診療所の厄日

葱と落花生

第1話  診療所の厄日

    詳細不明の黒猫狩り


 凶悪で御下品な声が飛び交っている。

 彼等がガラの悪さは筆舌に尽くし難い。


 数日前、山城組の親分が「宇宙人の侵略だー」と乱心して刀を振り回した。

 それっきりの消息不明。

 銚子の温泉に避難して行ったと、もっともらしい噂まで流れている始末だ。

 残された子分達は烏合の衆を一夜で卒業し、地球人とは思えぬ程まで性格を豹変させている。

 ひょっとしたら、親分が予告したとうりの異常事態が、子分衆に起こっているのかもしれない。


 一昨日、捜索隊を組織し親分を探しに銚子まで行ってみたが、行方を突き止めるには至っていない。

 温泉に浸かってのんびりしただけで、診療所に帰ってきたところが、この騒ぎである。


 駐車場に車を停め、罵声飛び交う空き地に歩いて行くと、山城組の連中と、隣に事務所を構えるヤクザの有朋が、黒猫のクロを追い回している。

 どういった因縁が絡んでいるかは不明だが、帰るなり荷もそのままに、診療所の者まで参加しての捕獲劇が狭い町内で始まった。


 事情を知らない近隣住民は、窓越しに右往左往の大騒ぎを見始めている。

 見ているうちに、大捕り物の主役がクロである事を知るや、普段からクロ猫の泥棒に迷惑していた住民達も加わり、町中がてんやわんやになって収集がつかない。


 それにしても、普段からどれだけ恨みを買っているのか、追跡情報がネット上に飛び交っている。

 他にやる事がないのか? 

 平和な元旦を過ごしている庶民は、想像以上に暇人が多いようだ。



 山城組の極道とメリケンマフィア崩れの有朋組に加え、希少な堅気の地域住民まで巻き込んだクロ捕獲作戦は、おやつ休憩を挟んで続けられたが、未だに捕まったとの報告が上がって来ない。


 山から野猿が下りて来た時は、麻酔銃で眠らせ、もっと山奥の行政区境界ぎりぎりまで連れて行った。

 隣町の山林に自主撤退させるまでに、三時間を要している。

 別の事例では、畑を荒らす猪の出現通報から、鍋に入れて食すまで、四時間で完結した。

 後の祝宴がダラダラと長く、完食までに三時間を要した為、正式記録は七時間となっている。


 役所の鳥獣保護抹殺課は、動物の扱い方に精通してる筈なのに、猫科のそのまま猫、虎や黒豹でもない奴に手こずって、今回はなかなか成果を出せないでいる。


 十一時半になると、市役所の放送塔から「三十分前だぞー、畑仕事は適当に切り上げて、家に帰って昼飯の支度しろ」と言った意味合いのチャイム。


 参加者全員が一旦帰宅する。


 昼休みに、市役所で待機していた職員が、いつもの美声をもって、クロの捕獲作戦進行状況を伝え始めた。

 声が綺麗だからと言って、必ずしも美人とは限らないのに、絶世の美女だと確信して聞いているのは一人や二人ではあるまい。


 元日の勤務は御苦労様と褒めてやりたいが、仕事のやり方を間違っていないか? 

 誰か指導する立場の人間は勤務していないのか。

 殆どネットの書き込みを棒読みする放送になっている。


 ひょっとしたら、放送室を不埒な輩に占拠されているのではなかろうか……。

 それにしては緊張感が無く、放送中に笑い声まで聞こえてくる。

 元旦勤務に腹を立て、懲戒免職覚悟で無茶な放送をしていると確信できる程、内容がエスカレートしてきた。


「おっとー、ヨレヨレの爺さんが、クロに向かって勇猛果敢にアタックー。軽くかわされて田んぼに頭を突っ込んだー。クロは向かったか隠れたか、ただいま上空よりドローンの画像をネットに生放出中ー。完全ライブノーカットで御送りしていますー」

 どこら辺りがノーカットなのか、若干気になる言い回しだ。

 昼飯を食わないでクロを追いかけている爺さんがいるらしい。


 放送されたアドレスにアクセスしてみる。

《この動画を見るには、サイトの認証を受ける必要があります。ネット銀行の口座番号と暗証番号を入力してください》

「詐欺かよ」

 すると直ぐ、サイレンが町中に響きわたる。


「新手の詐欺行為が確認されました、住民の皆様には十分警戒をした対応を御願いします」

 怪しまれないように偽装工作したのか。

 犯人は御前だ、俺には分かる。


 昼を過ぎても、クロは一向に捕まる気配がない。

 ついには猟友会が麻酔銃を持ち出してきた。

 ところが、この時期一杯二杯ひっかけているのは当たり前。

 ベロベロのおっさんまで参加して誤射の嵐となり、どいつもこいつも同士討ちの揚句、ぐったり眠ってしまった。


 結局「本日のクロ狩りは、只今を持ちまして終了いたしました」薄暗くなって放送された。

 へたっているクロに網を被せるばかりとなっていたのを途中でやめて、作戦部隊は即時解散、帰宅。


 昼間、町内をグルリ一周逃げ回ったクロが振出しに戻り、診療所のウッドデッキに据えた揺り椅子の上で鳴き喚いている。


「今日はいっぱい運動したわねー」

 常勤医のあおい君が、丼に山盛りの餌をクロに食わせる。

 ここだけ切り取ってみれば長閑な光景だが、事情が事情なだけに、のんびり眺めているのが妙な感じだ。



 翌朝六時、放送塔からラジオ体操の歌が流れる。

 第一が終わると同時に、ホイッスルの音が全町へ一斉に響き渡った。


「町民の皆様、お待たせいたしました。只今より、クロ猟の解禁となります」

 町の至る所から「オー!」と雄たけびが聞こえてきた。


 莫大な賞金がかかっているのか、正月二日だと言うのに、町全体が危機的疾患にかかったとしか取れない状況になっている。

 これは、医者の俺でも治しようがない。


 それよりも、さっきから診療所の中に入り込み、あおい君にゴロゴロ言わされているのは、紛れもなく指名手配中の凶悪猫クロだ。

 危険な逃亡猫を匿っているとばれたら、きっと町から追放されて焼き討ちにあってしまう。


「ねえ、そいつ、外に放り出した方が良いんじゃないの。魔女狩り並みの大事件になってるから、ばれたら診療所ごと焼き払われちゃうよ」

 今の心配事を、あおい君へ素直に打ち明けてみる。

「大丈夫ですよ、ヤブ先生は心配性ね。もうすぐ山城さんがクロちゃんを迎えに来ます」


 既に捕獲の連絡はしてあるが、このように盛り上がったイベントを、このまま終わりにしてしまうには惜しいから、もう少し続けるのだと説明された。

 しかし、今回の町内一周クロ捕獲すごろくは、まだまだ歴史が浅く未完成。

 町議の連中も薄々気づいていて、暫くしてから捕獲完了情報が流された後、毎年の恒例行事として行なう為のルール作りを休み明け一番の議題にする事が、臨時決定されたとの町内ニュースが流された。




 去年の間欠泉騒動の続き


 翌日、去年起こった間欠泉噴出騒ぎで、今となっては道だか庭だか区別のつかなくなった私道を隔て、真正面にそびえ立つ有朋組の二階屋が傾き始めた。

 俄作りでは然もあろう。


 騒ぎのどさくさに紛れて、間欠泉が噴き出した穴の真上に建てたのだ。

 このまま地底深く吸い込まれても、誰も同情しない建物になってきた。


 落城まで何日もつか眺めていると、数分で敷地がそっくり沈み、一階部分が見えなくなった。

 下からは再び温泉が噴き出し、しっかり湯壺に浸かって抜けられそうにない。

 沈んで湧き出た温泉池の中に家が有るのは、洪水と言うより入湯とすべきか。


 有朋以下数名の組員が、一階になった二階の窓から手を振って挨拶している。

 敷地は随分と広いので、すぐさまこちらに被害が拡大するとは思えない。


 時計の針は十二時近くを指していて、看護師のキリちゃんが、せっせと飯の支度をしている。

 驚きと不安と恐怖の連続で過ぎて行く時間を忘れていたが、この風情で空腹感が胃腸と連動し、腹腔内で抗議デモを始めてきた。

 災害があっても食う物だけはしっかり胃袋に詰め込んでおかなければ、いざと言う時に生き延びられない。

 この点、看護師だけあってキリちゃんは基本がしっかりしている。


 みっちり昼飯を食わせてもらっていると、救命士の相南が梯子車に乗ってやって来た。

 温泉池の真ん中に沈んだ有朋組の二階に、梯子を伸ばして救助活動の真似事を始める。

 真似事としたのは、相南は非番で梯子車は個人所有だからだ。


 助け出された組員が、六十度近く有る温泉の湯もみを始める頃になって、雲行きが随分怪しくなってきた。

 遠くの空では、この世の終わりを絵に描いた様な稲光が、分厚い雲の中で暴れている。

 雷鳴は遙か彼方に聞こえるものの、昼間でも診療所周辺ばかりか、海の方まで真っ暗な闇が浸食し始めて、夜ではないかと錯覚する。


 稲妻がその光を発する度、街の全景を一瞬ストロボで照らしたように浮かび上がらせてくれる。

 こうなってくると、落ち着き払っていたキリちゃんもタジタジだ。

 十字架に数珠と御稲荷さんの御札を抱え、部屋の隅っこに縮こまってしまった。


「悪霊退散、どうか、どなたか、私だけ助けてー」

 拝み倒したからと、今更どうなるものでもない。

「私を助けて」なら許せるが「私だけ助けて」と言うのも我儘だ。

 そこへ、あおい君がMRIで使っている耳栓を持って来てやった。

 こいつを素早く耳へ詰め込み、雷の音が聞こえなくなると、途端に怖いもの無しのキリちゃんに戻った。


 診療所で屯っていた爺婆を施設の送迎車が回収して行くと、ここは住人だけ、随分と寂しい雰囲気になってきた。

 柱が朽ちて傾いたテラスに出て濁り酒を飲み乍ら、近付いて来た稲妻を眺めていると、あおい君がアンチョビピザの焼きたてを持って来た。


 近所にあったピザ屋が閉店して、いらなくなった石窯を貰ったは良いが、どの様に使うものなのか、いくら考えてもピザしか思い浮かんで来ない。

 嫌いではないし不平は言わないが、最近はこればかりを食っているせいだろうか、体重計の数値は運動量に反比例して増え続けている。


 バーベキューをひかえて体重を減らそうとしても、無意味な事に気づき、こいつも再開したから尚更だ。

「毎日では、飽きちゃったかしらねー」

 あおい君が、俺の様子を見て問い掛けた時には、半分ばかり食い終えていた。

「そんな事ないけどさ、他に作れないのかな? 石窯って、でかいばかりで、あまり使い道ないね」

「あら、石窯って色々できますよー。ラザニアでしょ、それからパンだって焼けるし、燻製も作れるしー、パイとか御菓子も焼けるんだから」

「それじゃ、何でピザばっかりなの」

「先生が料理するって言うから、無理に御願いして貰った石窯ですよー」

 奥からキリちゃんの声がする。


 音ばかりか稲光も怖い人は、外に出られないで引籠っているくせに、しっかり会話だけは聞いている。

「耳栓をしているのに、よく聞こえるもんだ」感心すると「二人して雷の音に負けない大声で会話しているのー」と指摘された。

 なる程、納得である。


 真ん前の温泉池で湯もみをしていた組の連中と相南は、チラホラ冷たい雨が降り出すと、診療所脇に作ったビニールハウスへ雨宿りに入って行った。

 そこへ、キリちゃんとあおい君がピザを差し入れる。


 ハウスの中から俺の濁り酒を眺めていた有朋が、相南に耳打ちすると、梯子車を伸ばして事務所の一階になった二階から、図鑑でしか見た事のないウヰスキーを持ち出して来た。

 自分達だけで飲む気か。


 人の不幸とピザを肴に飲んでいたのは俺だから止めろとは言わないが、人様のハウスで飲むなら、それなりの礼儀と言うものがあるだろう。

 一言いって聞かせようか構えていると、あちらから招待状を持って若いのが来た。

 目と鼻の先にいるのだ、一声かければすむのに、回りくどいのが日本の礼儀と勘違いしているから始末に悪い。


 こんな愚痴をごねても馬鹿らしい。

 招待にすんなり応じ、一緒にハウスの中で宴会を始める。

 図鑑に載っているような酒で美味いのはないと思っていた。

 本の中に美味い物が有るとしたら、グラスに注がれた酒の横に、これにはこの肴が良く合うと置かれたチーズやナッツとか、一粒ウン百円のチョコレートだと勝手に決めつけていた。

 ところがどっこい、酒とはここまで人の味覚を陶酔させるものかと思える。


 今日の今まで、こいつ等はロクデナシの石潰しとしか見ていなかった。

 それがどうして、本当に良い物が何であるかをしっかり見抜く眼力を持っている。

 とっておきの美味い物を差し出すからには、裏に頼み事が有るくらいの察しはつく。

 どうせ住む所が無くなった、診療所に暫く住み付きたいと言った程度だろう。

「ハウスで良かったら、好きに使ってくれ」

 先に言ってやった。


 これを聞くと一安心したのか「流石に先生、何でも御見通しだ」とヘラヘラ、太鼓持ち程の威勢で持ち上げ、さあ飲めやれ食えが始まった。


 宴に見境の無い勢いが付いて、裸踊りが演目に加わった所へ、あおい君が飛び込んできた。

「診療所の中に避難してー」

 理由も何も言うより早く、酔っ払いを殴る蹴るして診療所に放り込む。

 俺まで一色淡にして、診療所へと押し込められた。


 入って何事だよと抗議する前に、バラバラガラガラゴロゴロ、派手な音と雷鳴が入り混じって、恐ろしく凄まじい雰囲気になってきた。

 窓の外では、庭か道路か区別のつかなくなった道幅の空き地に、ゴルフボール程の氷が降ってきて、停めてあった梯子車をスクラップにする勢いだ。


「あー! 俺の梯子車ー」

 相南は嘆いているが、他の者が気掛かりなのはそれではない。

 先程まで寛いでいたビニールハウスを見ると、氷の攻撃を受けて穴があき、破けたビニールがだらしなくぶら下って風に煽られる。


「ありゃ何だい」

「氷でござんす」

 あれこれそれなら、言われなくても分かっている。

「山城の親分がさ、ちょいと前に色々と言っていたけど、この他にも、まだ災難がやって来るのかな」

 伝言を授かったキリちゃんが、この事態について一番知っていそうだ。

 皆してジワジワと詰め寄ってみる。


「詳しい事は聞いていませんよー」

「あおい君は何か聞いてないの」

 次なる候補である、あおい君を標的にしてみる。

「聞いてますけど……似たり寄ったりです」

 一つ所に集まり、目前の災難を見ている誰一人として、山城の爺さんから事情を聴かされていないようだ。


 変な宇宙人から貰った資料が、未来予想だ大予言だとか騒ぎ、慌てまくっていた。

 もしそれが本当なら、温泉の噴き出しや今回の氷や雷の事くらいは知っていただろう。

 だーが、しかーし、素直に爺の寝言が的中するとは信じたくない。

 そこで、今回の災害を予想したのが、俺の知っている助兵衛な宇宙人と仮定して考える。

 あいつらの科学力をもってすれば、この程度の災害は無力化できるだろうし、創り出すのも可能だ。

 どちらかと言えば、災害を創り出し、もっと大きな過ちを只管隠そうとしているのではないかと思えてならない。 





 貸した消防車の行方と今日の犠牲者


 ハウスで美味く飲んでいた酒を持ち出し、羞恥心なき宴の続きを避難所化した診療所でやっていると、相南に緊急の呼び出しがかかった。

 非番の日に梯子車に乘って有朋を助けに来ただけで、こんな事態になるとは予想していなかった。

 下戸なのに、とことん飲んでいるから運転どころではない。


 しかしながら、責任感が有るのか無いのか微妙な奴で、その場にいた全員がやめておけと言ったのに聞かない。

 緊急に呼ばれたならば出動だと、無理して車を動かそうとした途端、伸ばしたままの梯子が、かろうじて残っていた有朋組の二階部分を粉砕して温泉池にばらまいた。


 相南の状態を消防本部に連絡すると、救急隊員がすぐさまやって来て、人間はいらないから梯子車を貸してくれと、酩酊状態の相南に縋って頼み込む。

 飼料タワーより高い建造物の無いこの地域で、梯子車は無用の長物である筈だ。

 どうしてこんなデレ助から、そんなにしてまで梯子車を借りなければならないのか。


 興味本位で周辺地域の様子を聞けば、真ん前の事務所と同じ様に、十数件もの家が温水池に飲み込まれ、救出が間に合わなくなっていた。

 そんな緊急事態に、相南を使いものに成らなくしたのは俺達の責任だ。

 せめて、梯子車くらいは自由に使ってやってくれ。

 何だったら消防本部に寄付しても良いと、酔った勢いで作った念書を、前後不覚の相南にチラっと見せて、グデグデのサインをさせた。



 氷が止んで外に出られるようになり、街はどんな状態か様子見をしていると、妙な雲が空一面に広がってきた。

 双眼鏡で消防が向かった方を覗く。

 一筆書いて持って行ってもらった梯子車が、巨大竜巻に巻き込まれているではないか。

 いかん景色だ。

 完全に出来上がって、生死の境目を彷徨っている相南には、絶対に内緒にしておこうと皆の意見が一致した瞬間である。


 酒がなくなると、昼の延長線上に長く延びたランチタイムが終わった。

 後片付けをしている時「二三日は何とかなりますけど、これだけの人数だと直ぐに食糧が底をつきますわよん」

 いささか飲み過ぎて気分の高揚したキリちゃんが、絶望的な将来展望を陽気に意見する。

「卑弥呼さんに連絡してみればー、困った時は神頼みー」

 これまた、珍しくきつい酔い方のあおい君が、近代医学を学んだ医師とは思えぬ非科学的発言をする。


 今朝は道だか庭だか、区別のつかなくなった私道を隔て、真正面にそびえ立つ有朋組の二階屋が傾き始めただけだった。

 俺自身に降り掛かる災いが有る等と思いもしなかった一日の始まり。

 それがどうした事か、飲んで飲まれて裸踊りに興じている間に、有朋組の家屋は消滅し、今や組員は青息吐息の急性アルコール中毒患者。

 そして、有史以来とも言うべき村の緊急事態に、救急救命士である相南は、現場で救助活動に当たるどころか、自分が危篤状態に陥っている。


 山城の爺さんが言っていた異星人との関りは、同じくヤクザを生業にしている一足す三も分からなくなった酔っ払いの有朋に聞いても、到底まともな回答を得られるとは思えない。

 それよりも、ここまで地域限定災害が頻発すると、神か悪魔に祟られているのではなかろうかと勘ぐれてしまうから空恐ろしい。

 こんな不安を払拭するには、やはり神と交信できると言う嘘八百で食っている巫女、卑弥呼に食料出前のついでとして来てもらうのが一番良いかもしれない。


 食料を運ぶのに、わざわざ神の使いと言いふらしている奴に来てもらうのは些か心苦しい。

 だが、この場の全員が瀕死相当の酔っ払いになっている。

 この様な状態からして、こちらから荷受けに行くのは、自分ばかりか他人の命が幾つあっても足りない相談だ。

 と言う訳で、出前の連絡をしてみる。 


 心地よく了承してくれたのは良いが、どんな時でも人の困窮を銭にするのは逃さない商魂。

 寄付や施しではない。

 完全ぼったくりの請求書を添付した食糧が、十分もしないで診療所に配達されて来た。

 どのような輸送手段を使ったら、あちこち高温の温水池が出来上がっている道を、この速さで配達して周れるのか。


 酒を飲まず余計な事を話さず、でかい態度と暴力的な行動を控えれば、そこそこ良い女に見える巫女装束の卑弥呼に聞くと、黙って上空を指してくれる。

 知的地球外生命体であるペロン星人は、宇宙を航行中に遭難して、命辛々地球に流れ着いていた。

 その異星人を面倒見て来た一族の末柄だから、それなりに彼等が持つ科学力の恩恵にあずかっているらしい。


 地球に存在する乗り物と勘違いしちゃう御馬鹿もいるかもしれないマイクロバスに酷似した未確認飛行物体が、診療所の真上にフンワリユラリンコ浮かんでいる。

 慌ただしい災害が頻発している時に、空飛ぶマイクロバスは、近隣住民の不安を煽るばかりだ。


「誰に貰ったの?」

「ペロン星人」

 聞かずとも、こんな上物をプレゼントしてくれる生物は、ペロン星人の他居ないと分かっているのに、酔いが先を走って詰らない問答になってしまった。


「俺にも一つ貰ってくれないかな」

「聞いておくわ」 

 核戦争の真っ只中でも、損得勘定を忘れない鋼鉄の神経を持った女だ。

 ペロン星人が無償で良いと言っても仲介料を取りそうだが、原価が無料ならそれなりの価格だろう。

 多少の報酬を払ってでも欲しくなる一品だ。


 こんな会話を、薄ら寝ぼけ乍ら有朋が聞いていたらしい。

「できれば僕も一機欲しいんですけど、何卒、御口添えの程、宜しく御願いしますです」と頼み込む。

「はいはい、一応言っておくけど、タダじゃないわよ。払えるの?」

「はい、あんなのが手に入るなら、アメリカにあるカジノを売り払っても良いような気分ですー」

 適当に酔っ払って気絶していれば良いのに、珍しい物好きで抑えが効かない。


 刹那に起った非常事態の連続に、正常な判断能力がピンボケしている発注は、俺が天に代わって破棄してやるべきだろう。

 急いで口を挟もうとすると、この善良なる行為を、あおい君が止めに入る。

「卑弥呼さんの商売を邪魔したら、診療所バラバラにされますよ」

「そうですよ、それでなくたって、抗争の流れ弾で窓ガラスが何枚も割られているんですからー」

 キリちゃんが付け加える。

 それもそうだから、ここは黙って有朋が不幸への片道切符を買うのを眺めているだけにしてやろう。

 見ているだけなら、こちらに重大な危害を及ぼしたりはしない筈だ。


 食料を中に運び終えると、突然診察室の戸が開いた。

 音に気付いて振り返った先は、相南を寝かしつけた処置室。

 いつものように、下戸のくせに飲んでヒクヒクしていた筈だが、今までに診た事のない角度に捩じれた左腕を、右手で持って佇んでいる。

「ベットから落ちて、気付いたら腕が上手く動かなくなっていて、変ですよね、これ」

 俺達は理解しているが、こいつはまだ自分の腕が肘で外れていると気付いていない。

 下手に真実を伝えて、痛いの痛くないの騒がれると鬱陶しいばかりだ。

 とりあえず戻れと諭し、笑気ガスを嗅がせてベットに放り投げてやった。


 寝ているうちに腕を元どうりにし、ギブスで固めておけば、目覚めてから騒ぎ出したりはしないだろう。

 素っ裸にして全身消毒の後、腕を引っ張って脱臼を治してやる。


 とりあえず、今日は一人も犠牲者が出なかった。

きっと、普段の行いが良いからだろうと思い込み、酔っ払って寝てやろう。


 おやすみなさい。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

診療所の厄日 葱と落花生 @azenokouji-dengaku

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ