第35話
遠峰さんとお昼を食べに行った日から数日、俺たちはベランダで向かい合っていた。
やけに酒の量が多いな。
そう思ったのは少し前、目の手には無事できあがった白帆が腕をだらんと下げていた。
「だいたい先輩は遠峰ちゃんと一緒にいすぎなんですよ〜!」
両頬から鼻にかけて赤くなった白帆がだる絡みしてくる。
「まぁ、教育係だからな」
「ずーるーい〜!私のとこには来てくれないのに!」
「なんで用事もないのに行くんだよ、あと企画課ちょっと暑い」
あの人たち、熱気が凄いんだよなぁ。
リモートでも仕事できるはずなのに、いつ見ても全員いるし……。
おかげで申請に不備があったら直接目の前で修正してもらえるからありがたいんだが。
「いいんですか〜?このままだと私誰かに取られちゃいますよ〜?」
「まぁお年頃だもんな、お前」
うんうんと頷きながら銀色の缶に手を伸ばす。
薄い雲のベールを通り越してこんな郊外のマンションに届いた月の光は、普段よりも気持ち柔らかめで。
鈍く光った缶ビールはまだ冷たい。
半袖だと少し寒く感じるのは、秋に期待しすぎだろうか。
「そういう問題じゃないって言ってんのに」
「総務にまでよく噂回ってくるぞ。飲みに誘っても来てくれないって」
「私あんまり飲み会得意じゃないんですよね」
んなわけあるか。
シャツから覗く真っ白な肌が視線を奪う。まるで月みたいだ。
「今日はこの辺にしとくか?飲み会苦手な人に酒飲ませるのもなぁ」
「せんぱいとはいいんです!全く何言っても響かないなぁこの人は」
小さな声でぐちぐち言ってるが、どうせ俺の悪口だろう。
「これはいいんです。誘われて行って私を消費される飲み会じゃなくて生活なので」
「突然難しい話するじゃん」
「私こう見えてインテリなので」
白帆はメガネをくいっと上げるフリをする。
「それが一番頭悪そう」
「失礼な!……そういう大人数の飲み会って先輩は行くんですか?」
目を細めて、彼女はこちらを品定めするように視線を動かす。
時折全部見透かされた感じがするから苦手だ。
「誘われたらな」
「ふーーーん」
350ml分の重さはほとんどゼロに。
明日は金曜日、社畜最後の悪あがきができる日である。
嫌なことは来週に、嬉しいことは今週に。先延ばしは悪い大人の特権だ。
頭上に見えたはずの四角形は、おぼろげな雲に隠れている。
月はこんなに明るいのに。
「それなら私にも考えがあります!」
そう言うと彼女は、先程までの顔の赤みが嘘かのようにいつも通りの彼女は、窓の奥へと消えていった。
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