父公爵からの話②

 確かに夜会時に庭園で密会し、見つめ合う二人を見たと瞬間、衝撃と痛みが走ったのは事実。

 それから数日間、ティアリーゼは自分が何に傷付いたのか冷静になって心境を考察してみた。


 母が亡くなってから、父が連れてきたミランダとマリータ。この二人のことを「ティアリーゼの家族になる人達だ」と父は言った。

 しかしミランダは前妻の娘であるティアリーゼを疎んじ、娘や家族としてなど微塵も思っていなかった。

 別棟に追いやる程に。


 そしてティアリーゼは、最近のリドリスとマリータの様子を見て、二人が思い合っているのではないかと、薄々気付いていた。

 それでも王族としての責任と義務で、彼はティアリーゼとの婚姻に納得しているのだと思い込んでいた。


 そのように考えていたのは、ティアリーゼだけだったらしい。

 リドリスは一体いつからティアリーゼとの婚約を破棄し、マリータを婚約者にすげ替えるつもりだったのだろうか。

 ずっとティアリーゼの存在を疎ましく思いながら、この公爵邸に通い続けていたのか。


 偽りの家族、偽りの婚約者。

 全てが嘘だらけだ。

 自分はこの屋敷にいても常々部外者だと感じていた。だが、どうやら屋敷内だけの話ではないらしい。

 自分の居場所がこの公爵家にはないどころか、世界から孤立しているとすら思えてくる。


 どれだけ公爵家から疎外されていても、国から明確に決められた「王太子妃」という将来があった。

 決まった目標や目的があるだけでどれ程安心した事か。

 しかし「王太子妃」という立場は、リドリスと結婚した上で成り立つ。

 自分が唯一手にしている、決まっていた筈の将来もなくしてしまった。


 生まれてから手にしたと思っていた物が、次々と取り上げられていく。それとも、手にしたと思っていたのは自分だけで全て虚像や、まやかしだったのか──


「もう一つ話さねばならないことがある。婚約破棄の後に話すのは心苦しいが……」

「何でしょうか?」


 口籠る公爵に続きを促す。


「リーゼには陛下より、新たな婚約の打診があった」

「新たな?」


 心が何も感じなくなっていると思い込んでいたが、予想外の打診に流石のティアリーゼも目を見張った。その反面すぐに心が急激に冷めていき、疑念を抱く。


(また直前で婚約破棄になる可能性も……。それとも……)


 お払い箱と言わんばかりに、適当な相手、または何かしら問題を抱えた人物なのか。

 もしくは自分より、随分と歳上の男性との婚姻を強いられるかもしれない。

 そうだとしたら、修道院にでも逃げこもうか。


 国や公爵家のための政略の駒として、人生を捧げる気にはなれない。

 それ以前に今のティアリーゼは、自分が国や公爵家のためになれる程、価値のある道具にも思えなくなっていた。


「リドリス殿下の双子の兄に当たるお方で、名はユリウス殿下という。次期王兄殿下との婚約を新たに結ぶようにとのお達しがあった」

「……リドリス殿下が双子?」


 これまでの人生を経験してきて、多少の事では驚かないのではと思ったが、どうやらそれはティアリーゼの慢心だったらしい。

 ティアリーゼの人生は想定外だらけだった。

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