無題.6

 とあるホテルの一室にて。


 真理は、虎の穴る、と一緒に暗闇のなかで、その都会のネオンが浮かぶカーテン越しの暗がりのなかで……


 お互いの存在をぶつけあっていた。



「く、くびぃいいいいいいいいいいいいいい」

「首を絞めて欲しいんだ。気持ち悪いね」

「は、はいぃいいいいいいいいいいいいい!!!」

「まさか、虎の穴るさんがこんなにみっともなくて、気が狂った変人だったなんて思ってもみなかった」

「もっと、もっと、きつく、強く……ふしだらに!!」

「地味にリズムいいのやめてくれる?」

「はぃいいいいいいいいいいいぃぃぃぃいぃ!!!」

「……世の中って本当に、実際に見てみないとわからないものね」

「わっわぁああああっわっああああああああああああ!!!!」



 虎の穴ると自称する金髪の男は、そんな惨めな姿を晒していた。


 真理の言う通り、世の中ほんとうに色々な人がいる。男から女まで、お年寄りから若者まで、いろいろな人たちがそれぞれに歪さを持っている。世の中が正常に回っているように見えるのは、虎の穴るさんのように、ただ単純にそれを隠しているからに他ならない。もちろん、今はそれを全く隠してなどいないが。大放出中ではあるが……


 世の中はこうして、本当の自分を隠して取り繕っている人々がそれぞれ、ギリギリのところで回していっているだけなのかもしれない。そして、そのギリギリから運悪くも外れてしまった人たちは、驚くほど簡単に人生をめちゃくちゃにすることができてしまうんだ。もう二度と再起不能と言っていいほどに……


 滅多打ちにされてしまうんだ。意志を持った個人として、その責任とかいう概念を強制的に背負わされて……


 ただただ、その世の中において、生かされているだけなんだ。


 意志という概念は私たちに人権をもたらしたかもしれないが、それと同時に社会の発展に必要不可欠であったその責任という概念を、この現代において、情報社会という目まぐるしい情報の濁流において、歪な形に発展させてしまったんだ。



「生きづらいよね。苦しいよね。もう投げ出したくなっちゃうよね、こんな人生」

「わっわぁああああっわっああああああああああああ!!!!」

「いいよ、今夜は全部受け止めてあげる。わたし、君たちみたいな人間を見るの、大好きなんだ。もうどうしようもなく、助けようのない……」

「わっわぁああああっわっああああああああああああ!!!!」

「まるで機械的に生産されてるんじゃないかって思うほどに、たくさんいる……」

「わっあああああああぁぁあああかぁあぁぁあぁあ、かはっ……」

「社会の奴隷みたいな人間から変わろうとしない人たち……」

「ごほおおおっ……がはっ……」

「まるで、昔の傑作映画に出てくるような、そんな危なくて魅力的な君たち。ねぇ……」



 真理は、苦しさと快感と喜びと切なさと、いろいろな感情で歪んだ、虎の穴る、の顔を覗き込む。その距離はキスできるくらいの間近だった。彼の荒い鼻息が真理の眼を、鼻を、唇を撫でる。


「駄目、キスはしないってきめてるの。これは特別なものだから」

「はぁはぁはぁはああ……」

「ねぇ……あなたは、このままでいいの?」

「はぁはぁはぁはぁ……」

「このまま生きてていいの?」


 虎の穴る、の顔がさらに歪む。そして真理の眼差しはさらに深く、濃く、ドロドロとしたものを含んで彼を凝視する。



「君は一体なんのために、生まれてきたの?」



『パァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァンンンン……』



 少し開いた窓の向こう側から、車のクラクションが鳴り響いた。そして静寂が訪れたのちに、雨音が部屋のなかによく響いているのに気がつく。


 静寂のなかを雨の弾けるおとが、満たしていた。雨脚が強くなってきていた。



「このときのために生きてるんだよ」

「このときってなによ?」

「俺が俺でいてもいいときだよ」

「なにそれっははっ」


 真理は馬鹿にしたように、笑った。それを見て、虎の穴る、はさらに顔を歪める。幸せの表情で顔を歪めるんだ。


「俺、いまちっとも苦しくないんだ!」

「首絞められてるのに?」

「天国にいけちゃいそうなんだ!」



 ……


 ……


 ……



 都会には本当に色々な人が集まってくる。資本主義経済の成功者から、社会の暗部に巣くう人々まで。


 そして、君みたいな……



「ははっなんだそれっ意味わかんないっ」



 真理は笑った。可笑しくて笑った。


 理解しようとも、まるで理解ができないといった、そんな顔をして……


 真理は虎の穴るを見つめていた。



「君、最高に気持ち悪いねっ」



 冷たくもあり、好奇心に満ちてもいる、そんな声が暗闇に響いた。


 窓の外では、さらに雨脚が強くなり都会のネオンが霞んでみえた。


 非現実的なまでに発展した都会の夜が、さらに幻想的な霞みの世界において、人々を包み込んでいた。



『サァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ……』



 それぞれの人生における夜がそれぞれの意味において更けていった。



【To be continued】

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