第四話「生まれた時」

 医学的な根拠がはっきりと解明されているわけではないんですが、いわゆる「胎内記憶」を話すお子さんって割といらっしゃるみたいなんですよね。そして、その中でも一番記憶に残りやすいのが肌で感じた感覚……いわば「触覚」らしいんです。


 5歳の息子さんがいる、ある女性から聞いた話です。


 息子さんが三歳の誕生日を迎えた頃です。彼女がふと気になって「おなかの中にいた時のこと、覚えてる?」って何気なく聞いてみたところ、案外すんなりと話してくれたのだそうです。息子さんはおなかの中でふわふわ浮いていた感覚とか、おなかを蹴った感覚とか色々話してくれました。たしかに他の情報は「明るかった」とか「赤かった」とかだったのに肌で感じた感覚は生まれる前とは思えないほど鮮明なように感じられました。もちろんお母さんの声や外の音など肌で感じた以外の記憶もあって、概ね彼女の記憶と一致していたんです。


「うわぁ、本当に覚えているものなんだ」って、彼女感動したんです。


 それで嬉しくなって、どんどん聞いていって最後に「生まれた時」のことを聞いた時でした。そしたら息子さん、急に表情が曇ってしまったんです。それまで楽しそうに話していたのに「それだけは言いたくない、思い出したくない」といった感じで、かなり話すのを躊躇っている様子でした。


 ……息子さんは難産の末に生まれたので「もしかしたら引っかかって痛かった感覚とか、苦しかった感覚とか残っているのかな」って彼女は思いました。でも辛かった記憶でも共有して受け止めてあげたいという気持ちがあって、どうしても話して欲しかったんです。それに、このような記憶は三、四歳を過ぎると急速に失われていくそうなので「これを逃したら次はない」という焦りもありました。


 だから、話してもらいました。

 そして……











 それを聞いて、ぞっとしたんだそうです。


 たしかに「生まれてくる時、出にくくて苦しかった」とは言ったんです。

 でも、その理由が……
















「奥から、何かが自分を掴んで引き戻していたから」って、言ったんだそうです。






 彼女は、背筋が凍りつきました。もちろん、息子の気持ちを考えると恐ろしいというのもありました。でも、それ以上に自分の身体の中であることが何よりも怖かったと彼女は話しました。




 息子さんが生まれた時、彼女のおなかの中には。











 いったい、何が居たというのでしょうか。

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