21話 海の男達




その日、リンガ村では盛大な祭りが行われた。勿論その主役は・・・。


「ペリエッタ様ー!!!」


「キャー!ペリエッタ様ー可愛いー!!」


「うひぃー!ペリエッタちゃん~!!!」



竜を奉る『竜神祭』、そしてその竜を鎮めた英雄を称える『生還祭』という事でリンガ村はこれまでにない活気と熱気に包まれていた。あの日、竜神ルーラ・ルーラがリンガ村に向けて放った神託脅しの後、俺とペリエッタは本当に精神的にくたびれながら村へと戻った。ロドリー達との感動の再開に皆で熱い抱擁・・・に、なる前に村長が全身全力でペリエの元に駆け寄り、詳しい話を俺が説明。その後、村は休む間もなく、急ピッチでハリボテな竜の像を作り上げ、急遽竜神祭が開かれる運びとなった。そして、村を救ってくれた英雄という事でその翌日にペリエが担ぎ上げられ、今夜は生還祭が盛大に行われていた。



遠目で見てもハッキリ分かる、ペリエの顔、あれは始終ご満悦の顔だ。なんだその大統領みたいな手の上げ方は!本当に中に誰か居るんじゃないのか!?



「・・・・なんか、お前も苦労してるんだな」



俺たちは完全に蚊帳の外である。俺とロドリー一行は、婆さんの小屋でその祭りの様子を遠くから眺めていた。まぁペリエは本当に功労者だし、それに対して何も思う事は無い。どうせ俺と言えば最初から最後までビビリ散らかして、失禁と気絶を繰り返していただけだ。仮にルーラ・ルーラが俺に会いに来たとしても、結果的に村を救う方向になったとしても、俺がほんの少しさえも褒め称えられない事に対し、本当に何も思ってなんかいないしね。



むしゃむしゃむしゃむしゃむしゃむしゃ

むしゃむしゃむしゃむしゃむしゃむしゃ

むしゃむしゃむしゃむしゃむしゃむしゃ

むしゃむしゃむしゃむしゃむしゃむしゃ



「いいなぁ、ペリエッタちゃん。今頃ごちそうたらふく食べているんだろうねぇ・・・」



鹿の味覚は殆ど無いに等しく、味なんてものは殆ど感じない。だからこうやって延々と草を食える訳だし、仮に、仮に御馳走を出されたとしても、その旨味を味わうどころか、胃が食べ物として受け付けずに吐き出してしまうかもしれない。だから、俺は何も羨ましいとさえ思わない。ああ、草って本当に何処にでも生えてて延々と食えるから何時までも食べていられる。そう、いつまで・・・うっぷ。


「まぁ、一応棚から牡丹餅?的な報酬には在りつけましたし、私たちは早朝にでもここを発つとしましょう」


何故ロドリー一行がこんな外れの小屋まで避難しているのか?その答え合わせは竜の神託の後、当然ながら村中は大パニックに陥った。竜神の降臨はそれ程までに村中を震撼させたのだ。防具屋のカフスを始め、リザードマンの皮や戦利品などを扱う商品は即座に処分された。それどころかあの日、村に居た商人達までもが恐れ慄いてリザードマン製の装備品を処分し始めたのだ。そんな様子を見て、俺の説明を聞いたロドリー達がその全てをタダで集めに集め、そして村に居ずらくなったので急遽婆さんの小屋に荷物を押し込める形で避難してきたのである。



「まぁ鹿の話だと、こんなに恐れなくてもあの恐ろしい竜がまたこの村に来ることは無いと思うんだがなぁ」

「うむ、今後、無益な狩りをしなければ問題ないはずだ」


「それにしてもこれだけの皮製品や戦利品、明日の船に全部運べるかしら?」


「それも村人が起き始める前に素早く、手短にな」


「んーまぁ何とかなるんじゃない?一応、船長には話付けているし、ポルムの港町ですぐ売り捌けばいいしね」


ミリューがそう言うと皆も同意する。


それには誰が悪いなんて事は決して無いのだが、さっさとこの村から抜け出したいと言う想いが共認している気がした。



―そして翌朝



「よぅ英雄!昨日は楽しめたか?」


「ふるふる」


「いや、絶対楽しんでたよね?」


「ふるふる」


「主よ、皆を除け者にして盛大に食べた御馳走はうまかったか?」


「ふるふる」



その全否定が、全ての裏返しである事に気づいているのか、居ないのか。ペリエは謙虚に皆に否定のふるふるをし続けている。絶対心の奥では笑っているに違いない。・・・そういえば、蜥蜴族王リザードロードやルーラ・ルーラはペリエの声が聞こえていたらしいが、やはり俺にはその声は聞こえてこない。もう少し意思が芽生えればいずれは会話なんかも出来るのかもしれない。


まぁ、その時は盛大に嫌味の一つでも言うつもりだ。



とりあえず全員が合流し、荷物の方も無事に運び込みは終わった。後は出航を待つのみ。こんな鹿の一つも大切にしない村などさっさと出航出航である。



「おーーーい!!皆さん!!」


すると、あの忌々しい村長が全速力で走ってくる。



「はぁはぁ・・・皆さん、そんなに急に急がなくても。皆様はこの村の英雄では無いですか」



「「「チッ・・・」」」



「い、いやぁ、ペリエッタさんだけが目立ってしまった事に関しては本当に申し訳なく思ってます。だからこそこうやって、お礼に駆け付けた訳じゃないですか~」


「お礼って言うなら金の一つや二つ置いてから言ってほしいもんだぜ」


「本当よ、まぁリザードマン達の皮があるから黙っていたけどさ」


「ひぃいい!!!ちょ、本当にやめてください!!!どこであの竜王様が聞き耳を立てているか分からないのですよ!!」


「だからさ、そこまで見ちゃいないってあの竜様も」


「いや、あれは本当に恐ろしい出来事でした・・・私は誓いますぞ!未来永劫絶対にリザードマンとは敵対しないと、竜神様を奉り続けると!!」



「はいはい、勝手にどうぞどうぞ、それじゃ俺達はこれで」



「あああー!!そうでした!!言い忘れていたことが!!」


「あん?まだ何かあるのかよ」


「ええ、ペリエッタ様ー!必ずや、必ず・・・次の年の同じ日にこの村へ立ち寄って下さーい!生還祭には主役が居ませんと盛り上がりませんのでー!!」


「ふるふる」



俺は見た・・・。


否定しつつ右目でウィンクしているペリエの顔を・・・。





全員がペッっと何かを吐き出したい思いに駆られる中、湖畔を離れていく船に手を振る人物がいた。あの婆さんである。婆さんは静かに俺に手を振ってくれている。まぁ、家の周りはおろかその周辺の周辺まで余す事無く草を食い尽くしてくれたお礼なのだろう。ささやかながらも俺を見ていてくれる人が一人でもいた事に心が少し救われたような気がした。



リンガ村、また来よう。たぶん。



ーーーーーーーーーーーー



―武装商船団



リンガ湖を出てマゼラン海に出た辺りから妙に周りが騒がしくなっていく。事実、この船も何度か停船を余儀なくされ、武装した船員達が何度か積み荷の確認をしに乗り込んできた。


「・・・ロドリー、あれは何だ?」


「ああ、ありゃ武装商船団、このマゼラン海を取り締まっている自警船団さ」


「武装商船団・・・」


「元々は帝国海軍と名乗っていたが、帝国が衰え始めるとすぐさま独立を宣言したそうだぜ、全く現金な連中と言うか、カッコイイ名前付けてるけどやってる事は荒くれものと変わらんなんて言われたりな」


「ちょ、ちょっと姉御!!あんまりそう言う物言いはやめてくだせぇ!連中に逆らったらマゼラン海で船浮かべられなくなっちまいますさぁ!」


「はいはいよ、海の治安だか何だかとああやって慌ただしいのは結構だが、その利権は全部あいつらがかっさらってるって専らの噂だぜ?」


「海の利権って・・・それは儲かるのか?」


「商船一隻の積み荷一つに付き、銀貨数枚、さらに船代に利用料を上乗せ、他に商売敵もいねぇ・・・仕切ってる奴はさぞ笑いが止まらねぇって感じだそうだ」


「ふーん・・・」


世の中色んな所で色んな動きがあるものだ。まぁ、俺には関係ないが。




―マゼラン海の玄関、港町ポルム



「おいおい、なんだこの積み荷の量は?」


・・・早速検問中の武装商船団から詰問を受ける事に。


割と早いフラグ回収だったな。


ロドリー達が何度も説明するが一向に信じて貰える気配が無く、中身の確認やら、その入手経路やらの確認で一時間近く納屋に監禁されるハメになる。



「・・・なんか今回の旅って踏んだり蹴ったりよねぇ」


「まぁ、ライーガで落ち着けば安定もするだろうさ、それまでの辛抱って所だな」


「あーあー、私モンベル結構気に入ってたんだよね。ライーガかぁ・・・まぁ稼げるっちゃ稼げる町だけどさぁ」



「ミリュー、言わんとしてる事は分かる。まぁ稼がせてもらえりゃすぐに別の町に行くさ」


そんな世間話をしている時、検問の一人では無く、別の男が納屋に入ってきた。恰幅の良い船長服を着ている辺り、一端の船員では無さそうだが。



「悪いな、たった今あんたらの証言の裏が取れた。商船の中にリンガ村から来た連中の何人かが同じ事を口走っていたよ」


「ふぅーやっとか、それじゃ積み荷は」


「ああ、問題無く運び込んで良い・・・と言いたいところだが、恐らくあの数をこの町で全部売りさばくのは不可能だと思うぜ」



「まぁ、多少は売れ残るでしょうね」


「多少?おいおい見通しが少し甘いな、まぁ、あんたらもあの積み荷を運び込むのは大変だろう。武具屋を呼ぶからそこで買取させな」


「ああ、助かるぜ・・・ところであんたは?」


「ああ、紹介が遅れたな。俺は武装商船団幹部のガマってもんだ」


「へぇ・・・わざわざ上層部が挨拶をねぇ」


「へっ、まぁまずは買取が優先だろう?俺との話はその後にしようや」


そこから、武具屋と思わしき若い男達が慌てて積み荷の中を運び出し、念入りにチェックしていった。やはり、防具や武器の方に注目しており、素材である皮は放置されていた。



「・・・・へぇ、スケイル防具数点と、黒曜石の槍、他シミターの数点で金貨28枚程になりますが」


皆からおおー!っと感嘆の声が上がる。


「悪くねぇな、是非それで買取頼むぜ」


「ありがとうございます。それでは買い取らせた品は後の者に運ばせますので」


相場は良く分からないがまずまずといった具合だったらしい。そして、やはりあの男の言った通り積み荷の中はまだまだ在庫が残っている状態になっていた。



「お、どうやら買取の方は終えたみたいだな」


「ああ、あんたの言う通り全部は買い取ってくれなかったぜ」


「そりゃあね、もうちょっとデカい町じゃなきゃあの量はさばけねぇ」


「ま、それで察しているとは思うが、どうだ、残りは全部俺らに買い取らせてくれないか?」


「・・・金額によるな」


「まぁ、そうだ。だが、商談に入る前にあんた達に頼みたい事があるんだ。それをこなしてくれりゃそれ相応の値段で全部買い取ろう」


「ん?何かおかしくねぇか?・・・まるで、お前さんとこ以外じゃ売りにだせねぇって言ってるようなもんだぜ?」



「そうは言ってないが、事実そうなるだろうな。あんたらまさかあの量の積み荷を陸路で運ぶつもりか?ここは見ての通り海沿いの厳しい悪路しか道はないぜ、おまけにモンスターもうじゃうじゃってんだ」


「普通ならそう、海路を使うだろうが、そこは俺らのシマ。正直あんだけの量の積み荷となりゃ関税も含め結構な額になるぜ?それに、行った先で赤字なんて事にもなりかねない」


「贔屓目なしに俺ならここで全部売りさばくだろうね。ま、そういう事だ」



「ふぅ、少し相談させてくれ」


「あいよ、いい返事待ってるぜ」



・・・・・・・・・・



「なーんか、上手い事丸め込まれちゃったって感じねぇ」


「ああ、気に食わねぇけどあいつの言う通り、ここで全部売っちまった方が良い、というか次に持ち越すだけの運賃だって馬鹿にならねぇし」


「それはそれで良いとして、一体頼みって何なのかしら?」


「それに応じるかどうか、だな、どうする?」


「うーん・・・」



そして・・・。



「こっちの意見は纏まったぜ、だが、売るにしても頼みってのが何なのか分からん以上、売買はこっちとしても保留って所だ」



男は少し考えるような素振りを見せ、顔をボリボリと掻いた。



「まぁ、そうだな・・・じゃあ商談の方は後回しでいい、とりあえず付いてきな」



そう言うと男は俺たちを納屋から巨大な船の中へと案内していく。


「おい、これって・・・」


「ああ、俺の船だ。良い船だろ?」



近くで見るとその洗練された船体に目を奪われる。外装は鉄板が仕込まれ、砲門を設置した窓から黒光りした大砲が顔を出している。ここまで来ると商船じゃ無くて普通に戦艦だな。



そして、俺達はその一番真下の船倉。干し草が乱雑に散らばる船倉へ案内された。



「よし、まずはここ一帯を全部奇麗にしてくれ」


「はあ?これが頼みか?」


「いや、まぁこれはある種の儀式だと思ってくれりゃいい」


「なんだそりゃ」


「まぁ頼むぜ。積み荷の方は悪いようにしないからさ」



そう言うと男はさっさと甲板の方へ上って行った。


「全く、何が頼むぜー。だ!俺達は家政婦じゃねーつーの」


「まぁ、いいじゃない。干し草だから鹿に食べて貰えばいいし」


「・・・・いただきます」


全員で適当に集めた干し草を俺が黙々と処理していく・・・だが、一体何の為に、こんな事を・・・?


ん・・・なんか今、ちょっと揺れたような。


「おい、なんか・・・この船」


「うん、これって・・」


「「「動いてる!?」」」



全員で慌てて甲板へ駆け上がる。外はカモメが船と並行して飛んでおり、見渡す限りの大海原へと変化していた。


「えええーー!まさか私たち、拉致された??」


「・・・まさかじゃねぇ、拉致されたんだ」


そんな不穏な空気とは裏腹に、武装商船団の船員達は鼻歌混じりに見張りや掃除をしている。


「おい!この船は何処へ行くんだ!」


「え?・・・ああ、この船は今から俺達の本拠地へ行きますぜ」


本拠地?


一体どういう事だろう?


それにあの男は?



「客人は丁重に持てなせって船長から言われてますんで、その辺で海でも眺めながら待っててくだせぇ。なーにすぐに着きやすんで」



そう言うと男はまた鼻歌混じりに何処かへ歩いて行った。男の言う通り、ものの数分で船は小さな島へと到着。そこは岩山がむき出しになっており、どうやらその岩を大きく繰り抜くように空いてる巨大な空洞が、この島の玄関らしい。



「お、倉庫の掃除は終わったみてぇだな」


「お前!!おい、ここは一体・・・」


「まぁまぁ、これからお会いになる方が直々にあんたらを面会する手筈になってる、お眼鏡にかなわなきゃそのまま帰って貰うさ」


「そいつは一体誰なんだ?」


「あの方だ」


「あの方が俺らのボス、武装商船団団長、ドレイク提督だ」



紹介された男はその見た目通り、いかにも海の男と言わんばかりの出で立ちで俺達を待っていた。様々な装具が施されたアドミラルコートを羽織り、海軍帽も相まってバッチシに決まっている。これで右手が鉤手だったら完璧だったが、さすがにそれは狙いすぎか。



「よぅ!諸君、むさくるしい所だがまぁゆっくりしていってくれや」



そう言うと団長は踵を返し、俺たちに着いてくるように促した。




これは一難去ってまた一難・・・か?




つづく。


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