解説3




 前回のトーク履歴3でのビデオ通話の後、記事中でベッショと呼ばれていた女性が死亡した。


 解説2の最後以降のできごとを時系列順に整理すると、動画の制作担当者の遺体発見→関係者の音信不通・死亡確認→撮影の停滞→ベッショの死亡となる。


 制作担当者の遺体は記事(3of4)にあった通り、神奈川県の郊外で見つかった。わずかな報道では病死とされ、遺族に聞いても事件性は無いと言われてすぐ帰されてしまったという。ただ多量の出血の形跡はあり、動画であったようなことが彼に起きたのは事実だと推測された。制作担当者は所謂“ヤンチャ”な性格で遺族と疎遠だったこともあり、警察の介入を避けたかった他の制作者達も含め、彼の死因について追及するものはいなかった。


 ベッショの遺体はもっと異様な状態で発見された。全身のパーツがバラバラになっており、遺族の話によると「爆死したみたいな、解体されたマグロみたいな」様子だったらしい。発見場所が道路沿いだったこともあり警察には事故死として処理され、迅速に荼毘に付された。あまりに無残な死に様に遺族が精神の不調をきたしたので葬式は開かれず、記事での遺影は実際には画像加工で作られたものである。


 早期に記事の制作から降りた者達についても、末路はことごとく悲惨だった。


 初めに記事(1of4)での出演者達から異常が報告される。シコ猿やオタクから制作者の一人へ「誰かから女の子が出しちゃいけない声.zipが送られてきた」と連絡が来た。彼らの元に送られてきたのは、例の動画制作担当者が死亡する様子が撮影された動画だった。


 不審に思った制作者がサークルの関係者全員に確認を取ったところ、連絡の返ってきた全員の元に動画が送られていた。


 ファイルをLINEやメールで送ってきたアカウントの正体は不明。だが当然、制作者達が疑われる。この際、動画の制作担当者が本当に死んだことも関係者達の知るところとなり、物議を醸した。


 しかし、それも束の間のことに過ぎない。一日と経たずして、関係者達からの返事が途絶え始めた。


 連絡の取れない者のうち、住所が明らかになっている三名について制作者達が直接訪問して安否確認が行われる。


 結果、一人について死亡が確認された。訪問時、ちょうど遺族と警察が部屋に詰めており、遠巻きに観察していた近隣住民の噂話では、急病で緊急搬送の後事切れたという。


 残り二名のうち、一名については完全に不明。灯りがついていた為、インターフォンやノックで応答を試みたが、何の反応も無かった。玄関を観察すると、鳥の羽が散らばっていた。


 最後の一名のアパートへの経路では、電線や石垣などに鳥が多く止まっていた。カラスやハトなどのそれらに何らかの意志があるようには見なかったが、アパートに近づくにつれ数を増やしていく。最終的に、該当の部屋に続く階段を上っている時、その部屋のドアが少し開いているのが見え、そのドアのノブに白い、長い、髪のようなものが何本か巻き付いているのが見えた為、安否確認はそこで中止となった。




 ベッショの死亡後、記事は撮影しながら執筆も並行して行うことになった。


 マナの指示である。


「みんな死んだら記事にできないからね」


 トゲトゲの頭髪を揺らして、マスクの奥から鈴のような声で笑っていた。鮮烈な色の服の下の薄い体は、こんな状況になっても不思議なほど穏やかに弛緩している。


 記事の制作者達はあの女の言葉をもう素直に信じていた。


 女の子が出しちゃいけない声を聞いた者は死ぬ。


 制作者達が全員死んで、この記事は終わり。


 ジャンルで言うとファウンド・フッテージになるのだろうか。確かにそれは最初から企画されていたものだった。


 だが、もちろんそれはそういう企画に過ぎず、誰も死ぬはずのないものだった。


 そもそも『女の子が出しちゃいけない声を聞いたら死ぬ』なんて話も存在しない。


 この記事には元ネタがある。2ch(現5ch。巨大匿名掲示板)に投稿された『Winnyで「カレーの素材.zip」というファイルを落とした』というスレッドだ。出だしはスレッドタイトルから始まる通りで、当時全盛だったWinnyでのファイル共有という卑近な題材から予想もつかない展開が繰り広げられる、小品ながら魅力的な一作であり、この記事のほとんどのアイデアはその借用に過ぎない。


 借り物のネタに、下世話なテーマ。嘘八百の、どうでもいいインターネットの怪談の一つになるだけのはずだった。制作者達も心の中ではそう思っていた。


 だが、マナが現れてからすべてが変わった。


 制作者とその関係者達は次々と死んでいく。


 この嘘八百のモキュメンタリーを作る為に、嘘の為に、本当に。


 マナと残った制作者達は、黙々と撮影をし、記事を書きながら最後の日々を過ごした。


 時間はあまり残されていない、とマナは急かす。これほど人が死に、行方不明になればさすがにオオゴトになってしまうかもしれないし、完成する前に制作者が全滅がするかもしれない、と。制作者達はマナをなだめつつ、焦りながらも作業を続けた。


 やがて六月の後半に入った頃だったか、制作者達の身辺に細やかな変化が訪れる。






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