第2話 地上
その後、何度か地面が揺れるたびに、叫び声や助けを求める声が2人の耳に届いた。しかし、彼らはヴァリアントの出現を軍に伝えるという役割を果たすため、振り返ることはなかった。
2人がキアのいた場所にたどり着くと、そこには籠だけが置かれていた。彼らは、キアがその場から逃げたと推測した。その後も必死に走り続けると、少しずつダイとウィルの間に距離が広がっていった。ウィルは後ろを振り返りながら叫んだ。
「ダイ!足を動かせ!生きたいなら」
「分かってるよ。でも……息が……体が重いんだ」
とダイが呼吸を乱しながら答える。
ウィルは、視界の先にヴァリアントと農夫がいないことに気づく。そして、再び地面が揺れた。一瞬周りを確認しようとして首を振ると、地面が隆起し、彼らを吹き飛ばした。周囲に砂埃が舞い、視界が悪化する。必死に周りを見ようとするが、何も見えない。
ウィルはダイの居場所を確認しようと考えるが、音を立てることが危険かもしれないという考えが頭をよぎる。彼は静かにダイの安全を祈りながら、視界が開けるのを待った。
しばらくして、視界が少しずつ晴れてくる。ウィルは、ヴァリアントが出現した場所を見ると、ダイの姿はそこにはなかった。ヴァリアントがいた場所には大きな穴だけが残っていた。
焦燥感に駆られながら周囲を見回す。自分と共に吹き飛ばされた作物が散らばり、耳を澄ましても人の声は聞こえない。ウィルはうつぶせのまま、ダイを探すか、荷車のある道から居住区への帰り方を考える。畑に初めて来た彼にとって、かろうじて道が分かりそうなのは荷車の方向だけだった。
(ここで自分の役割を全うしないといけない)
ウィルはそう信じ、ダイも同様の行動を取るだろうと考え、軍に知らせるために畑から脱出を再び試みることにした。彼はゆっくりと立ち上がり、迂回しながら今朝歩いてきた道へ向かった。
歩きながら、散らばった作物の間に伸びる人の手を見つけた。袖の色から軍の人間ではないことを確認し、少し寂しい気持ちになった。しかし、直ぐに膝をついて、その手が埋まっている土を手で一生懸命に掘っていく。ほんの数分掘ったところで肘から先がないことがわかった。
初めて見るグロテスクな状況に、ウィルは寒気を感じ、鳥肌が立つ。また、胃の奥から何かが込み上げてくる感覚を覚えた。必死で吐きそうになるのを抑え込むように努力する。じわじわと孤独感が彼に襲い掛かり、目から涙が溢れ出ていた。
彼の頭には、常に居住区に戻れるのかという不安が漂っている。他人のことを考える余裕がなくなるほど、彼の心は不安で満ちていた。自分が目の前の人のようになってしまうのではないかという考えが、頭から離れない。
その時、ウィルはかすかに地面から振動を感じた。
(死にたくない)
彼は死への恐怖から立ち上がり、その場から距離をとるために走り出す。次第に揺れは大きくなっていく。その中で、バランスが取れなくなり地面に体を打ち付ける。それでも、地面に這う形で距離を取ろうとする。そして、大きな音を聞いてそちらに顔を向ける。土煙と共にピンク色の体が飛び出し、彼を空中へと投げ出す。その後、地面に何度も打ち付けられながら、彼は飛ばされていった。
ウィルは地面に何度も打ち付けられる中、意識が薄れていくのを感じた。痛みや恐怖が次第に遠のき、瞼が重くなる。最後の力を振り絞り、立ち上がろうとするが、体が思うように動かない。そして、意識が暗闇に閉ざされて、彼は気を失った。
頭に違和感を覚えて触ってみると、乾いた土で汚れた手に血が付着している。四肢に力が入ることを確認し、地面を這いながら前進する。彼は吹き飛ばされたときにどちらに目的地があるか分からなくなっていた。
(とにかく少しでもここから離れなきゃ)
ウィルは常に気を張りながら、畑の外側を目指して這っていく。すると、目の前に以前使われていたと思われるショベルカーを見つけた。その錆びついた鉄の表面には、長年の草木の侵食が見て取れる。
「不思議な見た目だ。用途は何だったんだろう」
ウィルは立ち上がって、ゆっくりとショベルカーへ近づいていく。そのショベルカーに向かう様子は、まるで花に集まる蜂のようだった。彼が手で苔や蔦を払いのけると、タイヤにあったゴムの部分がボロボロと崩れていき、その下から金属の本体が覗いた。
彼はそこに少し緊張しながら足を乗せて立つ。まだまだ、周りを蔦薬さが邪魔しているため、少しずつ取り除いていくと内側に入れるスペースがあることに気づく。
「中に入れるみたいだ……でもこんだけ草が生えてたらどうなっていたのかもわからないな」
彼が呟くと再び地面が揺れ始める。ウィルは周りを見渡した。
(高いところ。避けられそうなところ。どこかにないか?)
ウィルは地下生活で旧文明の技術を何度か目にし、簡単に学ぶ機会があった。その経験から、ショベルカーの内部で時間を過ごすことに決めた。
(どうやって中に入ればいいんだ?)
焦りながら、蔦を除去した場所を何度か叩くが、中に入る方法が分からない。募る焦りから彼は傷だらけのガラスを壊すことを考える。腰についているポーチから、30㎝ほどの棒を取り出し、それを握り締めてガラスに強く打ちつけた。風化しているため、ほとんどのガラスが粉々になる。
揺れが激しさを増し、急いで窓から中に入った。すると、大きな音とともにショベルカーの真下からヴァリアントが飛び出した。ショベルカーを飲み込むかのように、大きな口を開けていた。ウィルは窓から見える景色がピンク色に変わったことに恐怖しながら、とてつもない速度で上に進んでいる感覚を覚えた。
風化したガラスは割れ始め、体液がショベルカーに当たると煙を出しながら気化していく。彼は周囲の変化に目を凝らしながら、自らが絶えず死の淵に迫っていくことを自覚し、死への恐怖が増すばかりであった。学校の友達や、少しの間お世話になった軍の人たちの顔を思い出しながら、数分間死の恐怖と葛藤した。
すると、先ほどの速い移動感覚が消え、ウィルは全てを覚悟して目を閉じた。すると、次の瞬間、彼の体に今まで感じたことのない光が当たり、大きな音とともにショベルカーに強い衝撃が加わった。ウィルは体をショベルカーに打ち付け、状況を見るために目を開けた。
ショベルカーは横倒しになっており、ガラスのない窓からは明るい光が彼を照らした。彼はすぐに手で視界を遮り、光を和らげる。光が当たった部分からは熱を感じた。
(暖かい。でもちょっと肌がズキズキする)
彼がショベルカーから外に飛び出すと、そこには地平線、青い空、そして山々が彼を出迎えた。何かが空を飛び、風が彼の足元の草をそよがせていた。彼の五感はこれまで経験したことのない情報を受け取り、新たな世界に触れていることを実感させられた。
(ここが絵本で見た世界……)
モルフの民 シサマキ @Shisamaki
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