Lighters of the Radiant Burst
パントー・フランチェスコ
ライターズの卵
1. Night brick slumとひまわり回転街
地球。平光展時代、西暦二九四八年一月。零下四〇度。太陽が絶滅した時代のイグナイト東京の冬は冷酷だ。新・新秋葉原周辺、千代田区神田須田町の河沿いに、屑物だらけの小道がある。宵闇に隠れ、瓦礫を集めただけの小さなあばら屋が立っていた。
室内とは思えないほど寒々しい闇の中、ぴったりと寄り添う人影がある。光が贅沢なものとなったこの時代に、その周囲だけは仄かに明るく光っているようだ。ボロボロの服を纏った二人は肩を寄せ合い、掌に乗せた光石の微かな温もりを分かち合っていた。パルスのリズムで光を放つ隕石はとても希少で価値が高い。やつれた頬の老婆、ピラースはその光石をそっと隣の少年に差し出した。
「ほらクセソーティアソ、持ちなさい、無駄にしないで」
痩せ細った指が、十三歳の孫の額を優しく撫でる。
「お前にはきっと溢れる光に満たされた幸せが来るよ、不幸の中に実る恵みを信じて」
ピラースは顔を近づけ、祈るように囁く。
「信じてクセソー君、おばあちゃん知っているから。」
少年は痙攣のような弱々しく歪んだ微笑みで応えた。
ピラースは切なげに目を細めると、鉱石をクセソーティアソの腕時計に近づける。石が纏う僅かな赤い光が時計に吸い込まれ、銀の盤面が発光した。少年の顔もぱっと輝く。
「今日も街へ行きたいんだろう? 光源ストレージを持ってお行き。いいかい、何度も口を酸っぱくして言っているけど、無駄遣いしちゃ駄目だよ、わかった? 」
光源ストレージはエネルギーとしてだけでなく、通貨としても使用できる。臨時のお小遣いを得たクセソーティアソは「うん、大丈夫、わかってる!」とぶんぶん首を縦にふる。ピラースがマフラーを巻く間すらそわそわと落ち着かない。
「行ってきます!ピラースおばあちゃん」
弾む足取りにぼろぼろの床を軋ませ、少年は新・新秋葉原駅に向かって家を飛び出した。真冬の鋭い風が刃のように肌に突き刺さり、貰ったばかりの光源を使って防寒バリアを貼りたくなる誘惑にかられる。
しかし、クセソーティアソは乾いた唇を噛み締め、あばら屋を振り返った。祖母はこれから寒い部屋で独り、夜まで自分を待つのだ。「節約しなくちゃ」と外套の襟を立て、少年は街へと足を早めた。
約百年前、衰光エラは始まった。
西暦二八五〇年四月一三日、忌むべきその日を人は「大黒災」と呼ぶ。太陽と全ての星々が突如として死んだのだ。太陽は黒い破片となって宇宙の塵に霧散し、それに伴い光や日差し、発光や発火の方法、電子機器のエネルギー源、文字通り全ての光が失われた。世界は一瞬で暗闇に包まれ、人類の半数が命を落とし、文明そのものも衰退した。その後十年間にわたる絶対的な暗闇の時代「絶黒時代」の幕開けである。
汎光源形成特集班研究所の科学者達は、絶望の淵に立つ人類を救うために、藤村博士の指導の下で世界中から協力者を募り、死にもの狂いで研究に取り組んだ。しかし、暗闇を照らす方法を見つけることはできなかった。
そんな絶望の淵に落ちた人類に新たに一縷の希望を与えたのは、宇宙鉱業遠征の日本チームだった。
アンドロメダ銀河の小さな炭素惑星から発掘した数個の鉱石から、微かな光が放たれていることを発見したのだ。
「今日この日が、人類にとって闇に立ち向かう幕開けとなるのだ、これは神の光だ」
柳本キャプテンは小さな鉱石を空高く捧げた。 彼らが持ち帰ったその鉱石は「ラディアントオーア」と名付けられ、衰退する文明に新たな価値をもたらし、今も尚、垂涎の的となっている。
それ以降、鉱石収穫目的の宇宙遠征は人類にとって不可欠となった。ラディアントオーアから取得された光源とエネルギーの六割は宇宙遠征のために使用され、残りの四割は衰退した社会の機能を再構築するために利用されるようになったのだ。
そして、ラディアントオーアの採掘と人類の保護を使命とする漆黒宇宙探究部隊SUBという軍事組織が設立された。SUBは、光源を移すことができるアブレイズクロックという腕時計型の電子機器を開発し、無料で広く配布した。
光源はエネルギーへと変換され、人類の営みのための多様な用途に使用されるだけでなく、施工や物資の運用、更に通貨の役割も果たすようになった。人々は光を切望し、光の喪失によってその渇望はさらに増す。この状況を「光のインフレーション」と嘆きながらも、受け入れざるを得ないほど世界は困窮していた。
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