幕間1 復興
魔生暦7594年
人類が魔族から無事に皇帝を、『伝承』を取り戻してから早10年。表の世界情勢は目まぐるしい変化を遂げていた。第30代皇帝であるヘクター帝はすぐさま衰退寸前で在った帝都を復興させる。およそ300年という長い月日からの皇帝凱旋という事もあり、その数年の帝国の熱狂ぶりは世界中が震撼するとまで言われていた。そうした中、かつて支配下にあった国々をほぼ一つにまとめ上げ、帝位を得て10年後の今日、ヘクター帝は崩御する事無くその帝位を譲り、表舞台から姿を消した。
だが、全てがうまくいった訳でも無い。
皇帝復活により、人類は今以上に力を増そうとしている。これにより、魔族領の方でも本格的に人類と向かい合わなければならなくなり、現在は大小なれど大きな戦がどこかしらで起き続けている。さらに、親人派であったマーチル・ホーンが敗れ去った事により、表向きの人魔外交は破綻し親魔族派だった者達は無し崩れに失脚、および追放され、今は双方ともに敵対、交戦状態の最中にある。
以上の事により、皇帝復活はより一層の血を流す結果へと繋がったと言えなくも無い。
そして、その勢力は以前として魔族側が圧倒的に有利であり、侵略を受ける人類側には今でも多大な被害が出ていると聞く。そうなれば、何もかも失った者達からは・・・
皇帝さえ復活しなければ・・・
などと口にするものも少なくはない。
輝かしく、目覚ましい発展を遂げているのは帝国の中枢のみであり、今だかって前線近くで魔族に怯える人々からすれば皇帝復活した事による魔族の活発化は脅威でしかなかった。
人類代表とも言える皇帝。
これより先こそ、その真価が問われる時である。
ーーーーーーーーーーーー
―帝都探索
あやつが人の駒を進めた後の10年、今や帝国を中心にこの世界の均衡が大きく変わり始めようとしている。帝都は前例に無い程の盛況を誇り、人も物も活気に溢れ満ちている。
人は勝手に生きて勝手に死ぬ
もう誰に言われたのかすら分からないそんな言葉を思い出す。誰もが何処かで豊かさを渇望している中で、与えられた安寧に捕らわれない自由を求めている。この世界でどの種族が最後の残っていようが『調停者』たるものは見守り続ける。それが自然の摂理であり、世の理なのだ。
「おぅ、親父。一杯くれ」
「へぇ、旦那。相変わらずこんな真昼間から変わらないね」
「言うなよ、もう俺は肩の荷を下ろした身だ。せめてこうして楽に酒を飲むぐらいの余生ぐらい残したって文句はねぇだろ」
「・・・へっ・・・いや旦那、貴方まだ50代じゃないですか」
「ああ、いやー長かったぜこの数十年。毎日毎日寝る暇も無く、国の為にあれやこれや・・・はぁ・・・全く皇帝なんかならない方が幸せだったのかもな」
「・・・今のは聞かなかった事に致します」
粗相の悪そうな男が昼間から酒を豪快に飲み始めている。彼こそが長年不在であった皇帝に君臨した男、第30代皇帝ヘクターである。この数十年で瓦解していた帝国の支配下を全て復興させ、今や人類は対魔族に対する戦略を日々練りつつも前線で大いにその力を奮う真っ只中と聞く。対する魔族側はスラプサウズを筆頭に対人軍を結成、双方が緩衝地帯を超えて激戦を繰り広げる日々が続いている。
ようやく人の心に火がつき、それによって魔族が動き始める。
地上は今、戦乱の世へになったのだ。
「・・・だが、これで本当に良かったのかな」
「・・・・」
「皇帝は確かに復活し、帝国はかつて以上に力を伸ばそうとしている。だが、それは同時に魔族との全面戦争を意味していた事になる」
「これからもっと多くの血が流れると思うと、なんだか俺のやって事が果たして本当に正しかったのかと、疑問に思ってな・・・」
「・・・何が正しくて、何がそうでないかなど、誰にも分かりませんよ」
「ただ、陛下はこのバロンの街を、帝都を、帝国やそれに跨る多くの国を救ってみせた。それだけは確かな事です」
「・・・そうだな、親父、もう一杯くれ!」
そんな会話につられるように私も飲んでいるエールを思わず飲み干してしまう。そう、後悔などしたところで時代はどんどんと進んで・・・・
ドンッ!!!
「・・・おい」
開かれた扉から不穏な空気が流れ始める。
「うっ」
「アンタ・・・またこんな所で油売って・・・子供の面倒も見ずに毎日毎日酒に入り浸り・・・ねぇ、ヘクター、アンタもしかして死にたいの?」
「・・・アン、まぁ落ち着けよ。ほら、俺にも色々とあんだよ、アンだけにってか・・・・アハハハハハ」
・・・それは間違いなく火に油を注ぐ言動だと思うが。
「私も長い事・・・いや、もう構える事なんて無いと思っていたけど今日ばかりは本気で撃ち殺したい相手が出来たわ」
「おい!やめろアン!店の中だぞ!!」
「はああああ!!!アンタなんかと結婚すんじゃなかった矢!食らえっ!!!」
・・・ヘクターは無事に『伝承』を次なる選出で選ばれた皇帝へ受け渡し、今はかつての仲間であったアンという女性と結婚、子宝にも恵まれ幸せに暮しているそうな。
私は騒動に巻き込まれる前にそそくさと店を後にする。こういう事は割と良くあるらしく、私の他にも店から出る者もちらほら、その中で変わった容姿をした人物が私に話しかけてきた。
「いやぁーアン元皇后も相変わらずですねぇ」
「ほぅ、今のがアン皇后か」
「ええ、陛下が引退なさる最後まで陛下と共にその右腕として世界中を飛び回っていたと聞きます。魔族とは違い、奇妙にも人の世は貴族の力が及ばない形で成り立とうとしています。だが、それがより一層、民の心をひきつけるのでしょうね」
「・・・失礼だが、お主は」
「ああ、ご紹介遅れました。私はこの帝都を生業とするしがない吟遊詩人です」
「成程、私は白銀と申す」
「ほほーその名・・・はてや何処かで聞いたような」
「忘れられた名だ。それよりも詩人よ、
「はぁ・・・そう言われると自信が・・・ですが、きっと後世に残り、語り継がれる伝説になりえましょう。無骨な私の詩も語り部達が色めきつかせればそれを聞く子供が目を輝かせ・・・あっ!」
「そうだ白銀さん」
「ん?」
「町のはずれに帝国を救った英雄たちの銅像が建てられているそうですよ」
「ほぅ・・・」
皇帝像なら至る所にあったが、それ以外の英雄達か。そう言われると気になったのでそこまで出向く事にした。町のはずれとは言うが、そこは帝国学校に図書館、それに魔法研究所まであり、それなりの人通りがある場所であった。
「ねぇねぇ!お爺ちゃんお爺ちゃん!ほらあれ見て!」
「・・・・ほっほーこれはこれは・・・このお方はワシの一番弟子なのじゃ」
「えええ!!!お爺ちゃん弟子いたの!?」
「うんむ、このお方は最後まで苦しい戦いを生き抜き、ついにはその命を引き換えに、かつての皇帝に巣くう悪霊を滅ぼしたのじゃよ」
「すごーい!ねぇねぇお爺ちゃん、一体どんなすごい魔法を教えたの?」
「ほっほっほ、わしが教えたのは火の初級魔法、ファイアーボールじゃよ」
「ファイアーボール?そんな魔法で強力な悪霊を倒しちゃったの??」
「いんや、この方は自らの体に火を付け、神速とも言えるその速さで悪霊に突っ込んでいったそうな。そしてその時、その体に火を付けたのがワシの教えたファイアーボールであったと言われておるのじゃ」
「なーんだ、お爺ちゃんの教えたファイアーボールでやっつけた訳じゃないんだ」
「ほっほっほ・・・まぁ真実なんてものは、けして華やかなものではないと言う事じゃの・・・ところで、婆さんや飯はまだかのぅ?」
「僕おばあちゃんじゃないよ!つーかおばあちゃんもうとっくに天国だよ!!」
「はぁああ・・・そうじゃったかのぅ?てんごくなんて食べたかのう」
・・・そんな微笑ましいやり取りの中、俺は少し汚れている銅像を見る。石板には帝国を救った勇者たちと名付けられ、そしてその横には二つの墓に奇麗な花が添えられていた。
・・・そう言えばあやつはどれだけ頑張っても所詮報われなどしないなど言っていたな。だが、それが本人の知る由も無い場所で何かが大きく変わる事だってあるのではないだろうか?
石板にはこう記されている。
帝国を救った勇者一行
重斧戦士 ロドリー・アイレン
軽装戦士 ミリュー・リュナ・アゼルガドル
神聖僧侶 ラミ・グーデンタール
魔法使い ペリエッタ・グリーマン
そしてアン皇后陛下陛下の命を救った斧戦士
ドニヤ・ブローゼン
最後にその身を犠牲に『伝承』を復活させた伝説の鹿
ロバルト・グリーマン
この者達は最後まで勇敢に戦い続け、ついに前皇帝に巣くう悪霊、そして、第六魔貴族マーチル・ホーンを皇帝陛下と共に討つ。その栄誉を称えここに彼らの銅像を立てる。そして、この銅像は未来永劫その偉業を伝えるものとする。
陛下が復活した日を記念に、帝都では毎回祭りが行われると聞く。その時、彼らの銅像は奇麗に洗われ、花飾りを添えられて祈りを捧げられると聞く。
・・・お前が頑張った事は、けして無駄なんかじゃなかったと思うがな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます