第3話 伊藤 遂。
『来ちゃった』
《ごめんなさい、ウチの弟が邪魔したいみたいで》
『人聞きの悪い事を言うなぁ』
「まぁまぁ、荷物が多かったし助かるよ、はい」
『ほら』
《はいはい、ありがとう》
「迎えに来てくれて助かった、ありがとう」
《ううん》
『食事は?休憩しなくて大丈夫?』
「荷物を置いてからが良いなぁ、近くに有るかね」
『有る有る、じゃあ行こうか』
「宜しく」
連絡すら拒絶されてから1週間後、俺なりに調べ画像を送る事にした。
返事は無かったものの既読は付いたんで、それから最低でも5日置きになる様に日数はランダムで送り、知り合いと写る画像も送った。
そうして1週間後にはスタンプが帰って来る様になり、引っ越しの1週間前に謝罪が有り、連絡を取り合う様になった。
そして今日。
彼女から、思った以上に罪悪感が滲み出ている事を知った。
正直、今更後悔されても困る。
お互いに失ったモノは取り戻せないんだし、そもそも俺は取り戻したいと。
いや、無いと思っていたモノ、半永久的に得ようとすら思っていなかったモノ。
それを俺が問題視していない事も、きっと彼女には罪悪感を増やす材料にしかならないんだろうな。
『どう、本物の都会は』
「地区が細かく分かれてんのな、それ覚えるのが大変そうだわ」
『あー、なら覚えるまで暫くは家に籠ってた方が良いかもね。近隣に気を付けた方が良い地区は無いけど、電車とかバス、少し間違うと特区で止まるから』
「それな、Ω用快速とか忘れてたわ」
『向こうは全部共用だもんね』
「それと車な」
『乗って来なかったんだね』
「古い中古車だしな、コッチで新品買うか」
『コレあげるよ、元は姉さん用だったから』
「いや、コレまだ綺麗だろ」
『じゃあ相場の3割安い値段で売る』
「けど」
『どうせ家族になるんだし良いじゃん、姉さんも慣れてる車の方が良いでしょ?』
《私は、別に拘りが無いから、誠君の好きな車で良いよ》
『何か拘り有る?』
「いやー、気密性しか気にして無かったからなぁ」
『コレなら大丈夫、整備したばかりだし、偶に車出してくれたら良いよ』
「そこか」
『だね、倉庫型の店好きなんだけど、ウチだと食べきれなくて』
「アレ、コッチにも、そうか」
『今度行こうよ、家具も有るし』
「おう」
彼が越して来てから、数日後。
私に黙って女と会っている所を見てしまった。
詰め寄る気は無かった、まだ結婚すらしていない、ただ付き合っているだけの関係。
けれど、私から距離を置いた不安と、元夫の事。
そして私だけが好きなんじゃないかと思える様な態度に、不安に耐えられ無かった。
《あの女の人、誰》
「ぁあ、前からの知り合いっつーか、仕事関係だけど」
《ごめんなさい、紹介してくれる?》
「出来たら、忙しい人だから今直ぐとは言えないんだけど、それでも良いかな」
《うん、ごめんなさい》
不安を掻き消す為にも、私は会えば体を重ねるようにした。
そうすれば目で見て確認が出来るから。
今更、今更不安になるなんて烏滸がましいのは分かってる。
でも。
もし、今回も裏切られたら、私は。
「
『ごめんね
「それはそう」
『またβ男にフラれたんだよね』
「βだから好きってワケじゃないんだけど、凹むよね」
『αにしとけば良いのに、いい加減にお見合いしときなよ』
「ねー」
私達は同級生、しかもαの女、だった者も含む友人同士で集まっている。
『で、どうなの、どうしたい?』
《罪悪感も不安も、消したい》
『まぁ紹介してくれるって言うし、そこは置いといて、話し合ってみたら?』
まぁ、無理だろうね。
知れば知る程、罪悪感が増すんだし。
「何処かで切り替えないと、無理なんじゃない」
『まぁ、だね』
αだった頃は、もっとハツラツとして頭も良かった。
なのに、例の問題も有ってから、特にΩ化してから彼女は少し変わってしまった。
Ωとしての本能に引っ張られるのか、良くクヨクヨする様になり、相談も塞ぎ込む事も増えた。
なのに、子供はあっさり手放した。
何も女だけが子育てをするワケでは無いからそこは良い、けれど。
番断ちの苦しみも、苦しんで産んだ子の事も、今は頭からすっぽ抜けている。
私は、その変化が恐ろしい。
だからβ男を相手にしようといしているワケでは無い、けれど、どうしても子が欲しいと思えないのも事実。
β男の親はα女を避ける傾向に有る、万が一にもβ男がΩ男になってしまったら、リスクがあまりにも増えてしまうから。
私は、敢えて叶わない恋をしようとしているだけなのかも知れない。
けれど、叶うからと言って、安易にα男に靡くのもどうかと思う。
実際に
《ごめんなさい、切り替えるべきなんだけれど、取り留めの無い事を言ってるわよね》
自分が幸せにする、その思いだけで私は十分だと思うけれど。
どうやらその気概が無いらしい。
コレはΩ化したからなのか、元からなのか。
『まぁ、今は一時的にでもさ、気分転換しよ。何か良い案が浮かぶかもだし、ね?』
《ありがとう》
もしΩ化したら、私もこうなってしまうんだろうか。
「はぁ、何でお前と居る時間の方が長いんだろうな」
『そんなに嫌?』
「いやー、もう少し
『まだ悩んでるみたいだからね、嫌なら帰るけど』
「なぁ、俺はどうしたら良い?」
碌に恋愛の仕方も知らない、ウブなα。
姉さんは相変わらずウジウジしてて会う頻度はバラバラ、膨大な慰謝料と今までの貯蓄で以前と同じ様に暮らせているけれど。
このまま、番が居ないままでは楽には過ごせない。
毎月約4日間の発情期間中は、性行為の事ばかり考えて仕事すら手に付かない、一時的に収まっても波が何度も襲ってくる。
幾ら在宅の仕事が有ったとしても、蓄財にまでは回らない金額、生活する為の足しにしかならない。
僕としては、番って貰う為の政策の1つだと思ってる。
余裕を持って生活がしたい、人生を楽しみたいなら番え。
それが例えβだったとしても、αの2番手だったとしても。
Ωを娶れば、扶養手当や控除で生活に余裕が出来る。
金額は多くは無いけれど、2人で真面目に働き、健康に気を遣い質素倹約に過ごせば年に1度は国内旅行には行ける。
もっと手当をとほざく者も居るけど、そうすれば金の為に結婚し、果ては破綻する家庭も出る。
それを防止するには、定期的に給付金額を見直し、常にギリギリの範囲を給付しなければならない。
国が国民を保護する理由はただ1つ、国家の維持。
国を維持するには人が必要になる、しかも自国の者、正しく納税し清く正しく生きる自国民を必要とする。
なら、ただ産めよ増やせよは、あまりにも愚策だ。
何処かで締め付け、何処かで緩めなければ、人は増えない。
増やそうとはしない、子育ても人生も簡単では無いのだから。
『一応、プロポーズしてみたら?』
「もうか?早くないか?」
『え、したくないの?』
「いやー、するにしてもだな、段取りが有るだろ段取りが」
『けど、その前に先ずは改めて意気込みを伝える必要が有るんじゃない?もしかして無理させてるんじゃないかって、そこも悩んでるだろうし』
「あー、気にするなとは言ってるんだけどな」
『難しいだろうね、自分が原因と言えば原因なんだし』
「んー」
『姉さんが早々に許してたら、どうしてた?』
「いやー、似た人生を送ってたと思うぞ」
『そこ、もう少し具体的に考えても良いんじゃない?そうした確信って、言わなくても伝わる部分が有るかもだし』
「まぁ、そうか」
『引っ越す前、先ずは3日位は置いてから手紙の返事が来る所から、スタート』
僕なら、絶対にそうした。
僕に手紙が来ていたら、きっと自分を責めてるだろうと思って、僕なら会いに行った。
「なら、暫くは文通でもするかな」
『メールだと思ってもいない事が直ぐに伝えられちゃうしね』
「それに残るし、ニュアンスが正しく伝わるか分かんないからな」
『で、暫く文通して』
「あー、画像だけ、偶に送り合うかも知れないな」
『あ、僕に送ってよ、様子次第で見せたり出来るし』
「それもなぁ、君は君の人生が」
『面倒な相手に恋人だって使うから大丈夫だよ』
「それもそれでなぁ」
『分かったよ、悪用はしない』
「君が居ないと成り立たないのもなぁ」
『じゃあさ、そのまま送った方が良いのはそう言うし、コッチで見せるは最終手段にする』
「そんなに俺と姉さんを結婚させたいか?」
『そら良い人だと思ってるからねぇ』
「いやー、浮気疑われてるぞ?」
『男のΩだって居るのに、会ってた相手が女ってだけで不安になるなら、誰も無理だよ』
「そうキツイ事は言ってやるなよ?」
『言わないよ、Ω化を舐めてるワケじゃないからね』
思うのは相手の事ばかり。
体を求め、気持ちを求め、庇護を求める。
妊婦に狩りも防衛もは難しい。
母体としては当たり前に要求する事。
愛を求めるのは、当たり前。
「つかさ、俺と居るだけで本当にΩ化し易くなるかね」
『本当は体液摂取もした方が良さそうだけど、尿でもくれる?』
「俺にその趣味が無いからなぁ」
『別に直飲みさせろって言ってるワケじゃないのに』
「それは考えて無かったわ」
『ジョッキに入れたら』
「止めろ止めろ」
『良いじゃん、見えない所で飲むし』
「つか、そんな事でなるのかよ」
『動物の臭い付けって有るじゃん、スプレー行為、ホルモンが含まれてるんだよね』
「あー」
『直飲みかジョッキか、この水筒か』
「お前、まさかその為に買ったとか言うなよ」
『それも、コップだとココで洗う事になるし、水筒ならウチの洗面所とかトイレで洗うつもりだし』
「はぁ、本当に大変だぞΩ化」
『生徒に居たんだっけ』
「相手ありき、ちゃんとした相手が見付かってからでも良いんじゃないか?」
『手を出され易いのって、やっぱりΩ男なんだよね。だからあくまでも選択肢を広める為だし、番無しΩになるかもだし、そもそもならないかもだし』
番無しΩの存在自体は、ほぼ都市伝説。
番おうとも発情フェロモンを出し、番から見放される存在、若しくは誰とでも番える存在。
「そんなに愛されたいか」
『運命の番だとかはどうでも良いけど、子孫を残せないってβには結構なハードルだからね』
「女の何がダメとか有るのか」
『無いよ、ただ好きになった相手が男だっただけ』
「はぁ、分かった。ただ水筒はダメだ、万が一が起きて、それで何処かの誰かに発情されても困るし」
『えー、ついでに浴びようと思ってたのに』
「お前、凄いな」
『そらね、男しか愛せないβ男は必死にもなるよ、永遠に誰にも相手にされないかも知れないんだからね』
「アレは、Ω男は、滅多に居ないか」
『それに、そこまでモテるワケでも無いし』
「だからって」
『ちゃんと信用出来る相手で、付き合った人だけだよ、未だに病気は根絶されて無いんだし』
「それでもだ、何か有ったらちゃんと俺に言えよ」
『じゃあ尿頂戴』
「はぁ、忘れてくれないか」
『お願い、こんな事頼めるα居ないんだ、ね?』
「あのな、俺の番になったらどうするんだよ」
『アリ』
「ちょっと悩んだろ」
『そら姉さんのだしね』
「今、その事を言うワケには、いかないな」
『僕も被害者と言えば被害者なのに、姉さんの方を取るんだ』
彼は罪悪感に弱い。
だからこそ人間関係だって絞ってたんだと思う。
「ズルい言い方をするな」
『僕も必死なんだよ、姉さんには既に子供が居るから良いけど、僕には誰も居なくなるからね』
「俺らじゃダメか」
『上手くいけば邪魔になるだけだしね』
「いや、お前も家族なんだから」
『夫婦の間に入り込む趣味は無いよ』
「すまん、俺の影響が」
『かもね、だから償ってよ、尿で』
「もう少し時期を見て、話し合ってからな」
『期待しておくね』
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