鷹野ツミ

 おれの自慢は、股にぶら下がる棒と玉だ。

 大変ご立派である。


 すれ違うオスはみんな玉なし粗チン。

 そんなオスを見て優越感に浸のが好きだ。


「散歩いくぞー」

 飼い主の呼びかけにおれは玄関へと駆け出した。今日も近所のオスを笑ってやろう。


 外はぽかぽかしていて、絶好の散歩日和だ。

 あ、ちょっ!飼い主!マーキング中に引っ張るな!

 飼い主に抵抗しつつ、アスファルトの上を歩く。


「あれ!もしかしてご近所さんだった?」

 不意に立ち止まった飼い主に、なんだ?とおれも立ち止まる。

 良い匂いがすると思えば、おれの目の前にはなんとも可愛らしいメスが!ちょこんとお座りする姿が堪らない!おれのオスらしさを見せつけてやりたい!

「わ、先輩!先輩もワンちゃん飼ってたんですねえ。私ここのアパートです」

「まじ!そうなんだ!散歩仲間じゃんな!」

「うふふ。今度から先輩と時間合わせてお散歩に出ようかなあ」


 なんだか盛り上がっている飼い主を横目に、おれはムズムズと湧き上がる欲望を抑えられなかった。

 勢い良くメスにのしかかり、腰を振る。

 ほら、どうだ?おれは良いオスだろう?強いオスだろう?このまま交尾しないか?なあ?嫌がってる姿も可愛いよ。


 突然おれの首がグンっと締まった。

「このばか犬!何やってんだ!」

 飼い主が怒ってリードを引っ張っていた。邪魔しやがって!くそ飼い主め!

「ごめんね!こいつ誰にでもこうなんだよ……」


「あらあら、悪い子」

 ひょいとメスの飼い主に抱っこされたかと思えば、雷に打たれたような衝撃が全身を巡った。

 痛みなのかも分からない、なんだかもうよく分からない。意識が飛びそうだった。


 え?おれの玉、潰れた?


 身悶えするおれに容赦のない追撃が来る。

 細い指の小さな拳が、玉にめり込む。

「どお?痛い?うふふ」

 なんて恐ろしい奴なのだ。痛いなんてもんじゃないぞ。脳裏にぼんやり浮かび上がったのは死。

 オスの誇りをこんな風に殴りまくる奴がいるなんて。


「先輩、ちゃんと躾してくださいよ」

 メスの飼い主の声は冷え切っていた。

「あ……ごめん……あの、あれだ、去勢手術すれば、多少ましになるかな……」

「そうですね、さっさともぎ取っちゃった方が良いですよ」






 ぽかぽかした、絶好の散歩日和。

 玉を失ったおれは、しょぼくれた棒だけをぶら下げて飼い主の後ろをゆっくりと歩く。

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鷹野ツミ @_14666

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