第11話 ルードルフ

 アロイスは、二日ほど体調がベッドから起き上がれなかった。めまいがするらしい。ヴェンデルガルトが何度か見舞いに訪れたのだが、ガブリエラがアロイスの元に来ると部屋から出るように言われた。ガブリエラがヴェンデルガルトを追い出そうとするとき、アロイスは何度かガブリエラがヴェンデルガルトに対して邪険な態度をすることを、苦しい中止めようとした。だが、ガブリエラは気が強いのか、アロイスの言葉を無視してヴェンデルガルトを追い出す。婚礼の日程調整や王に代わっての雑務で忙しいツェーザルは、何度かガブリエラに注意したが彼女を止める余裕がないようだ。


 せっかく目を覚ましたアロイスと南の国で仲良く生活できると思っていたため、落ち込んでいたヴェンデルガルトは、すっかり落ち込んでいた。今日、彼女に「あなたは不要だから、国に帰りなさい」と言われ、ショックを受けて部屋で泣いてしまった。

「許せません、ヴェンデルガルト様が不憫です」

 その様子を見ていたビルギットは、唇を噛みしめて悔しそうだった。カリーナも怒っているようだった。

「ツェーザル王子にも失礼ですよね。ジークハルト様を愛していたのに愛人を作ったフロレンツィア様みたいに、また勝手な女の登場です私、ルードルフ様にお願いしましょうか?」

 さすがに兄の言葉ならいう事を聞くだろう、そう思ったようだ。しかし、ロルフは首を横に振った。

「なんでも、ガブリエラ様とルードルフ様は母親違いの兄妹らしい。彼女の母の方が王族と近いらしく、兄すら軽蔑の対象らしいよ。アロイス王子の体調が良くなれば、ヴェンデルガルト様を守ってくれるだろう。俺たちで、もう少しヴェンデルガルト様を慰めよう」

 そう言って、ロルフはヴェンデルガルトの部屋をノックした。

「失礼します。ヴェンデルガルト様、街に行きませんか?」

「――街へ?」

 慌てて涙を拭ったらしいヴェンデルガルトの金色の目元は、赤くなっていた。それを見て、ビルギットは自分の主であるヴェンデルガルトにひどい仕打ちをするガブリエラに、憎しみを抱いた。こんなことになる前にジークハルト様の求婚を受け入れるべきだったと思っていた。ヴェンデルガルトは王女の身であり、ジークハルトはバルシュミーデ皇国の第一王子だ。また更にジークハルトは真面目で誠実で、国を出る時も深くヴェンデルガルトの事を想っていた。二百年前の王族と今の皇族が一緒になれば、ヴェンデルガルトにとっても幸せになるだろうと思った。慣れない南の国に来て、ヴェンデルガルトが軽んじられることをビルギットは何よりも悔しく思っていた。

「ビルギット? 怖い顔をしているわ――街に行ってはダメなの?」

 ヴェンデルガルトの言葉に、ビルギットは驚いた表情になり「とんでもございません! 行きましょう」と返した。ビルギットとアロイスは、出会い方が悪かったせいもある。


「ロルフ、ヴェンデルガルト様は行くと?」

 開けたままだったドアを一応ノックして、顔を見せたのは噂の片方であるルードルフだった。

「俺、ルードルフ様と知り合いになったんですよ。街を案内してくれるそうです」

「俺は王族でもないし、様はいらないよ。それとも、俺の部隊に入りたいのか?」

 ルードルフは笑って、ロルフの肩を抱いた。ロルフがこんなにも仲良くしている誰かを、ヴェンデルガルト達は見たことがなかった。少し驚いたように、二人を眺める。

「今は、ジャスミンが綺麗に咲いていますよ。良い香りの花なので、ヴェンデルガルト様が気に入ってくださるといいのですが」


 ルードルフは、彼なりに妹がヴェンデルガルトを傷付けていることを知って、どうにか慰めたいと思っていたようだ。

「お花も見たいですが、お菓子も持ってお茶をしませんか!?」

 カリーナが、その言葉に手を上げて提案をした。そう言えば、ここに来てもビルギット達は南の国のお茶を飲む機会がなかった。勝手が分からずに、バルシュミーデ皇国から持ってきたお茶を飲んでいた。

「なら少し荷物になりますが、チャッツとラルラの蒸しケーキを持っていきましょう。露店のものをヴェンデルガルト様に食べて頂くのは申し訳ない」

「いえ、大丈夫です。私、露店大好きですよ? バルシュミーデ皇国でも、街で露店のものを買っていました」

 ヴェンデルガルトの言葉は、ルードルフには意外だったようだ。王族は、城のものしか口にしない。今は第二王子となったアロイスは兵団の長のため、長い旅にも出ることがあるので兵士たちと同じものを口にする。しかし旅の間だけだ。王族とは自分たちとは何かが違う、そう思っていたのだがヴェンデルガルトの言葉は、今までの王族の印象がある意味良い方に裏切られた。

「ヴェンデルガルト様は、露店の串焼きお好きですものね」

「甘いものもお好きよ?」

「お茶も好きですよね」

 彼女に付き添っている三人も、当然のようにそう言った。


 やはり、彼女にはアロイス様の妃になって頂かなければならない。多分、ガブリエラ第一王子の妃は国民に好かれない。それでは、王族が国民に好ましく思われなくなる。先の戦で女神と称えられたヴェンデルガルトがアロイスの妃になってくれるなら、きっと国は大丈夫だ。

「では、俺のおすすめの露店で買いましょう。ヴェンデルガルト様は、以前滞在していたにもかかわらず、外に出られなかった事もありここの街をよくご覧になっていませんよね? この国を、よく知ってください」

 ルードルフに促され、ヴェンデルガルトはようやく笑顔を見せた。それに、三人はほっとした。使用人に「街を散策してくる」と伝え、ツェーザル王子に伝えるように頼んで、五人は街に出た。

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