私の何がいけなかったのか
あんぜ
第1話
『もしもし
夕方、仕事を終えてスマホを確認したところ、親友の
早紀とは旦那同士の付き合いで知り合った。早紀の旦那の
早紀は明るくてカワイイ系の美人。ちょっとおバカなところもあるけれど、意外に根は真面目で努力家。苦手な料理も恋人のため、頑張って身に着け今では旦那の惚気話のネタになるほど。地元は車で二時間ほどの距離でこっちには友人がほとんど居ないとか。寂しいこともあって私がよく話し相手になる。
「今から帰るから、うちに来られる? お料理しながらでもいい?」
うん――といつもの彼女からは考えられない程の小さな返事が聞こえた。
◇◇◇◇◇
早紀はうちのマンションの前で待っていた。私の勤め先より家同士の方が近いんだからもう少し遅く出ればいいのに――と普段なら思ったかもしれないが、それだけ追い詰められていたのだろう。
早紀を家に上げ、ダイニングテーブルに着かせる。彼女好みの苦いグレープフルーツジュースは最近ほとんど見かけないので、甘いグレープフルーツジュースをグラスに注ぐ。
「苦い……」
そう返した彼女には涙の跡があった。
「これは重傷だね」
とにかく、料理の下ごしらえだけさせてと告げ、ありもので夕食の準備をする。
いつもならこっちが忙しくても勝手におしゃべりする早紀だったが一言も喋らなかった。
◇◇◇◇◇
「それで? どうしたの?」
ようやく片付いてダイニングテーブルの向かいに座る。ただ、何もしゃべらない上に顔を俯かせたままだったので、テーブルに上体を伏せてお道化たように彼女の顔を覗き見ると、ようやくこちらを見てくれた。
「――で? どしたの?」
「あのね…………ユウくんが私のご飯を食べてくれないの…………」
「病気? 好き嫌いとかじゃないよね、早紀は結婚する前から料理頑張ってたし」
ようやく口を開いてくれた早紀は、旦那の事を話し始めた。
早紀は旦那にベッタリ甘々なので愛称も甘ったるい。
「食べても、無理してるみたいで全部吐いちゃうの……」
「えっ、それってどこか悪いんじゃない? 病院で見てもらった方が――」
「どこも悪くないって本人は言うの。大丈夫だって」
「いや、でも勇一朗くん……無理矢理にでも連れてった方が良いよ」
「そうじゃないの。たぶん、私が原因な気がする……」
「何か思い当たることがあるの?」
「その……ちょっと昔のことを話したらね、途端にトイレに駆け込んで……」
「昔の事って?」
早紀は再び顔を俯かせ、話しあぐねているように見えた。
「……話の流れでね、前に付き合ってた彼氏のことを聞かれたの」
「あー」
要はあれか、昔の彼氏に嫉妬したか何かか?
「――んでも、初めてじゃないってわかったって言っても今更じゃない?」
「ん、それは最初に言ってあったよ。初めてじゃないけどいいですか?――って。彼、初めての相手が私って言ってたから」
「えっ、そうなんだ? 勇一朗くん? 意外! 大学の時、恋人は居たって聞いたけど」
「ユウくん、真面目だからウソじゃないと思う……」
じわりと涙を浮かべる早紀。
「別に疑ってるわけじゃないよ。でも納得してたなら今更だよね?」
「うん、だからわからなくて……」
じゃああれだ、相手に問題でもあったんだろう。
「で、その相手って? 勇一朗くんが気にするなら相手の問題でしょ?」
「あ、うん…………その、
「益川部長!…………って誰だっけ?」
「私の昔の上司……」
「えっ、あんた社内恋愛してたの? 上司ってどのくらい年上の人? まさか既婚者じゃないよね?」
「奥さんが居て、子供は私より十歳年上……」
「ええ!? あんたそんなオヤジ趣味なの!? てかそれだよ、原因!」
「でもでも、ユウくんとイイ感じになってきた頃にはちゃんとお別れしたんだよ? 付き合う前に」
彼女は女子短大を出て就職し、その益川部長にいろいろ助けてもらってる内に、何となく体の関係になってしまったという。短大出たばかりの右も左もわからない彼女は、スタイルもいいから狙われてたんだろうなとは思うけれど……。
「勇一朗くん真面目なのに不倫なんかしてたらそりゃ怒るよ」
「だって、あの頃はあれが大人の恋愛だと思ってたんだもん……」
「でも不倫はダメでしょ?」
「……あんまり考えたこと無かった……お付き合いとか初めてで……」
「いいようにオヤジに弄ばれたってワケか……」
「そんな言い方、ひどくない!?」
「でも実際、そうだったわけでしょ?」
「うう……ダメなのかなあ……ユウくんに嫌われたのかなあ……」
ぐすぐすと泣き始める早紀。その後、仕方がないので遅くなる前に早紀を家まで送っていくことにした。
◇◇◇◇◇
「早紀ちゃんが不倫!? それマジか!」
夕飯の後、健治に早紀の事を話した。
「昔の話よ、勇一朗くんと付き合う前の。付き合う前にちゃんと別れたって」
「いやマジかよ、あの早紀ちゃんがオッサンに抱かれてたとは……」
「変な想像しないの! それで勇一朗くんが食事もとれないほど吐いてって」
「そりゃあそうだろ。益川部長って確か勇一朗の上司でもあるだろ?」
「そうなの?」
「ああ。結婚式でもスピーチしてただろ。ぱっと見、優しそうなニコニコの面構えの」
「覚えてないけど、それだけにしてはずいぶんな言い様ね」
「いや、当時から俺はあのオッサン、胡散臭いヤツだとは思ってたんだよな。ただ、勇一朗は世話になったし尊敬してるって言ってたな。だから余計にだろう」
「余計にって?」
「わかんないか? 自分が敵わないような、しかも自分の親父以上の年上が早紀ちゃんの初めての相手なんだぞ? 勇一朗のプライドズタズタだろ。あのオッサン、分かっていて結婚式のスピーチなんて引き受けたんじゃないのか?」
「勇一朗くんのことを見下してるってこと?」
「なんなら――オレのお下がりを与えてやった――くらい考えてるまである」
健治の主張はなるほど、男の視点から見ればそうなのかもしれない。ただ、それを早紀が理解できるだろうか。
「健治、悪いんだけど――」
「ああ。今度、勇一朗と話してみるわ」
さすが健治、頼りになる――そう、この時は思っていたのだけれど……。
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