46話 集結




「・・・これは、体が・・・」



奇跡的に一命を取り留め、瀕死の重傷を負っていたはずのジゲン。だが、受けた傷はすっかり塞がり癒えている。


何が起こったのか明確には分からないが、体に纏わうどこか懐かしき力。それが自分を・・・いや、周りの兵士達を鼓舞し、士気を高めさせる。他の重傷を負った兵士達も次々と立ち上がり、皇帝と対峙する一人の男に注目していた。


ジゲンは何とか起き上がり、状況を確認するべく決戦の場が見える位置まで体を動かした。



(・・・・あれは?)



全身に黄金の闘気を纏い奮い立つ男。


それは、皇帝の体を乗っ取ったマーチル・ホーンと対峙するヘクターの姿だった。


その姿を見てジゲンはついに理解する。


「まさか・・・成ったのか?ヘクターに?」


長年途絶えていた皇帝の系譜『伝承』がついに次世代に受け継がれた。それがあろうことか、あの手のつけらられない猪突猛進の男になど・・・。



「クックック・・・そうか、私はこれからあの男・・・いや、新皇帝陛下にお仕えしなければならないのか」


運命とは何とやら・・・そう思いながらジゲンは体を引きずりヘクターの元へ行こうとしたその時だった。


『まだ寝てろ、オッサン』


脳裏にヘクターの声が聞こえた。


「・・・へ、ヘクターお前なのか!?」


『ああ、これも先帝代々から伝わる皇帝の力みたいだ。皇帝に連なる想いが強き者へならその力が系譜され、意志の疎通も出来る』


「そうか・・・やっぱり、お前は・・・いえ、貴方は」


『やめろよ、その言い方は。今まで通りでいいさ。俺がヘクターである事はかわらねぇんだからな」



(そういう訳には・・・いや、今は・・・)


「分かった、だが私もまだ動ける。共に・・・」


『あんたにはこれからやって貰いたい事が山ほどある、帝国の再建に失った領土の再統合、なにより、これから起きる魔族との戦争・・・』



『分かっただろう?ここはあんたの出る幕じゃねぇ。あんたにはあんたに相応しい場所がある。ここは俺にまかせろ』



言葉は乱暴でもその考えは正しく、皇帝の意向そのものであった。


「分かった・・・だが、けして死ぬなよ、ヘクター」


『・・・ああ』


皇帝が解放され、帝国の血が再び動かんとするこれからの未来。あの男にこそこれから山ほどこなして貰う責務があるのだ。立ち上った者達の中には、見知った顔が意外にも少ない事が分かる。つまり・・・それだけの犠牲も多く出たという事だ。



「皆の者!聞けい!これから起こる戦いを見届けよ!あのお方こそ、第30代新皇帝、ヘクター殿下であらせられるぞ!!!」



ジゲンのその声に、立ち上がった者達から大きな騒めきが沸き起こる。だが新たな未来に向け、これから始まる戦いに自らを託し、次第に皆応援していく。



「今の私に出来ることは、こんな所だ・・・頑張れよ、ヘクター」



―最強の陣形



マーチル・ホーンは思い出していた。今目の前にいる男の脅威、力・・・それは明らかに格上から発する者であるという事を。封じられた幼い記憶、圧倒的暴力の前に成す術の無い日々、死んでいく仲間達、最後の一人になって怯える過去の自分・・・。



「何を怯えているのだ・・・たかが人間如きに」


マーチル・ホーンは己を鼓舞する。圧倒的強者は自分なのだと言い聞かせる。冷静を保ち、いつも通り確実に勝利を勝ち取っていく。所詮残るは皇帝、ただ一人のみ。



だがすぐに「妙だ」と感じる。周りがなにやら騒がしい。周囲を見渡すと確かに殺したはずの兵士達が立ち上がり、こちらの様子を見て歓声をあげている。



(何故だ何故だ何故だ何故だ何故だ!?)


血走った眼を見開き、一体どんなからくりが起きたか、その原因を鋭く観察する。すると、あの男から溢れる黄金の闘気が周囲に分散し、この大空洞全域に範囲を及ぼしている事が分かった。



「・・・どうやら、その力・・・仲間を癒す効果もあったのですか?」


(どこまでもこざかしい真似を・・・)


皇帝式エンペラー・生命力ライフ・ディスペン分与テーション、これは皇帝に系譜する全ての者に力を与える」


「まさか、俺一人を倒せば終わるとでも思っていたのか?」


「・・・チッ」


(・・・ここに来て仲間が増えると少々不味い。・・・否、向こうの戦力は最早壊滅的、たとえ持ち直したとてこの男に勝る者などいやしまい)


とんだ取り越し苦労だったと安堵するマーチル・ホーン。



「雑魚はいくら集まろうが雑魚。ゼロとゼロをどれだけ足そうがゼロ!私の敵では無いっ!!」


「それはどうかな?」



ヘクターがそう言うと、のっそりと、だが確かにその闘志を燃やす両手斧使いの女戦士、ロドリーが岩山の瓦礫から復活する。


「・・・どういう訳か知らねぇが力が沸いてくるぜ!」


皇帝式エンペラー・生命力ライフ・ディスペン分与テーションの恩恵により、先ほど受けた傷は殆ど癒えている。不思議を感じる前に、目の前にいる自分よりも瀕死の重傷を負っていたはずの男の激変した姿を見て驚くロドリー。



「お前・・・その力」


「ああ、どういう訳か皇帝の力が俺に宿っちまったみたいだ」


「そうか・・・」


ロドリーはわずかに顔を下に落とす。



――少なくとも仲間あいつの犠牲は無駄では無かった。



「聞こえてたわよ!なにが「チェックメイト」よ、大体あんたチェスなんてやった事ないじゃない!」


「はぁ・・・結局逃げ遅れてしまうなんて、このミリュー最大の不覚だわぁ」


後方に構えていた二人もヘクターに歩み寄ってくる。


「う、うるせー!俺は無くても俺の記憶にはあるんだよ!」


「記憶!?・・・ヘクターそれってやっぱり・・・」


「ああ、先帝アルテミシア様は崩御され、俺が次を託された」


「ふ、ふーん・・・私はあんたの事、様付けでなんて絶対呼ばないわよ!」


「それでいいさ、皇帝になろうが俺は何も変わっちゃいない。自分の出来ることを精一杯やって、またこの力を次の者へ引き継ぐ、それだけだ」



「だが、その前にあのデカブツを何とかしねぇと帝国の再起はねぇ!皆、皇帝式エンペラー・生命力ライフ・ディスペン分与テーションである程度の体力は回復しているはずだ、最後にあの野郎をぶちのめすぞ!!!」



ここに集ってくれた者達に発破をかけるヘクター。


そして・・・。



「すみません、つぶてが当たって気絶していたみたいです。私もまだまだいけます」


爆風で巻き起こった石つぶてで気絶し、結果的にほぼ無傷で済んでいたラミもこの場に参戦する。



「ねぇ、私たちの攻撃がふさがれた直後に、何か物凄い勢いで皇帝に突っ込んでいくの見たいんだけど・・・あれってまさか・・・」


ミリューがロドリーに危惧していた事を聞いてみる。



「・・・ああ、鹿だよ。鹿の野郎が不意をついたおかげで皇帝は倒れた」



ロドリーは遠くでまだ白煙を登らせて消し炭になった残骸に目をやる。


「そうだったの・・・何かごめんなさい、私がしくじったせいで」


最後の一撃で皇帝を討つ事が出来なかった責任感が、アンの心を重くする。


「ううん・・・たぶん鹿君は最初からそのつもりだったと思う。そう、短い付き合いだったけど、最後の最後に・・・」



ミリューのロバルトに対する思い出が感極まり、思わず涙ぐむ。



「・・・そうなってくると、ペリエッタさんが心配ですね。この戦いが終わったらすぐに助けてあげないと」



ラミは相棒を亡くして悲しむペリエッタの心情を気遣う。



「・・・全く、すぐに転生出来るからなんて思ったんだろうが、次何になるかなんて決まってないはずなのにな。だが、もしまた会う事があったら思いっきりぶん殴ってやる・・・」



ロドリーのその思いにはロバルトに対して、ああせざる終えなかった自分への責任感、仲間を失った悔しさがにじみ出ていた。



「あの鹿だけじゃねぇ・・・こっちも信じられねぇくらい多くの犠牲を出しちまったさ」


バラン、シレン、ドレイク、ピーターにマグダレーナ。そして彼らに従えた多くの兵士達・・・。



これらの無念を晴らす為には最早目の前の敵を倒す他無いとヘクターは決意する。



「・・・よし、お前ら配置に付け!!陣形を組むぞ!!」



「「「・・・!?」」」



「俺を中心に大女とアンは左右後方、僧侶とそこのエルフはさらにその後方左右に分かれろ!V字型になるようにな!」



いきなりの事で多少混乱するも、なんとかヘクターに言われたように配置についていく。



「・・・なんだこりゃ・・・力が沸いてくる!!」


「すごい・・・こんな陣形初めてなんだけど」


配置が完成するな否や前衛の3人にさらなる力が溢れてくる。


その最も先頭に立つヘクターが突撃態勢を取りながら高らかに叫ぶ。



「これが先帝アルテミシア様が最も得意としていた最強の高速陣形・・・」



女 帝 我アマゾネス 最 尖 端 ・ストライク!!!



「いくぞ!!俺に続け!!」


そして全力のヘクターがマーチル・ホーンに斬りかかる。


帝国の反撃が重き刃となってマーチル・ホーンに振り落とされた。



―決め手に欠ける



――チィィ・・・・!!



「天崩破壊撃!!」



ヘクターの一撃が重い事もさることながら、ロドリーやミリュー、そしてアンと言った思わぬ伏兵達の登場に苦戦を強いられるマーチル・ホーン。ラミの強固な防御結界も相まって戦況はますます防戦一方の形になろうとしていた。



さらに・・・。


(クソッ!なんだ?増幅した肉塊のせいで体が重たい・・・)


(それに、先ほどまで皇帝が繰り出していたの機敏な動きが全く出せない・・・!?)



新しい体は思っている程強力とはいかず、それおろか地上に根のように張り巡らされている肉塊のせいで殆どんの攻撃を防ぎ切れずにいた。



だが、それを見なしても溢れんばかりの魔力のおかげで辛うじてその場を耐え凌ぐマーチル・ホーン。さらにどれだけ攻撃を受けてもそれと同じ速度で回復して行く事で防戦一方とは言え相手にも決定打を与えさせない戦いを繰り広げる。



「どうしました?そんな攻撃ではいつまで経っても私を倒す事など叶いませんよ!?」


さすがのヘクター達も疲れにより連撃を止める。


「ケッ・・・体だけはタフなやつだ」


「前と違って攻撃は全部通るみたいだけど、このままだとかえってこっちがじり貧ね・・・」


「それに地味に出てくる反撃の手が痛いですね・・・」


ラミは時折反撃してくる暴血の呪槍群デス・ブラッドを肩に受け血を流している。


「あの超速再生さえ止める事が出来れば・・・」


この場において決定打に欠けるもの・・・それは魔法による攻防に他ならなかった。



ーーーーーーーーーーーーーー



―浮遊する意識



不思議な感覚だ。



死んだ鹿の死体をもう一人の自分が見つめている。幾度と無く繰り返された転生では死んだ直前に生の産声を上げていた。時差も無く、細胞がリセットされ、どんなに清々しい朝よりもより新鮮なあの感覚。だが、今はぼんやりとガラスが曇ったような現世を眺めているような感覚。



そんな魂のみとなったはずの俺の手を、誰かが分散させないように強く握ってくれている。


その手の主は俺のよく知る人物だった。


(そうか、今まで生きてきた中で無かったこと、それはの存在だったな)



ペリエ・・・


そう呟こうと思ったが言葉にならない。


死んだ後というのはこうももどかしいものなのか。



恐らくペリエが俺の手を握ってくれているおかげで俺は今だにここに留まる事が出来ている。そして、決死の玉砕攻撃が功を成したのか、形勢は先ほどの一方的な襲撃よりも大分持ち直しているように見えた。



どうやら俺の死後、あの元傭兵団長ヘクターに無事皇帝の力が伝承されたらしい。そのおかげか生き残った者達も持ち直し始め、今では戦える5人と、皇帝の体を乗っ取ったマーチル・ホーンとで激しい攻防を繰り広げている。



そして・・・俺と同じように、静かにその行く末を見守る何百と言う英霊達の魂。


皆、なんとかこの最後の決戦を見届けようとしているのだ。


だが、善戦しているようで実際は拮抗した状態が続いている。



どれだけ激しい攻撃を繰り出しても、マーチル・ホーンは瞬時に肉体を回復させているのだ。あれでは、今は有利でも時間が経つに連れてどんどんヘクター側が不利になっていくだろう。



(・・・何かあの再生能力を止める方法があれば・・・)


・・・・!?


(ある・・・!)



俺は手を握っているペリエに何とか伝えようと藻掻く。



(ペリエ・・・お前も行って参戦してこい・・・俺の事は大丈夫だから)



・・・・ふるふる


あれ?確か死ぬ直前で話せるようになった気が・・・。


ペリエは倒れている自分の体を指差し、そして今度は自分を指差す。


・・・相変わらずジェスチャーだけでは何が言いたのかさっぱり分からないなこの子は。



(あれも自分で、ここに居るのも自分・・・という事か?)



そう思っていると突然倒れているはずのペリエの体がむくっと起き上がる。そして、俺の意図を与するようにヘクター達の元へと向かって良く。



・・・・これでOK


そんなジェスチャーをペリエがしている。

俺はそんなペリエに大きく頷いた。



(頼んだぞ・・・ペリエ!)


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