第69話
時刻は19時、金曜日にも関わらず早めに仕事が終わる。
「よし、帰るか」
誰に届けるでもなく小声で呟いて鞄を背負う。
「あれ、先輩早いですね」
隣の遠峰さんには聞こえていたみたいだ。ちょっと恥ずかしい。
「珍しく早めに上がれそうだから先帰るわ〜遠峰さんは?」
「いいですね!私はこの後学生時代の友達と飲み会があるので、少しだけ残ってから帰ります!私のことは置いて先輩は先に……」
「いや、突然戦場で動けなくなった人の物真似されても」
ノーコメントを貫いてひらひらと手を振りながらPCに向き合う遠峰さん。
入社して数ヶ月ですっかり総務課に馴染んでいる。自分の手を離れるのは嬉しいような寂しいような……いや、やっぱり嬉しいか。お茶目な後輩2人は手に負えんて。
会社の自動ドアを勇ましくくぐって夕方の街へ。せっかくだから1人でふらっと飲みに行くか。最寄り駅周辺とか開拓したい。
金曜夜の謎の無敵感を携えて、家へと向かう電車に乗る。
駅の改札を抜けて家とは逆方向へ。最初に目に入った暖簾をくぐる。
「いらっしゃいませ!」
太い声に迎えられたここは、串カツ居酒屋。
週末アフターファイブということもあって、店内は混みあっている。
「何名様ですか?」
「1人です!」
喧騒に負けないように声を張り上げる。
「現在大変混みあっておりまして、カウンターのご案内でもよろしいでしょうか」
「はい、大丈夫です!」
店員さんに案内されたのは奥のカウンター。
壁とテーブルの距離はぎりぎり1人座れる程度、カウンターから直接料理を受け取るからそこまで幅は要らないんだろう。
既に奥に座っている人がいる。こういう知らない人との邂逅も1人飲みならではだよな。
そんなことを考えながら席へ着くと、隣から肩をつつかれる。
「あれ、私酔ってるのかな……なんで先輩がここに?今日はベランダ飲みなしのはずじゃ」
顔をうっすら赤くした白帆がここにいた。
毎度毎度どうしてこうタイミング悪くこいつは俺の前に現れるんだ。
「いやお前こそなんでここにいるんだよ」
「そりゃ先輩から『1人飲みするから今日はベランダ行けなさそう』って連絡来たからむしゃくしゃして……金曜夜は私の時間なのに」
既にかなり酔っているのか、目がとろんとしている。
彼女の机には何枚もの重ねられた皿と10本程入った串入れ。もう飲みも終盤じゃねぇか。
ため息をつくより早く運ばれてくる生ビール、口をつけようとすると隣から手が出てきて阻まれる。
「乾杯もなしに飲み始めるなんて水臭いじゃないですか〜」
そう言うと彼女はいつもの通り、半ばまで減ったジョッキをこちらへ向ける。
違和感を覚えるのは彼女が右側にいるからだろうか。
せっかくの1人飲みが潰れたことは今は置いておいて、俺はしぶしぶジョッキを持ち上げた。
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