#09 アイドル系S級美少女は〇〇〇です

 稲荷を家まで送り届けた後の帰り道は、行きよりも静かだった。一人が嫌いなわけではないから『静か=寂しい』と安直に結論づけるつもりはないけど、今感じているものは確かに寂しさだと思う。


 電車の窓から夜の街をぼーっと眺めていたら、家の最寄り駅に到着した。

 ホームを降りて改札を通ろうとした――そのとき。


「あれ、もしかしてこたくん?」


 と声が聞こえる。

 咄嗟に振り返ると、そこにはマスクと帽子を装着した少女がいた。俺は思わず顔を顰めてしまう。彼女も家の最寄り駅は同じだから、偶然出会うことに驚きはない。問題はそこじゃなくて――


「……普通、話しかけるか?」


 ――が俺に話しかけてきたことだった。


「幼馴染を見かけて話しかけないほうがヘンだと思うけどなぁ」

「それは一般論だろ?」俺は溜息を吐く。こっちが言いたいことはちゃんと分かってるくせに、あえて恍けてるんだ彼女は。「は例外だ」

「えー、こたくんひど~い」

「こたくん言うな」

「冷たいよぉ! おばさんに言いつけちゃうんだからねっ!

「ばっ、それは絶対にやめろ! フリじゃないからな!?」


 おばさんってのは、うちの母親のことだ。

「え~ん」とわざとらしい嘘泣きをしているのは、我らが学園が誇る現役アイドル――伏見文である。俺が前のめりに言い返すと、伏見は愉快そうにくつくつと肩を震わせた。

 咎めるように眉をひそめれば、伏見はえへへっと笑う。


「ごめんごめん、おばさんには言いつけないよ。こたくんは私のお仕事のこと、心配してくれてるんだもんね」

「……まぁな」俺は肩を竦める。

「こたくんは優しいなぁ。えへへ、心配してくれてありがとっ」


 マスクを着けたままでも、伏見の笑顔は十分に眩しい。本当の美少女は顔の半分以上を隠していても可愛いままだった。

「でも大丈夫だよ」と言う伏見。


「大丈夫?」

「うん、ラジオとかでもよく学校のこと話してるから。同級生の男の子と話してるところを記事にしたって、ゴシップにはならないでしょ?」

「あー」少し考えて、納得する。「確かにそうだな」


 女子高生アイドルと同級生男子が一緒にいるのは普通のことだ。むしろ一般人を晒したとして批判される可能性もある。俺が有名人であれば話も変わったのかもしれないが、そういうわけでもない。記事にするリスクとリターンが釣り合ってるとは言い難い。

 そういうわけで、俺たちは並んで歩き出す。


「伏見は今から帰りか?」

「つーん」

「……伏見?」

「つーん。お呼びになった名前は現在使われておりません」

「複雑な家庭状況があるかのように誤認させるな。二人ともめちゃくちゃラブラブだろ」

「そこまで知ってるこたくんが苗字で呼んでくるのが悪いと思うなーっ!」

「……」やっぱり気にしてたのか、と顔を歪める俺。


 確かに、俺はかつて伏見のことを下の名前で呼んでいた時期があった。正しくは『ふーちゃん』と呼んでいたわけだが。

 俺が伏見を推しているオタクだから……とかじゃない。

 では何故か。俺と伏見――『こたくん』と『ふーちゃん』――が幼馴染だからだ。


「……ふーちゃん」

「なーに、こたくん?」

「――っ」


 それは反則だろ。現役アイドルの甘い笑顔の破壊力は凄まじかった。うぐ、ってなる。うぐ、だ。モクモクとは違うベクトルで悶々とさせられる。

 伏見――ふーちゃんは小さい頃からこうだった。周りから愛されることが当たり前で、だからこそ、周りのことも愛してやまない。お遊戯会ではいつもふーちゃんがプリンセスだったはずだ。子供ながらに男子たちが王子様の役を争っていた覚えがある。


『私はこたくんがいい!』


 ……その度に無邪気なわがままを口にして、大人たちを困らせていたっけ。

 もっとも、それはあくまで幼稚園の頃の話。今のふーちゃんはもう大人だから、俺が距離を置いている理由も分かってくれていると思っていたんだが――。


「たまには、だよ」とふーちゃんが悪戯っぽく笑う。


「二人きりになるのなんて、滅多にないことだから。たまには前みたいにお話したいなーっ。ね、たまにはいいでしょ?」

「…………」

「……ダメ?」


 上目遣いされたら、俺は断れなくなる。

 これがS級美少女の魔力か……。

 どうせ一人きりの帰り道を寂しく感じてたんだから――と誰に向けているのか分からない言い訳を胸のうちに書き連ねる。

 せめてもの抵抗に、『ダメじゃない』とか『喜んで』とは言うまいと決めて口を開く。


「文ちゃんはレッスンの帰りか?」

「……っ! ふっふー、そうなんだーっ。よく分かったね!」


 パァとふーちゃんが嬉しそうに笑う。さっきからマスクを余裕で貫通しないでほしい。美少女オーラが駄々洩れすぎる。

 うぐ、ってなりながら俺は答えた。


「見れば分かるだろ」ふーちゃんの服を指さして言う。「レッスン着だし」

「あーっ、言われてみれば! こたくん、シャーロック・ホームズみたいだね」

「レベルの低いホームズだなぁ……」


 この程度でシャーロック・ホームズになれるなら、某小さくなった名探偵の二つ名も安っぽくなってしまうだろう。

 などと考えている間に、ふーちゃんがくるりと回った。

「どうした?」と怪訝な目を向ける俺。ふーちゃんは僅かに顔を赤らめると、恥ずかしそうに言った。


「れ、レッスン着姿はどうかなーって思ったのっ! そんな目で見ないでよぉ! こたくんの意地悪!」

「いや、そうは言われても……『どうかな』って?」

「感想だよ、感想!」

「感想て」俺は失笑した。


 ライブ衣装ならともかく、レッスン着の感想って何を言えばいいんだ?

 だが、ふーちゃんは本気らしい。「こたくん」とどこかねだるような口調で呼んでくる。


「私のレッスン着姿、どうかな?」

「……頑張ってるんだなって伝わってくるよ。ふーちゃん、運動音痴だったもんな」

「違うもん、こたくんが運動神経よすぎただけだもんっ」

「そんなことはないけど」言ってから沈黙が広がる。「……え、なに?」

「感想、それだけ? もっと言うべきことがあるんじゃないかなーっ?」

「お勤めご苦労様です、とか?」

「私が怖いお仕事してる人みたいになっちゃった!?」


 アイドルに許されるギリギリのマイルド表現をするふーちゃん。怖い仕事って意味では、アイドルも十分当てはまると思うが、今はそういう話をしてるわけじゃない。


「他の感想か……」

「うん!」ふーちゃんが再び一回転してくれる。「どうかな?」

「あー」


 何となく何を言わせようとしているのか分かった。だけど、それはすごく恥ずかしい言葉だ。同い年の女の子に言うのは流石に躊躇ってしまう。

 相手がふーちゃんじゃなかったら、恥ずかしくはあっても、もっとすんなり言えていただろう。たとえば稲荷になら、茶化しながら口にできていたはずだ。


 だけど相手は現役アイドル。幼馴染かどうかなんて、今更何の意味も持たない。今のふーちゃんは雲の上の存在なのだ。たった四文字のありふれた言葉を俺が伝える必要は、どこにもない。たくさんの人から言われているはずだから。


 ――『可愛い』って。


「似合ってるな」

「それはちょっと違くない……!?」

「いいや、違くない」ばつの悪さを隠すようにかぶりを振る。「頑張り屋のふーちゃんには、レッスン着が似合ってるよ」

「…………」

「まぁ、ライブの衣装とかもキラキラしてて似合うんだろうけど」


 我ながらちっぽけだなと思う。

 ……こんな風に思わされるから、俺はふーちゃんと距離を置いた。本当はふーちゃんのためじゃなくて、俺のためなんだ。


「……嬉しいな」


 その一言がたとえ本気で喜んでいるように聞こえたとしても――。

 ふーちゃんがどんな表情をしているのかを確かめるのが怖かった。だから、ふーちゃんとの関係を俺は『ちょうどいい』と思えない。


「そろそろだな」

「うん」


 ふーちゃんはうちの近くのマンションに住んでいる。うちよりもセキュリティが万全なところだ。流石にタワマンってほどじゃないけど。


「こたくん。また話しかけてもいい?」

「……」少し迷ってから答える。「他の奴がいないときなら」

「うんっ、分かった! じゃあ二人きりのときにまた話そうねっ」


 ふーちゃんは「またね」と言って、マンションに入っていく。それを見送ってから、うちへと向かう。ここからは二、三分で着くはずだ。

 歩き出そうとしたところで、ぶるるっ、とスマホが震える。


【いのり:見て!!!】

【いのり:色違いキタ!!!!】


 …………。

 やっぱり稲荷は落ち着くんだよなぁ。添付されたボクモンのスクショを見ながら、そんなことを思う。


「帰ってゲームするか」


 それから家までの道のりは、寂しく感じなかった。



――・――・――・――・――・――

S級美少女とも関係が……!!

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