第15話 薔薇騎士の最後の贈り物

 明後日、ツェーザルの婚礼が行われる予定だ。朝から使用人たちは忙しく当日の準備を始めて、国民も地方からたくさん見物に集まって来ているらしい。


 アロイスが元気になったので、ガブリエラはヴェンデルガルトに嫌がらせをする機会がなくなった。それよりも、次第に自分の婚礼に関心が向いたようだ。アロイスに執着した素振りをしていたのは、やはり幼いころから決められていたツェーザルとの婚約が原因だったようだ。ツェーザルの事も嫌いではない、ただ彼女は自分の意志で結婚する相手を見つけたアロイスとヴェンデルガルトに、妬いていただけなのかもしれなかった。

 ガブリエラとツェーザルが婚礼の衣装などを選ぶのに忙しいとき、バルシュミーデ皇国から使者が来た。忙しいツェーザルに代わり、アロイスが対応した。使者は長い時間をかけてバーチュ王国に来たが、「ヴェンデルガルト様に」と、手紙と箱を残してすぐに国へと戻った。ヴェンデルガルトが挨拶に来るのを待つこともなかった。


 バルシュミーデ皇国に、嫌われてしまったのだろうか……そう悩むヴェンデルガルトに、アロイスはその手紙と箱を渡した。「決してヴェンデルガルト様以外は開けないでください」と念押しをされていたので、バルシュミーデ皇国を信頼しているアロイスは、そのまま彼女に渡した。


「ジークハルト様からの手紙だわ」

 バルシュミーデ皇国を懐かしむために、ビルギットは北の葉でお茶を淹れた。ヴェンデルガルトが好きな、ローズティーだ。


『ヴェンデルガルト、元気に過ごしているだろうか。実は、俺は第三皇子である弟に王位継承権を譲ることにした。そして、ランドルフ、ギルベルト、カール、イザーク。薔薇騎士団の団長たちと旅に出ることにした。主に、西を巡ろうと思っている』


 手紙には、ヴェンデルガルト達が想像しないことが書かれている。「え!?」と、ロルフも困惑していた。なぜかカリーナは、神妙な顔をしている。


『彼らの後も、適任の者が次の団長に着いた。俺たちは、今のところ君以外の人と結婚する気はない。いや、君を忘れることができないため結婚相手に悲しい思いをさせるだろう。そんなことは、騎士としてあるまじき行為だと思う。だが俺たちが結婚しなければ、国に迷惑がかかる。それに君を送り出したとき、俺たちも君と同じように広い世界を見たいと思った。世界にはどんなことがあるのか、知りたいと夢が広がった。五人で旅をして、この世界を知ろうと思っている。もしかすると、見知らぬ地で恋をするかもしれない。可能性は、無限だ。だけど、忘れないでほしい。世界のどこにいても、俺たちは君の幸せを願っている。君を愛したことを後悔していない。君が俺たちを呼ぶなら、いつでも駆けつける。最後に――俺たちが話し合って決めた、贈り物を君に。これを着て、君はアロイス王子の隣で幸せに生きてくれ。愛しているよ、ヴェンデルガルト。五人の薔薇騎士は、君を生涯愛している』


 ヴェンデルガルトは、箱を開けた。中には、純白のドレスが入っていた。レースや刺しゅう、小さな宝石で飾られたドレスとベール。五色の宝石で飾られたティアラが光って、ヴェンデルガルトの瞳に眩しく映る。


「旅をしているのに、どうやって駆けつけるのですか……」

 ビルギットは、優しい顔でウエディングドレスを手にしたまま動かないヴェンデルガルトの背中を、優しく撫でた。自分が、五人を――バルシュミーデ皇国の重要な騎士の運命を変えてしまった。その責任を、重く受け止めていた。

「ヴェンデルガルト様。ご自分を責めてはいけません」

 そう声にしたのは、カリーナだった。彼女は普段はマイペースだったが、時折冷静な判断をしている。クラーラを助けた時など、まさにメイドの鏡のような振る舞いだった。

「薔薇騎士団たちも、自由になれたのです。これから人の目を気にして、我慢ばかりしなくていいのです。知らない土地で、きっと楽しく暮らすはずですよ。それを、祝ってください。ヴェンデルガルト様のお陰で、ジークハルト様たちはもっと素敵な殿方になるのですよ!」

 カリーナはそう言って、ヴェンデルガルトを抱き締めた。カリーナがこうやって友人のようにヴェンデルガルトを抱き締めたのは、初めてのことだった。


 カリーナに抱き締められたヴェンデルガルトは、次第にこわばった体から力が抜けていくのを感じた。ぎゅっとカリーナを抱き返して、ヴェンデルガルトは頷いた。

「そうね……そうね、私もそう思うわ。五人で、楽しく過ごすはずよね。私たちも、薔薇騎士団長達に負けないくらい、幸せになりましょうね!」

 ビルギットとロルフが顔を見合わせて、小さく笑った。カリーナとヴェンデルガルトも、微笑んでいた。


 そんな四人がいるヴェンデルガルトの部屋を、誰かがノックした。

「ビルギット、何かのお菓子が焼けたと厨房から言われたんだが」

「まあ、大変! ありがとうございます、アロイス様!」

 入ってきたのは、アロイスだった。王子に伝言を願うのが気にならないほど、城中は忙しかった。ヴェンデルガルトとカリーナは、慌てて厨房に向かった。

「――ああ、届いたのか。間に合ってよかった」

 ヴェンデルガルトが手にしているドレスを見て、アロイスは微笑んだ。まるで、ウエディングドレスが届くのを知っていたかのように。

「これが届くことを、アロイス様はご存じだったのですか?」

 ロルフの問いに、アロイスは頷いた。

「お前たちと一緒に来た、テオが俺に手紙を渡してくれた。魔獣なのに、頭がいい。ジークハルト皇子からの手紙が、首輪に挟まっていたんだ」

 カリーナがテオに乗ったりしていたが、気付かなかったようだ。


「明後日の兄上の婚礼――俺とヴェンデルも、一緒に行うことになった。ガブリエラの提案らしい。今までの謝罪と、これから国を一緒に守っていくために、そう言っていた」


「明後日!?」

 驚いた声を上げるヴェンデルガルトとロルフだったが、ちょうど部屋に入ってきたビルギットとカリーナも驚いた顔になる。手には、昨日市場で手に入れたガヌレで作ったガヌレットの皿があった。

 

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