柊の棘は甘すぎる
羽間慧
プロローグ
その男子に沼らされている
目は口ほどに物を言う。声で届けられる言葉よりも多くの情報を持つ。なのに、俺の横にいる
『アイス食べたいな。日傘を差していても溶けちゃいそう( っ ,,-ࡇ-,,)っ』
あぢいー。あぢーいよー。わしゃあもう、一歩も動けそうにないんじゃけどぉー。早くアイスを献上してくれんかのぉー。
柊は日傘を傾け、突きつけるようにスマホを見せた。ただし、犯人に証拠を見せる名探偵のような、頼りがいは感じられない。ビシッという擬態語ではなく、よろよろというテロップがつきそうだ。
すでに溶けきっている顔文字と、ポーカーフェイスの男子高校生。その取り合わせに俺の口角が緩む。
俺に催促が効かないと思ったのか、柊は次の一手を打ってきた。
『
雪も口じゃ言わないだけで、休憩したいとは思っているんだよね? 一人ならおしゃれなアイス屋に入りにくくても、二人ならそこまで場違い感は出ないんじゃないかな? お・ね・が・い!
顔文字では両手を合わせていても、現実の柊は何の反応もない。目に止まらぬ速さで文字入力を終わらせ、再び画面を向けてくる。
『ゆきー? 話聞いてるの(@>ω<)੭』
少しは頷くとか、返事するとかしてよ。俺ばっかり話していて、すっごい寂しいんだけど!
そんな不満が聞こえて来そうだ。
気を抜いたら街中でだらしない顔をしてしまいそうで、柊の提案に意見することを忘れていた。とりあえず、遅れた相槌は返しておくとしよう。
「おぅ。聞いてるよ。アイスを食べたいんだろ?」
聞いているから嫌でも思い知らされる。女の俺が霞むほど、柊は可愛すぎてつらいってことを。
そう毒つきたいのを堪え、俺は金髪のボブを揺らしながら通りを指差した。
「あともう少し歩いたら休憩できるぞ。頑張れ、柊」
「鬼かよ。アイスクリーム屋さんの看板、ここからじゃ豆粒ぐらいにしか見えねーんだけど。そんなに俺と歩きたいの?」
スマホではなく空中に吐き出された柊の声は、低音イケボと定義されるものだった。
柊さんよ。顔文字と文面で可愛さを供給しておいて、急に嗜好を変えるのは反則じゃないのかな? ただでさえイケボなんだから、急に囁かれると心臓に悪すぎるんだが! ゲームの攻略対象キャラじゃねーんだから、俺が選択肢を決めるまでこっちを見んじゃねぇよ! 相変わらずキレーな面してるなぁ、おい!
二次元の美少女が好きなはずだったのに、俺の性癖を曲げやがって。最高かよ、ちくしょう!
乙女ゲームのちょろインまっしぐらルートを突っ走ってもいい。我が人生に一片の悔いなし!
けどよ。
すんなり「もしそうだったら、柊は嫌?」だと可愛く言ってみたり、冷めたように「勘違い甚だしいわ」と捨て台詞を放ったりするのは難易度が高い。無理ゲーだ。
オレっ子で生きることを選んだ日から、普通のヒロインを演じることはあきらめている。俺が可愛く振る舞うことなど、天と地がひっくり返ってもありえない。気づいたときには、荒っぽい言葉が出ちまっているからな。
現に、俺はキレ気味に言っていた。
「あぁ? そんなもん、このまま一緒に歩いていたいに決まってるだろ? 柊とは話が合うし、まだ帰りたくねーしよぉ」
くっそおぉっ! 固まった柊も、震えるうさぎみたいで可愛い! 可愛すぎる!
目の前の光景がゲーム画面上だったなら、クッションに顔をめり込ませていた。にやけきった己の顔など、暗い画面越しに見たくもない。
俺は爪の跡がつくまで拳を握り、外に出せない絶叫を封印した。
のろのろと文字入力をした柊が、俺に画面を見せる。
『ゆきぃ。たくさんの人がいる中で、大胆だよぉ(/ω\)』
「ひ、人のせいにすんじゃねーよ! 恥ずかしいのはこっちだ。馬鹿」
暑い頬を鎮めるには、冷たくて甘いものが一番の薬になりそうだ。
「早く食べに行こーぜ! 柊! 奢ってくれるんだろ? 苺とキャラメルのダブル!」
『あー! なんか注文が増えてる(ฅ *`꒳´ * )ฅ』
「うっせぇ。いいだろ、柊はバイトしてんだし。オタク友達に少しぐらい奢っても、グッズ代はよゆーで出せるんじゃないか?」
うし。やっと俺のペースに戻せたな。
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