第8話 13年目 その1
風の強いある日の夕方、男は自分の顔の上に何か固くて冷たいものが乗っているのに気づき、目を覚ました。顔の上のそれをどかして見てみると、まだ洗っていない、食べ終わったばかりのパスタの皿だった。男は小さくため息をついた。
あれから2年が経ち、少年は12歳になっていた。彼は最近、病で寝込みがちな男に代わって海で魚を釣って燻製にしたり、粥を作って、それを男に食べさせてくれたりするようになった。しかし、男が寝ているときでも構わずその口元に粥を垂らしてくるのには参ってしまう。ここで男が驚いたり、嫌がるそぶりを見せたりすると、面白いのかさらにしつこく粥を浴びせてくる。ひどいときは冷えた粥を鍋ごと顔の上にぶちまけられることもあり、そのときは、だいぶ忍耐強くなっていた男も、さすがに我慢できず、激怒して少年を怒鳴りつけてしまった。それでも少年は特に反省する様子もなく、へらへらと笑っていたので、男は少年を教育することをあきらめかけていた。洗えばすぐきれいになる粥ぐらい、別に大目に見たっていいだろうと思ったのだ。
しかし、今日は男の顔に置かれたのは、粥ではなく、洗う前の、ミートソースの油でギトギトの皿だった。水で流せば簡単に落ちる粥の汚れとは違い、ミートソースは油物なので、水だけではどうにもならず、洗うのにはなかなか難儀する。これは教育をあきらめている場合ではない。きちんと叱らなくてはいけない。
男はミートソースまみれの顔を濡れタオルで拭いた後、少年を寝台のわきに呼びつけて、なるべく怖い顔を作って説教を始める。ところが、少年は男の枕元に置かれたミートソース色のタオルが気になって、話に全く集中できない様子だった。男に叱られている間うつむき、しおらしく見せているかと思ったら、時々横目でタオルをちらりと見ては、愉快そうに笑う。
少年は、背丈だけみれば、男とそんなにかわらない大人の体格なのに、中身はまだ年齢1桁代の小さな子どものように幼かった。もしかすると、普通の12歳の子どもだって、案外幼く、この少年と同じように、しょうもない悪ふざけを繰り返すのかもしれないが、子どもとかかわった経験の少ない男には、実際どうなのか皆目見当がつかなかった。別に行動が無邪気で幼いのは構わないが、せめてこちらが話した言葉の意味は伝わっていてほしいと、男は願った。そうでないと、この先も少年は何度も、不用意に人を傷つけ、怒らせてしまうだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます