僕は天使の化石を持っているから
悪本不真面目(アクモトフマジメ)
第1話
「宇治くんって生きることに必死すぎるよね。」
僕はこのバイトを辞めるだろう。すごく恥ずかしかった。だって必死って必ず死ぬと書くんだから生きることと真逆じゃないか。帰りの電車で頭に靄がかかる。この車内で何か叫びたい気分だ。言語化されてない僕だけの信号を送りたい。どうしてこうなのだろうか。なんでみんなのようにスムーズに、みんなもそんなにスムーズにいってないというが、僕は多い気がする。少なくとも入ったばっか、二日目のバイトでこんなこと言われるのは僕ぐらいじゃないだろうか。たとえ思ったとしても普通言わないんじゃないだろうか。
「それでね私こう言ったんだよ。」
「ねぇママ、外が真っ暗になったよ。」
「地下鉄に入ったのよ。」
「なんか最近オススメの漫画ないの?」
この日じゃなければそんなに気にならない声。だけど今は不愉快で、うるさく聞こえる。耳障りで仕方がない。ぶん殴って五月蠅い声で「黙れ」と言ってやりたい気分だ。この衝動は日に日に強くなっていくように思え、いつかするんじゃないかと心配だ。僕は拳になった手を上着のポッケに入れた。
ごそごそと手を動かすと、固いものが入っていた。思い出した。僕にはこれを持っていたんだ。自称冒険家の祖父からもらった天使の化石。信じているとか信じてないとかそうじゃない。もらった僕は雑に着ていた上着のポッケに入れたいたんだ。僕はこれを都合のいいものと解釈した。今ここで小説のネタにならないような話をしているつまらない人間を見下せるアイテム。優越だ。今まさか僕がポッケの中で天使の化石を触っているとは誰も思わない。おかしい。おかしくて笑いそうだよ。
天使の化石を指でなぞっていくと、ざらついているところがある。おそらく羽の部分だろう。僕は昔から天使が好きだった。美しく輝いていて温かい微笑んだ姿をよく想像して絵を描いていた。石はつめたいんだろが、僕にとってこの天使の化石はあたたかいものだった。誰ももっていない。少なくともこの車内では僕一人だ。この時点で僕は全てにおいて勝っていると思った。それは僕の価値観だけの話ではある。実際は年収だったり、人望だったり才能だったりなんだろうが、そんなものなんて小さいんだろか。社会なんて、本当にくだらない。僕は天使の化石を持っているんだから。
最寄りの駅へつき普通に帰るだけだった。時刻は十五時、日が明るい。人通りもあまりなくスムーズに誰ともぶつかることなく帰れそうと思ったら、フラフラして千鳥足のおっさんが歩いてくる。よけようとしても、そこに合わせてふらふらして、とにかくこのおっさんと関わりたくなかった僕は素早く通ろうとしたが、ひっぱられるようにおっさんも同じ方向へふらつき、ぶつかってしまった。普段なら謝っているが、どうも謝る気が一ミリも湧いてこず、そのまま黙って通ろうとした。
「おい待たんかい、何もないんかい!!」
おぼつかない足でぶつかったおじさんは尻もちをついていた。起き上がり、僕の方を振り返り片目でにらみつける。その目つきはいくつかの修羅場をくぐってきたような、僕がいたこともない世界にいた人の目をしていた。僕は黙っていた。おっさんは僕の方へ近づき肩を強く握る。痛い。力が尋常じゃない。アルコールの力でこんなことにはならないだろう。右肩をギュウっと強く握ったおじさんは僕を軽く押し、僕も尻もちをついた。右肩が痛すぎて左手で僕はおさえ、右手を伸ばすのは痛いがポッケに手をつっこんでいた。
なんともならないが僕は天使の化石を触りたかった。あのざらざらした羽の部分を指でなぞりたかった。おじさんは僕を見おろしている。僕の胸倉をつかみ、殴ろうとする。僕は天使の化石を触っている、どうにもならないが、これで痛みが和らぐとは思いにくいが、今の僕はこれが最善だと思った。おっさんは僕がポッケに手を突っ込んでいるのが気に食わない様子で、僕の右手をポッケから外そうと手をひっぱる。もちろん僕はそれを全力でこばむ。僕は力強く天使の化石を握った。石なので痛いがその分の価値があると僕は思った。しかし、おっさんお力は強く、右肩の痛みがあってか、僕の手はポッケから出て、天使の化石がポロっと落ちてしまった。
「なんだこれ?」
おじさんにとっては石にしか見えないんだろう。おじさんはコイツのせいかと言わんばかりに踏んだ。そして、僕の掌は血が出ていたのに、あっさりと割れた。その時僕の中に何かねっとりしたどす黒いものが入り込んだのを感じた。僕はこれを闇と解釈した。僕は背後からおっさんの頭を蹴った。そして唖然としているおっさんを何度も何度も蹴り続けた。おっさんは謝っていたようだったが知らない。悪魔になった僕には関係がなかった。
僕は天使の化石を持っているから 悪本不真面目(アクモトフマジメ) @saikindou0615
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