一人、黄泉路へ向かう
染井雪乃
一日目 僕はとうに知っている
どうにも、「無知の知」なる言葉が頭から離れない。
それは今に始まったことではないんだけど、こうも毎日のように意識させられるとこちらも気が滅入る。
僕は不治の病を患っている。
しかし、周囲の誰も――両親から学校の教師、主治医に至るまで――、僕にそれを伝えはしない。
僕を労り、危険から遠ざけるその所作が、僕だけに妙に甘い課題設定が、何かを物語っていることに気づきもしない大人たち。
もう中学生なのだけど。
学校に行けば気づくに決まっているじゃないか。他の子どもは、僕ほど頻繁には病院に行ってなくて、激しい運動も問題なくできるって事実くらい、必死に交流しなくてもわかる。
大人たちは僕を見くびって、病名を知らせなければいいと思っているらしい。
あまりにも見当違いなその発想に、怒る気すら起きない。
ここまで書いて、僕は気づく。
とっくの昔に、僕は周りにいる人間のほとんどを見限っていた。
気まずそうに目を逸らす母のことも、僕を視界に入れまいとする父のことも、何も知らないけれど純粋に僕を心配する弟のことも、担任教師も。
主治医は、わからない。
僕が未成年だから、親の顔色を伺わなければいけない部分もあるだろうし、勧めてくれる本はいつもおもしろい。その意味で、主治医は唯一少しでも好ましく思う相手、なのだろう。
今日の通院では検査も多くて疲れ果てて、家族と食卓を囲めないと母に伝えた。
後ろで明らかにほっとした父と、一瞬の悲しげな表情から切り替わって、温和に「部屋に持っていくわね」と告げる母。
そして、僕はベッドの上で食事をしている。
今日は賞味期限の近いちらし寿司の素を使って、ちらし寿司にしたと聞こえてきた。
ゆっくり、ゆっくりと食事を口に運ぶ。
早食いは、よくない。
幼い頃主治医に言われたことを、律儀に守っている。
医師の言葉は、僕にとって命綱だ。守らなければ、あっという間に奈落へまっさかさま。
それが僕の現状なのだ。
大好きなものを食べるときでさえ、冷静さがいる。
それでいて、「いつか治る」なんてまやかしを聞かせ続けることのどこが、僕をなめていないといえるんだか。
そうやって、相手を見下しつつ、そんな相手に縋らないと生きていけない自分の弱さが、一番嫌になる。
早く、一人で立ちたい。
自分の意志でどこへでも行って、自分の人生を生きて、満足して死にたい。
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