アンナとアリサと古い遊び(2)
私たちの間をより強固にするために、何年かしたら養子も迎えたい。
私たちの法的な子供となる存在を。
医学を広める「後継者に」とでも説明しよう。
すでにオリビエに依頼し、ヤマモトさんが帰ってきて設立する医院の名前も「リム・アンナ医院」とした。
これなら、私以外の女があの人の横に入る余地はない。
それにあの人の世界の文化も学び始めている。
次にライムが来たときに、今度こそ私もあの人の世界に連れていってもらえないか相談するのだ。
しかも定期的に。
万一にでも向こうで他の女に目移りされないように、私の存在を定期的に刻んでもらいたい。
叶うなら二月に一度くらい、長く滞在できれば……いや、毎月。
そもそも婚約者なのだから当然の権利ではないか?
「叶うなら」などと卑屈になる必要すらない。
ライムはヤマモトさんの後見人として、むしろ私を連れて行く義務があるくらいだ。
会うたびに提案してるのに、何故か毎回はぐらかされる。
一体何を考えて……
まあいい。
ヤマモトさんと契りを結んだら、理由をつけてライムとも距離を置いて頂こう。
あの子についてはまさかとは思うけど、念には念と言うこともあるし。
異世界に不安が無いといえば嘘になるが、あの人がこちらに来て順応できたなら、逆も可能だろう。
あの人と離れ、顔を見れず抱きしめて頂く事も叶わない拷問のような日々に比べれば、異世界での月に数日の生活などおままごとだ。
エルジア先生や、社交場での殿方のご評価によると今の私は客観的に見て美人の部類らしい。
しかも上位の。
ライムに見せてもらった限り、ヤマモトさんのいる「異世界」に住む女たちのレベルには正直負ける気はしない。
だが会えない時間は馬鹿に出来ない。
ヤマモトさんはお優しいから、害虫を払いのけられずに刺されかねない。
私が払って差し上げねば。
それもあって剣の鍛錬などによって、無骨になりたくないのだ。
貴婦人のように可憐で儚げで。
そして高度な知性を。
そのために舞踏やテーブルマナーも学んでいる。
あの人は私の全てだ。
そのために医学を修得する。
山本りむの隣に二度と私以外の女を立たせない。
先生であっても。
先生。
もう山本りむにはあなたは必要ないんです。
私さえ居れば。
あなたはどうか新しい居場所を、ヤマモトさんと私の視界の外で見つけてください。
そのためであれば、いかようにも資金援助をしますので。
「どうした、アンナ。そんなに腹が減ってるのか?」
先生の声でハッと我に返った私は慌てて笑顔を作った。
しまった……
「怖い顔をして……せっかくの可愛い顔が台無しだ。リムちゃんが帰ってきてその歪んだ表情を見てみろ。百年の恋も冷めるぞ」
その言葉に、自分の邪な考えを見透かされたように感じ、顔がカッと熱くなった。
「ヤマモトさんは……関係ありません」
「そうだな。お前は『自分のために』医学を学んでいるのだからな。舞踏もテーブルマナーも。その美しく塗った爪やカールのかかった長い髪もそのためだろ? お前の『鍛錬』に対する失言だったな。済まない」
「……何が言いたいのですか? 理由も無く他者を貶めるような言動、先生らしくも無い」
「誤解させたならすまない。私はただ旧交を暖めに来ただけだ」
「そうですか。ですが先生はこの後も用事があるのでしょう? 私も午前午後とエルジア先生と共に学ばねばなりません。それに夜は先生のお言葉を借りるなら『鍛錬』のための舞踏のレッスンも。本当に残念ですが、またいつの日かお会いした時にでも……」
「アンナ、懐かしい遊びをしないか」
「……は?」
「覚えてるか? お前が私の道場に居た頃。私とお前やオリビエ、他の弟子たちも交えて良くやった。ほら、あれだ。『三本勝負』」
三本勝負。
すぐに思い出した。
普段の訓練の息抜きとも言える、ウォーミングアップやクールダウンを兼ねたお遊び。
双方に部分的な防具を当て、そこに三色の異なる色を含んだ袋を着ける。
お互いに木刀で防具に付けた袋を狙い、先に相手の袋を全て破裂させた者が勝者。
色を含んでいるため、木刀がその色に染まるからすぐに勝敗は分かる。
そして勝った方は……
「負けた方に一つだけ要求を言う。敗者は命や健康や財産、名誉を損ねる内容以外は聞かないといけない」
「その通りだ。お前、あの遊びはめっぽう強かったな」
「あれは……先生が明らかに手を抜いておられたせいです」
「当然だ。師匠が本気を出して、弟子を痛めつけたら遊びにならんだろ? だが、今思えばそれこそ失礼だったな。お前は天才だった。私たちが本気でやり合ったら勝負は分からなかった。そんな相手に……すまなかったな」
「そんな事はどうでも……ですが、なぜ今更その話を?」
俯いて話す自分の声が微かに震えているのが分かる。
ああ、この場を早く打ち切りたい。
先生は……どんな表情をしているの?
先生の声が私の耳に飛び込んでくる。
「明日、良ければその遊びをしないか? 久々に」
「明……日?」
私はギョッとしたように顔を上げる。
そんな私に先生はニヤリと笑いながら言った。
「そう、明日だ。勝った方は……こう命令できる。『山本りむの前に二度と現れない事』どうだ、中々刺激的だろう?」
私は呆然としながら先生の言葉を聞いた。
そして、少しして……笑った。
「どうした、アンナ? そんなに楽しそうか?」
「先生……諸国を旅する中で、ジョークも覚えられたのですね。一番笑えてしまったかも。あの……そんな条件の元の勝負、私が受けると思いますか? そしてヤマモトさんも納得しません。あの方は私との婚礼を待ちわびてくださってるのですよ。さ、冗談はこのくらいにして、良かったらご一緒に朝食でも。最近、隣国からの良いお茶が入ったんです。パンを浸して食べると……」
「『リム・アンナ医院』オリビエへの働きかけが実ったようで何よりだな。そして、医学の粗製濫造を防ぐために、との『建前』で他の医院の立ち上げをリム・アンナ医院立ち上げ以降五年間は禁ずるとの法律を、オリビエの側近に対しエルジアを通して働きかけた。これで独占完了だな。オリビエが信頼する側近、そしてお前の働きかけによって成立した。だが、その後側近の名前が医院の共同運営者の最有力候補者として記載され、そいつの経済状態が見て分かるほどに好転した。オリビエは王宮の者たちに過剰な贅沢を禁じているにもかかわらず」
瞬間、目の前がグニャリとゆがんだ。
先生の言葉が続く。
「担当する大臣とエルジアの関係。そこに関わるアンナ・ターニアの存在。それらを示す極秘の書状と金の動きを記した帳簿。大した物だ。オリビエの目を欺き、よくぞここまで……お前の隠された才能に元、師匠として嬉しくてならん」
「先生……なぜ」
「私の父が何の組織に所属していたか。一緒に旅をしていたのに、覚えてないのか? 後、リーゼも良く協力してくれた」
「お父上……リーゼ……」
「なぜリーゼも協力したのか? それはお前が一番理解できているだろう。これらの事実、オリビエにどう説明する? 何より……リムちゃんに」
「先生……それだけは……」
足が震える。
立って居られなくなり、思わずその場にへたり込んだ。
ヤマモトさんの顔が……目に浮かんだ。
最愛の……人。
そんな私の目に先生の足が見える。
頭上から先生の冷ややかな声が聞こえる。
「この勝負、受けるな?」
「先生……ご希望を……おいくら……」
「受けるか、と聞いている」
私は力なく頷くしか無かった。
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