少女は踵を返して歩き出す。これにカイルは大慌てで彼女の背中を追った。














「——腹の傷は塞がっても、総魔力量は全然回復し切ってない。全盛期の頃と比べて、今はその20%ぐらいってところね」


「……総魔力量?」


「人間には分からないでしょうけど、魔族の作りの根幹は『魔力』よ。ワタシというスペックは最高級でも——抱えた魔力は少ないから、その分弱体化してるって訳」


「……はぁ〜……」


「あなた、全然分かってないでしょ?」


「魔法とか、非戦闘民族なモノで……サッパリ……」


「何それ? このワタシに説明させておいて、その態度……殺していい?」


「——ッひ!? ご、ごめんなさい!!」


「うるさい。殺すよ?」


「…………スイマセンデシタ……」(小声)



 カイルは魔族の少女から、何故か『魔力』についてのちょっとした講義を受けていた。どうしてこうなったか気になるところだが……これに関しては気づけばこうなっていた——としかカイルには説明できない状況にある。しかし、そんな講義を聞かされても、戦いとは無縁な生活を送っているために、カイル脳内メモリにはどうしても受け付けない理にあった。


 ただ、そんな事よりもだ……



「あの〜……それよりも……」



 カイルは現状で最も知りたいことは、魔族の作り——だとか、魔力量がどうとか——ではなくって……



「どうして……君は僕の馬車に乗ってるんだい?」



 この一言に尽きた。


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