第1話 神崎佑李の場合
2023年1月9日。
大学二度目のインカレが終わり、自分の二十歳の誕生日からも二日が経った。
スマホのアラームに起こされてからすぐにクローゼットを開く。
時刻は午前十一時半、かなりの遅起きだ。
勉強机とは別にカバーが掛けられているけど、使う機会をうかがうようにミシンが鎮座している。
高校時代、フィギュアスケートである程度実力が出るまでは被服手芸部で活動していた。
いまでも自分の衣装のマイナーチェンジや後輩たちの衣装トラブル(ほつれや、スパンコールが取れた等)にだいたいしてみたりもしている。
「
「起きた、メシある?」
「あるわよ、今日は成人式ね。時間は把握してるよね」
「うん。先に着替えておくよ」
「そうしなさいね。それとヘアセットとかをしてね」
俺は顔を洗ってから先に着替えを行う。
前髪がかなりうっとうしくなっているので、試合後のバンケットとかでしている髪型にでもしてみることにした。
クローゼットから一つの衣装カバーを取り出して、それを壁のフックに引っ掛けてファスナーを開ける。
そこに現れたのは光沢感のある黒の三つ揃いのスーツ、スーツとは少し光沢感の違う黒いネクタイだ。
それとは別に昨日のうちにアイロンしておいた皺の無い黒いワイシャツを取り出す。
成人式――成人年齢が十八歳になった今年度から『
だいたいフィギュアスケートのバンケットに着て行くものとほぼ同じだ。
でも、少しだけ違うのが、ほとんどが地元にいるやつらがほとんどだってこと。
髪はある程度分けて、ワックスで固めるくらいにしておいた。
鏡に映る俺は少し別人に見えた。
少なくとも、中学の卒業アルバムよりは人相も丸くなっている気がする。
いじめから自分を守るために人と関わらないようにしていた。
つらい時期が長い分、かなり性格が変わっていたと思う。
それから解放されることになったのはお守りのブレスレットをくれた彼女のおかげだと思っている。
いまも試合のときにつけているお守りだし、心強いなと思う。
それはいま、勉強机の上にあるケースにアクセサリーと共に入れられている。
それを右手首、反対の手首にはじいちゃんから二十歳のお祝いに譲ってくれた腕時計をつけた。
腕時計は国内メーカーの良いやつだと聞いているけど、きちんとメンテナンスされているみたいで狂うことがない。
「佑李、もう行く時間じゃない?」
「まだ早いと思うけど」
「そう。あ、
弟の光輝とじいちゃんとばあちゃんが戻ってきたみたいだ。
中学三年生になって進路で忙しいので息抜きにちょっと出かけていたみたいで、とても楽しそうな姿をしているみたいだ。
俺の姿を見てスマホで写真を撮影しているのを見て、少し恥ずかしくなってしまう。
「兄ちゃん、かっけぇ!」
「照れるなぁ。というか、息抜きはできた?」
「うん。絶対に第一志望に行きたい」
「がんばれ、ときどき遊びに行こうぜ」
「うん! 今度スケートしてもいい?」
「教える」
「やったぁ!」
彼はいま東海林学館中学の医学部に行けるような特進コースに通っているけれど、国公立大学の進学率が高い都立高校への進学を希望している。
確か将来はスポーツ整形外科の医師になりたいと語っている。
光輝と会話をしてからコートを羽織ってピカピカに磨いた靴を履いて、市民会館へと歩いていくことにした。
意外と寒さはそんなにないけれど、別の緊張感が体にまとわりついている。
交流のある中学の同級生はほんの少しだけ。
あまり関わりたくないというか、遠ざけてたのを思い出す。
たぶんそれは変わっているかもと考えている。
市民会館には色とりどりの振袖を着た女子、黒や紺のスーツを着てる男子と袴の男女が一部でいる。
俺は市民会館の前にある看板の前で写真を撮る。
何となく自撮りするけど画角が何となく変なことになる。
一応、SNSに夕方くらいにあげるものの候補だ。
そのときに誰かが声をかけてきた。
大学生のような感じだ。
「
「え、
思い出したけど、とてもホッとできた。
それは一番仲の良かった同級生で、いまもメッセージのやり取りをしている。
とにかくあの頃は一人でいる者同士で意気投合したんだ。
いまは東京から離れて関西の大学に通っている。
「上遠野って名字変わったんだな。テレビで最近流れてるの見たけど」
「ああ。親が離婚して母の旧姓になったんだよ。弟も一緒に」
「納得したわ。いつの間にかオリンピックのメダリストになりやがって~」
「まだ順位は確定してないけど、一応団体戦は銅メダル」
なんとなくモヤモヤした気持ちがある。
暫定だけどオリンピックメダリストということは変わらないみたいだ。
「いやあ、人気だったな。お前」
「仕方ないよ。この髪型試合でもしてるから気づかれるって」
そこから成人式に行ってからはトラブルとかはなかった。
だいたい話かけられたり、サインしてほしいとか言われたくらいだ。
俺自身も外国の血を引いているから目立つことは仕方がないと考えている。
「それじゃあ、俺ここから予定あるから」
「また遊ぼうな」
「良いよ。連絡して」
そこから東原スケートセンターまで行くことにした。
三人の幼なじみと写真を撮ることになっている。
かつて
向こうは
「佑李! こっちこっち」
「お待たせ~、サインと写真撮影を頼まれた」
「さすがだよね」
手を振っていたのはダークネイビーのスーツを着た
あの三人の中で、みっちゃん以外は現役のフィギュアスケート選手だ。しかも、同じ四年に一度の大舞台に立ったメンバーでもある。
みっちゃんに関しては中一が終わったときに引退して、いまはスポーツ選手をサポートする管理栄養士を目指してるらしい。
「写真は頼まれるよな。俺と美樹ちゃんだった」
「そうだよね、みっちゃんは隠れてたし」
「一般人だから、避難してた」
「四人とも準備できたよ」
建物の入口で声をかけてくれたのはコーチの大西先生。
「みっちゃんはインカレ、美樹ちゃんと蒼生は全日本以来やね」
「先生久しぶり~」
「お久しぶりです」
振袖とスーツ姿の男女四人は目立つのでリンクの建物のなかへ入った。
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